2026年1月1日木曜日

新年のごあいさつ2026

 

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い致します。

2026年 正月 

佐藤晋 ドジブックス


午年

(野毛山動物園にて、2025年12月26日撮影。)


この日記も更新が少しずつ遅れているうちに、ついに1年遅れの更新ペースになってしまいました。けして1年前で更新が止まっているわけではありません。あれっ、ブログが遅れて更新されてるよというので、いっこく堂のブログなのかなと疑うかたももしかしたらいるかもしれませんが、さすがにそれはちょっと、私のほうからははっきりしたことは言えません。ごめんなさい。

昨年7月からアメブロも始めました。最新のトピックスはアメブロのほうに書く場合があります。インスタとスレッズも活用してます。なにかご用のあるかたは右側のリンクもたどってみてください。

https://ameblo.jp/nanio02/

2025年12月31日水曜日

2025年の十大事件

 1位:母の退所・入居!(10月~)

 2位:家をかなり掃除した!

 3位:TVer、NHKプラスをフル活用するように!(2月~)

 4位:アメブロを始める!(7月~)

 5位:「あんぱん」に夢中!(4月~)

 6位:はま寿司によく行くように!(1月~)

 7位:生まれ育った屛風ヶ浦を歩いた!(9月)

 8位:ワイヤレスイヤホンにした!(6月~) 

 9位:獅子舞に夢中!(11月)

 10位:「ビバリー昼ズ」でメールが読まれた!(8月)

◆ 2025年に読んだ本・十選

 レジー「ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち」(2022/集英社新書)(2月28日)

 万博学研究会:編「万博学 Expo-logy」創刊号(2022/思文閣出版)(3月12日)

 遠山啓「数学と人間」(2022/中公文庫)(3月14日)

 森本あんり「宗教国家アメリカのふしぎな論理」(2017/NHK出版新書)(3月28日)

 ヒコロヒー「きれはし」(2021/Pヴァイン)(6月4日)

 橘玲「80's エイティーズ ある80年代の物語」(2020/幻冬舎文庫)(6月11日)

 今村夏子「木になった亜沙」(2023/文春文庫)(6月24日)

 津田正太郎「ネットはなぜいつも揉めているのか」(2024/ちくまプリマー新書)(7月16日)

 根井雅弘「経済学はこう考える」(2009/ちくまプリマー新書)(9月13日)

 梶本修身「すべての疲労は脳が原因」(2016/集英社新書)(12月30日)

(読んだ順)

今年は114冊の本を読んだ。→ 読書メーター

◆ 2025年によく聴いた音楽・五選

 Shing02「抒情詩歌 / JOJOSHIKA」(2025)

 Shoko Igarashi「Kokoro no Kibi」(2025)

 Quadeca「Vanisher, Horizon Scraper」(2025)

 ニジーズ「インディゴブルー」(2025)

 IKURA「WOMAN」(2025)

◆ 2025年・ベストライブ

 テレビ大陸音頭@寿町フリーコンサート(8月13日)

 山下洋輔トリオ@さくらホール「赤塚不二夫祭」(12月11日) 

◆ 2025年・ベストお笑いライブ

 「川原と米良」@茅ヶ崎市民文化会館(8月16日) 

◆ 2025年・ベスト落語会

 「立川吉笑真打昇進披露興行 IN 高円寺」@座・高円寺1(6月25日)

◆ 2025年・ベスト映画

 「ドマーニ!」(監督:パオラ・コルテッレージ)(5月12日)

 「ひとつの机、ふたつの制服」(監督:ジャン・ジンシェン)(12月9日)

◆ 2025年・ベストドラマ

 「あんぱん」(NHK)

◆ 2025年・ベストテレビ

 フジテレビ10時間半記者会見(フジテレビ)

 藤井風出演「ミュージックステーション」(テレビ朝日)

◆ 2025年・ベストラジオ

 「彬子女王のオールナイトニッポンPremium」(ニッポン放送)

 「みうら五郎」(TBSラジオ) 

◆ 2025年・ベストタレント

 藤井風

◆ 2025年・ベストアクター

 北村匠海 

◆ 2025年・ベスト漫才師

 はりけ~んず

◆ 2025年・ベスト水上人形劇

 ベトナムフェスタ(9月14日)

◆ 2025年・ベストご飯

 はま寿司

・・・そのほか、忘れてしまったことも多数。

2025年2月28日金曜日

2月28日金/ブックの日とファスト教養

◇ テレビ・ラジオ

 朝、ブログの更新をひとつ。楽天マガジンで雑誌のチェックをすると、「FRIDAY」に渡邊渚のインタビューが載っていた。TVer を使い、テレビ番組をいくつか。昨夜の「アメトーーク!」は「マンガ大好き芸人」。ハライチ岩井と熊元プロレスがこの企画は初登場、そのほか、ケンドーコバヤシ、バカリズム、川島明、野田クリスタル、MC側には千鳥ノブが座る。バカリズムが紹介した「ベー革」が面白そう。

 昨夜の「私のバカせまい史」は、せいやがプレゼンターの「古畑任三郎 パロディーで生き続ける史」。せいやの古畑シリーズはこれでファイナルだって。古畑のものまねが初めて披露されたのはファーストシーズンから1年半後の 1995年、栗田貫一が「ものまね王座」でやっていたものだという。同時期には北海道テレビの「水曜どうでしょう」の前身番組「モザイクな夜」でパロディが行われ、古畑を鈴井貴之、今泉を大泉洋がやっていた。1996年に「古畑任三郎」シーズン2が放送され、「スマスマ」と「みなさんのおかげです」でパロディが行われる。「スマスマ」のパロディにも三谷幸喜が脚本を提供していた。「みなさん」のほうの脚本は秋元康、ゲストに、和田アキ子、桂文枝、美川憲一、沢口靖子が出演していたようだ。マンガでは「新コータローまかりとおる!」、アニメでは「金田一少年の事件簿」「かいけつゾロリ」でパロディが確認される。マギー審司が「ものまね紅白」に初出場したときにも古畑のものまねを披露、フォーリンラブハジメ、我が家坪倉のものまねの映像も流された。「徹座」のフライヤーのデザインもじつは古畑のパロディ。そして、古畑のものまねを究極形に押し上げた人物として、まずはツートン青木の存在があげられる。さらにもうひとり、ハリウッドザコシショウの存在もあり、これがともに 2016年に登場と紹介されたが、ツートン青木はもっと前から活躍していなかったかな。古畑シリーズの監督、河野圭太のコメントもあり、今回のこの番組はエンドクレジットも古畑パロディになっていた。

 昼はラジオ。「ビバリー昼ズ」を聴くと、オープニングでは「山藤亭」の話をする。主催の中村さんも熱があったんだそうで、打ち上げは松村、松本明子、山田雅人といういつものメンバーだったって。そのあとには塙さんの怪我の話になる。続けて、「中川家 ザ・ラジオショー」を聴くと、こちらのオープニングでも塙さんの怪我の話。

 注文のお届け先がどうも怪しく、検索してみるとホテルのようなのだが、マンションがなくなり、ホテルになったということなのか。お届け先はそのマンションの名前ではないかと思うのだが、これはもうわからないからその住所で出してしまうことにする。こうしてまた返送されてくるパターンもあるのだが。

◇ ブックの日

 午後から外出。暖かいが、昨日も夜になるとそれなりに寒くなったから、ジャンパーを着ていく。2月のブックの日は29日がないから28日になる。ブックオフをまわらなければならないため、まずは鶴ヶ峰に出る。先に昼食、ココロットのすき家に入り、温玉黒ビビンバ牛丼を食べる。740円。ブックオフ、1店目では、220円の単行本を1冊、330円の雑誌を1冊買う。

 鶴ヶ峰から横浜に移動し、2店目はビフレのブックオフ。なかなかいい本が見つからず、苦労しながら、110円の文庫本を1冊、220円の文庫本を1冊買っていく。横浜から横須賀線に乗り、東戸塚に移動。電車内では、先週金曜の「伊集院光のタネ」を聴いた。パートナーは安田美香、テーマは「嘘だと思っていたら本当だった話」。以前、干支がパンダ年とウソをついたというリスナーのメールがあったが、その後、パンダ年というのが本当にあった時代があるというメールが届いたようで、伊集院が調べたら本当だったというのだけど、にわかには信じられないな。そのほか、お父さんが歌っていた「駐車場の猫がアクビをしながら…」という歌が、お父さんが適当に作って歌ってる歌だと思っていた娘さんが、高学年になったときに本当にあった曲だと知って驚いたという話。このテーマ、どんでん返しがあるからどれも面白い。

 3店目は東戸塚のオリンピックのブックオフ。ここも苦戦し、110円の文庫本を2冊、新書を1冊買うが、いずれもたいした本ではない。駅のほうに戻り、マクドナルドに入り、ひと休み。アイスコーヒーとアップルパイを食べながら、読書をする。最後は東口のブックオフ。110円の文庫本を1冊、220円の新書を2冊、ここでようやくいい本が買えた。横須賀線で帰ってくるが、暖かくなってなにが嬉しいかというと、ホームで電車を待つあいだにポケットから手を出して本を開けることだ。帰りの電車内もひたすら読書を続ける。

◇ テレビ・読書

 夜遅くに帰宅し、TVer を使い、テレビ番組をいくつか。今日の「徹子の部屋」は林真理子がゲスト。昨年、古希を迎えた。日大の理事長の仕事が忙しく、7本あった連載を今はエッセイ2本だけに減らしているという。林真理子は手書き原稿なのだ。1984年放送、30歳のときに出演した回の映像が流され、その自分のすがたを観た林真理子は「やっぱり、テレビで観ると異質な感じしますよね。どうですか、この頃、よくテレビ出てましたけれども、やっぱり、なんか変ですよね。今、こんなひと出ていないもんね。すごいなあと思って、今、観てますけど。(笑)」 1994年放送、40歳のときに出演した回では結婚のことを語っていた。その当時はそのまま放送されていたんだろうが、夫の写真には改めて顔を隠す加工が施されていた。

 深夜、部屋で読書の続き。図書館で借りている、レジー「ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち」を読み終えた。2022年刊、集英社新書。なにしろ、明日返却しなきゃならないからがんばって読んでいた。読む前にはなぜかすぐ読める本だと思っていたのだが、これがなかなか読み応えのある本だった。ファスト教養に批判的な内容だが、単にファスト教養の合わせ鏡のように批判しているのではなく、細やかな分析が積み重ねられていく。著者は1981年生まれのライターであり、ブロガーでもあるというひとだが、この肩書きにも先入観があって、専門家ではないブロガーによる分析というものに警戒心があり、ちょっと軽んじていたのである。しかし、この本はそのような先入観も批判の対象だろう。以下、引用がやや多くなる。

P12「文化を愛する人たちは、ファスト教養の「浅さ」や「不完全さ」を否定する。確かにその指摘は正しいかもしれないが、そういった意見は日々の仕事に追われるビジネスパーソンの焦燥感を理解していないからこそ発せられるものである。(略)ファスト教養が流布している今の状況は批判的に捉えられるべきというのが筆者の基本的な意見である。ただ、だからと言って、ビジネス系のインフルエンサーを見下し、「古き良き教養に戻れ」といったメッセージを出したところで何の役にも立たないこともよく理解しているつもりである。本書が目指すのは、理想を示しながらも、より現実的で、かつ実践的な行動指針を導き出すことだ。」

P17-18「「教養」や「リベラルアーツ」という高尚な言葉で語られる概念は、現代の日本において結局のところ「個人の小金稼ぎのツール」として位置づけられている――まずはこんな仮説に基づいて論を進めていきたい。そうした価値観のもとで、教養という言葉の持っていたさまざまな意味が剥ぎ取られた結果、「ビジネスの場で使える小ネタ」としての機能が残り、そしてそこに多くの人たちが飛びついている。それが昨今の教養をめぐる状況なのではないだろうか。」

P22-23「そもそも出口(注:出口治明)が掲げる教養の意義において、「ビジネスシーンで話を合わせるために必要」という側面は一部にすぎない。(略)あくまでも「結果として」蓄積した教養がビジネスの助けになるケースもある、というのが出口の基本的な考え方である。起業家として成功を収めたあとにアカデミズムの世界に転じた出口の本は、ビジネスパーソンにとって「ビジネスにおいて必要な教養について学べる本」として受容されているように見える。ただ、出口のベースにあるのは「教養のためにはビジネス書ではなく古典を読むべき」という考え方である。(略)このようにビジネス書に対して冷淡な態度をとる出口の著作が、ビジネス書を熱心に読むビジネスパーソンに受け入れられているのは何ともアイロニカルな状況である。」

P27「「楽しいから」「気分転換できるから」ではなく「ビジネスに役立てられるから(つまり、お金儲けに役立つから)」という動機でいろいろな文化に触れる。その際自分自身がそれを好きかどうかは大事ではないし、だからこそ何かに深く没入するよりは大雑把に「全体」を知ればよい。そうやって手広い知識を持ってビジネスシーンをうまく渡り歩く人こそ、「現代における教養あるビジネスパーソン」である。着実に勢力を広げつつあるそんな考え方を、筆者は「ファスト教養」という言葉で定義する。」

P30-31「ここには大きく二つの切り口があるように思える。一つ目は「精神的に豊かになる」「自分自身のなかで咀嚼して育て広げていく」「人生を豊かにする」「存在の深さを耕す」という言葉に象徴される、知識をじっくりと自分の中にしみこませることで生き方そのものを見直そうとするスタンス(ちなみに英語で「耕す」を表す cultivate には「才能・品性・習慣などを養う、磨く、洗練する」という意味もある)。二つ目は「役に立つから、利益があるから知識を得ようとする、のではない」、言い換えると「学びたいからこそ学ぶ」とでも言うべき考え方。これらの考え方は、先ほど説明したファスト教養の特徴でもある「手早く大雑把に知りたい」「いかにお金儲けの役に立つかが大事」というスタンスとは完全に真逆の価値観を提唱している。いわば「古き良き教養」といったところだろうか。こういった古き良き教養がファスト教養に押されつつある、というのが昨今の状況に対する見立てである。教養のあり方が「人生」や「存在」と結び付く以上、「人生」や「存在」のあり方を規定する時代の流れが教養というものに対して影響を与える。現在のムードからすると「人生を豊かにする」と「お金儲けをする」はダイレクトにつながりやすく、それゆえファスト教養が「今の時代らしい教養」となるのも無理のない話ではある。」

P34-35「もともと教養と隣接する文化圏にあった明治後期の「修養」という考え方は「努力して人格を向上・完成させること」を指しており、その発想は立身出世主義ともつながっていた。人格に目を向ける修養と成功を目指す立身出世主義の関係性について当時から課題として捉えられていたことを考えると、ファスト教養の「教養と金儲けを一直線に結ぶ」発想は決して突然変異ではなく、教養という概念の大きな流れの中で登場するべくして登場した(あるいは時代の変化の中で満を持して再登場した)現象ともいえるだろう。古き良き教養を「教養のベーシックな姿」と固定して現状把握を進めようとすると二〇二〇年代に浸透している「ファスト教養」のあり方との乖離が大きくなり、またファスト教養を毛嫌いしすぎるとこの考え方に(ほんの少しではあるが)含まれていると思われる「歴史的な正当性」を見逃してしまう。ファスト教養以降における教養のあるべき姿(理想的かつ現実的な姿)を構想するにあたっては、双方に「橋を架ける」発想が必要になってくる。」

P39-40「ビジネスシーンで使える「話を合わせるのに最適なネタ」をクイックに仕入れて、「うまく立ち回る」ことによってお金を稼ぐ。そのためのツールとして最適なのが教養である、といった風潮をファスト教養というキーワードで説明してきた。(略)その背景にあるのは、「うまく立ち回る」ことを是とする時代の空気の移り変わりである。たとえば、昨今定着した感のある「ワンチャン」という言葉は「『がんばれば報われる』という成長神話が崩れた『偶然性の時代』を生きる感性」とつながっているのではないかという指摘がある。」

P45「かつて慶應義塾の塾長を務めた小泉信三は一九五〇年に出版した自著でこんなエピソード(注:谷村豊太郎のエピソード)を引きつつ、続けて「すぐ役に立つ人間はすぐ役に立たなくなるとは至言である。同様の意味において、すぐ役に立つ本はすぐ役に立たなくなる本であるといえる」と述べている。七〇年以上前に示されたこの考え方は、情報が流通してから忘れられるまでのスピードがますます加速している今の時代にこそ重要度を増していると言えるだろう。「すぐ役に立つ」を突き詰めたものは基本的に普遍性を失う。なぜなら、それはすなわち個別事情に最適化したものだからである。」

P48「一方で、「教養はすぐに役に立つものではないが大事」と伝えたいはずなのに結果的には「教養は役に立つツール」というメッセージが伝わってしまう……という状況においても出口(注:出口治明)と池上(注:池上彰)は共通している。」

P50-52「教養を「人生を豊かにするツール」ではなく「ビジネスシーンですぐに役立つツール=ファスト教養」として捉え返す風潮の背景にあるのは、「時代が変化する中で生き残らなければならない」というビジネスパーソンの焦燥感である。(略)ここで指摘したいのは、「この状況を過剰に煽るために教養が都合よく持ち出されているのではないか」という点である。「変化の激しい時代には教養を学ぶべし」となった時に、では本当に学ぶべき教養とは具体的に何なのか。その教養を学ぶことで、時代の変化にどういう形で対応できるようになるのか。そんな話は当然示されることなく、「教養が必要」という漠然としたメッセージと「教養を学ばないとやばい」というそこはかとない不安が増幅されていく。そこから生まれるのは「学びの楽しみ」や「自己成長への期待」といったポジティブな感情ではなく、「転落への恐怖」とでも言うべきネガティブなものである。」

P67「最近ではビジネスにおいて自身の気づきから発想する「アート思考」と呼ばれる考え方が徐々に浸透しつつあり、また佐藤可士和のように従来はクリエイティブ領域で仕事をしていた人間が企業経営における参謀のような立ち位置を確保するケースも出てきている。そのような状況において、「美意識を鍛えろ」というメッセージは目端が利くビジネスパーソンほど魅力的なメッセージとして受け取るはずである。」

P69「東京大学教授の中村高康は著書『暴走する能力主義―教育と現代社会の病理』の中で、昨今の社会で必要なものとして政府などから提示される「コミュニケーション能力」「協調性」「問題解決能力」といった「新しい能力」が実際には「これまでも求められていたし、これからも求められるであろう陳腐な能力であって、新しい時代になったからはじめて必要ないし重要になってきた能力などでは決してない」と看破している。そのうえで、「いま人々が渇望しているのは、『新しい能力を求めなければならない』という議論それ自体である」という仮説を提示する。」

P76-77「受験における偏差値が高くても、その能力をおかしなことに使ってしまっては元も子もない。カルトにはまらないための多様な視点を身につけるとともに、人としての倫理を獲得するための方策として教養というものが求められた――そんな過去の流れと現在の状況を改めて見比べた時に、ビジネスシーンで振り回すための大雑把な知識をコスパ重視で学ぼうという今のファスト教養のあり方は「オウム」的なものへの対抗策になっているのだろうか。ビジネスでの成功に何よりも高い価値を置く人たちの示す教養が主流になることで、経済的なメリットのために深い思考プロセスや守るべき倫理観を平気で放棄できる新しい「オウム」が生まれかねないのではないか。」

P79-80「Daigo の一件に関連して「税金」という切り口からの論考を行っているのが、教師として働きながら批評家としても活動する矢野利裕である。矢野は自身の note にアップした記事「《メンバーシップ》と《共感》について―Daigo の発言から」において、社会における「メンバーシップ」について考える際に学生の中で「税金を払っているか否か」がとくに重要視されがちだと指摘している。(略)矢野は当該記事において「ここ数年の実感で言うと、この《メンバーシップ》をめぐって、税金(そして、税金を払える《能力》)というイシューがヘンに存在感を持っている」と自身の実感を述べているが、こういった「税金を払っているからこそサポートが受けられる(=税金を納めていない人はサポートを受けられなくても仕方がない)」という考え方は社会に明確に巣食いつつある。」

P81「結論を先取りすると、キーワードは「自己責任」「スキルアップ」、そして「公共との乖離」。小泉内閣の構造改革路線に合わせてとくに叫ばれ始めた「自己責任」という概念とリンクするタイミングで、自らの力で旧来の社会システムを変えようとする新たなプレーヤーたちが注目を集めるようになった。」

P83「もともとこの「自己責任」という言葉は、「金融商品への投資において損失を被るリスクは自らとらなくてはいけない」といったシチュエーションを説明するために使われる言葉だったという。そういった経済用語が人々の一般的な行動や思想を説明する概念として広まったのは二〇〇四年である。」

P88-89「次に、堀江の文化に対する関心の薄さについても触れておきたい。(略)このこと自体はとくに悪いというものでもないし、ビジネスで明確に成果を出している人にとってこういった指摘は野暮なのかもしれない。それにしても、金を稼ぐという彼のイメージする成功のロールモデルの中にカルチャーの入り込む余地を感じられないことには何ともいえない不気味さを覚える。(略)文化との距離が遠いからこそたどり着けたとも言えるだろう思考プロセスは、以降の「ビジネスで一発当てたい人たち」にとっての標準装備になっていく。堀江貴文の登場は自己責任の風潮を加速させるとともに、ビジネスがカルチャーの上位に陣取る空気を醸成することにもなった。そのキャラクターの強烈さと成し遂げようとしていたことのダイナミックさによって、堀江のスタンスは瞬く間に多くの人に伝播した。」 

P94-95「「拝金主義」の悪評の裏に「若い世代で新しい社会を作っていきたい」という自身のビジョンを持っていたのが当時の堀江だった。こう言うと「堀江とライブドアを美化しすぎている」と思われるかもしれないが、何か新しいことが始まりそうな予感は確実にあった。近年堀江は世の中の注目を集め始めた時代の発言について「露悪的」だったことを認めている。これは収監を経て二〇一三年に刊行した書籍『ゼロ』以降における、自身の人間らしさを開示していくというスタンスの変化によるものである。より素直な自己開示を進めること自体は価値判断が挟まれることではない。ただ、そういった流れの中で、時に大言壮語でありながらも社会全体のあり方に向けられてきた視点はどこかにいってしまった印象を近年の堀江からは受ける。」

P97「公に対する意識が消えうせ、個々人のライフハック的自己啓発に特化するようになった堀江が、教養を語る。この構図はファスト教養のわかりやすい事象であり、「周りを出し抜いてお金を稼げ」「そのためには教養も必要」というコンテンツの典型例である。第一章で述べた出口、第二章で述べた池上のケースと同様に、メディア側が教養をファストに扱う構図がここでも現出している。」

P105-106「勉強すれば年収が上がる、努力をすれば幸せになれる、といった勝間(注:勝間和代)の話は徹頭徹尾「自分の話」だけである。そしてそこには「自分に対して責任をすべて持てるのは、自分一人だけ」(『断る力』)という自己責任の発想が内在化されている。(略)ゼロ年代初頭に語られた「自助」と「自己責任」、そして堀江のブレイクによって浸透した「稼ぐが勝ち」精神、さらには堀江の逮捕による新たな社会へのビジョンを掲げる存在の失墜。そんな流れの中で「自分で努力をしてお金を稼ぐことこそ重要」「そのためのキャリアアップ・スキルアップを志すべき」「それに向けて自分の生活を管理して捧げよう」というメッセージを発信する勝間和代が支持されたのは今考えれば必然だったのだろう。そして、彼女の言うキャリアアップ・スキルアップとは「お金儲けにすぐに役立つ武器を身につける」こととほぼ同義であり、ファスト教養の世界観と完全に合致している。」

P112-113「まずは教養を身につける前に「基礎スキル」を身につけよ、というのが彼女(注:勝間和代)の主張である。ではその「基礎スキル」とは何なのかというと、「さらば!スキルアップ教 教養こそ力なり」では「ツールにすぎない」とされていた「英語、会計、IT」だという。(略)勝間の言うとおり、本来教養というものは年収アップとは関係のないものである。その観点でいえば教養は「役に立たないもの」であり、そんなものを身につけても仕方ないという発想は受け入れられやすいものだった。ただ、こういった考え方が広がりすぎた結果、ビジネスパーソンの多くはこの三つの領域については何らかの形で手をつけてしまった。(略)ここで改めて注目されたのが教養という概念である。(略)世の中が大きく変わる時期に「歴史に学ぶべき」「文系と理系の垣根を乗り越えるべき」といった観点から教養の重要性が語られ、それが多くの人に支持されていたタイミングと、「お金儲けに直接役に立つスキルアップ(英語、会計、IT)」が飽和し始めたタイミングが一致した。これによって、ビジネスシーンに教養が流れ込んでいく動きは不可逆なものとなった。こういった流れから登場したのが、「すぐに役に立つ」ツールとして教養を取り扱うファスト教養の世界観である。昨今の「教養ブーム」と呼ばれる動きは、ゼロ年代初頭から今に至るまでの大きな流れの中で発生したものであり、決して突発的な現象ではない。」

P116「露悪的に振る舞い、勝つためにはルールの抜け道を探すことをいとわず、努力を競争とお金に徹底的に価値を置く。橋下(注:橋下徹)の言動は、ここまで名前を挙げてきた面々の特徴を併せ持っている。こういう観点で見ると、彼が圧倒的な支持を得た理由も改めて理解できる。」

P118-119「たたき上げで名を成してきた橋下にとって、「教養がない」という指摘は実は自身のコンプレックスを刺激するものなのかもしれない。ただ、こういった態度は「大衆に受ける」からこそとっている側面もあるように思える。橋下は「学者やインテリは教養などといった概念を持ちだす割には役に立たない、つまりは金を稼いでいない」といったスタンスを強めに出す方が大衆の共感を得られることをよくわかっているのではないだろうか。その背景にあるのは、「自己責任」と「自助」をベースにした「能書きをたれずに自力で金を稼いでいる人にこそ価値がある」という世の中の空気である。」

P120-121「彼(注:ひろゆき)の書籍に目を向けてみると、メッセージ事態は実は思った以上に「まとも」な部分もある。(略)ただ、優しさと切れ味が両立する魅力的なパーソナリティという印象をそのまま受け取ってよいのだろうか。たとえば彼の話の中にたびたび登場する「バカ」という言葉は、他人を見下すことを是認するだけでなく、「そういう人は置いていけばいい」「自分さえ良ければいい」というスタンスと一直線でつながっているとも言えるはずである。」

P123-124「ここまでいくつかのキープレーヤーを紹介しながら論を展開してきたが、大きく共通しているのは「公共との乖離」である。彼らは人々が支え合う社会といったモデルをうっとうしいと否定するかの如く、個人としてのサバイバルを重視する。堀江や橋下、およびひろゆきそれぞれがベーシックインカムの導入を主張するのも、「一定程度金を渡すからあとはそれで何とかしろ」という手法が強烈な個人主義的思想と相性が良いからだろう。また、中田敦彦にしろ Daigo にしろ、自身の学びを社会全体や弱者に対して還元するような姿勢は見受けられない。」

P150「筆者の実感として、特定のジャンルに明るくなるためには、「はずれ」も引きながら身体でその分野の空気を覚えていく必要がある。また、自分で見つけたという感覚自体がそのカルチャーにのめりこんでいくきっかけにもなり、そのような経験も過去に何度もしてきた。しかし、稲田(注:稲田豊史)の記事を読むと、もはやこういった考え方自体が古いものになってきていると認識すべきなのかもしれないとも思わされる。いずれにせよ、表面的にでもその領域の大枠を「ざっくりと」「コスパ良く」把握することこそが、ファスト教養隆盛以後の時代の空気である。」

P164「ファスト教養の文脈で影響力を持った面々が、その影響力に乗じて雑なカルチャー観を拡散しているのが昨今の状況である。一方で、カルチャーに造詣のある人々は、この手の動きを遠巻きに馬鹿にして取り合わないことが多い。そういったスタンスは、本来広がるべきではない言説の拡散を間接的に助長しているともいえる。」

P187-188「正直に言うと、本書の執筆にあたってここまで挙げてきた関連書籍に多数目を通してきた筆者は、もともと懐疑的なスタンスでその文章に触れていたにもかかわらず、そこにある乱暴なロジックにたびたび心を持っていかれそうになった。ビジネス書を読む中で筆者の頭にふと思い浮かんだのは、「我々がファスト教養をのぞく時、ファスト教養もまたこちらをのぞいているのだ」というフレーズだ。ファスト教養とは距離をとっていると自認している人たちがその甘美な世界にはまらない保証はどこにもない。」

P190-191「第四章で触れたインタビューや読書会を通じて感じたのは、多くのビジネスパーソンが抱える「成長したい」というモチベーションだった。この成長というドグマは、今の日本社会においてかなり強固なものとなっている。(略)このような言説では、なぜ成長したいかは重要ではなく、成長することそのものが絶対正義となっている。ビジネスパーソンにとって本来必要なのは、この前提を問い直すこと、すなわちなぜ成長したいのかをもっと考えることである。深い考えもなく成長を目指したところで、自分の中での指標や具体的な目標がなければ、自己実現を果たすどころか労働者として使い倒されるだけである。」

P192「この「自己啓発ではなく知識」という考え方は、ファスト教養の世界から脱却するうえでの一つのキーワードとなる。ここで重要になってくるのは、知識への入り口は人文知ではなくビジネスにまつわるものであっても問題はないという点である。いわゆる「古き良き教養」にロマンを抱く人たち、もしくは文化を愛好している人たちは、とかく「ビジネス書」というだけで忌避する傾向がある。しかし、その発想は、すべての映画を名作から商業的に量産された作品まで同じ価値のものとして捉えるくらい乱暴である。」

P206-207「自分のここまでの趣味嗜好が形成されるプロセスには、さまざまな要素が絡み合っている。それを理解することはすなわち、今の自分は自分一人によって作られたものではないことを認識するプロセスにもなる。ファスト教養と密接に結び付く自己責任の発想は、自分の成功をすべて自分の手柄に還元する考え方も内包している。自身の構成要素をルーツとシーンから捉え直すことは、自己責任の磁場から自分のあり方を切り離し、社会のさまざまな事象が複雑に絡み合っているという世の中の基本的な仕組みに思いを馳せることにつながる。」

P213「こういった思考プロセスをカジュアルな形で自分のものとするためにヒントになるのが、雑談を基調としたコンテンツである。一つの大きなテーマをベースに思い付くままに会話を広げていき、思わぬ場所に着地する。こういった雑談のあり方は、「結論を最初に述べよ」といったビジネスシーンの常識とは相容れないものである。ただ、枠をはめずに思考とアウトプットを繰り返し、さまざまな世界を飛び回りながら、発想の自由を獲得していくプロセスこそ、主流の価値観が「ビジネスの役に立つ」「コスパ」に固まりつつある今の時代に大切にすべきものではないだろうか。」

P217「マイケル・サンデルは『実力も運のうち』の結びにおいて、「自分の運命が偶然の産物である」と理解することから生まれる謙虚さが「われわれを分断する冷酷な成功の倫理から引き返すきっかけとなる」と述べている。「圧倒的な努力」や「強い意志」とは違うところで動いている「偶然」に心を開く。これこそ、ファスト教養と決別するために求められている視点である。」

P221-222「そんな状況を改めて俯瞰した時に思うのは、もしビジネスパーソンにとって教養が必要なのだとしたら、そこに含まれるべきは小銭稼ぎを進めるための考え方ではなく、成功者を正しく支えて評価する受け皿になるためのリテラシーなのかもしれないということである。(略)この「文化の水準を左右する受け手」に求められる振る舞いこそ、本章で述べてきたポストファスト教養の哲学に他ならない。」 

P225-226「結局のところ、ファスト教養とは何なのか。その本質にあるのは、ビジネスやお金儲けに関係しない物事を無駄なものと位置づける姿勢にある。この考え方を採用すると、世の中には大量の無駄が溢れている。ファスト教養は、そんな無駄なものを「無駄ではないもの=ビジネスやお金に関係すること」に変えようとするムーブメントであるともいえる。」


2025年2月27日木曜日

2月27日木/面会とはま寿司

◇ テレビ・ラジオ

 早朝から眠り、起きあがり、SNSを開くと、4月からアマゾンプライムに広告が入るというニュース。映画に広告が入るとするとストレスだ。よそに乗り換えを検討しようか。TVer を使い、テレビ番組をいくつか。昨夜の「水曜日のダウンタウン」は、先週に引き続き、「ひょうろく人間性最終チェック」。

 昨夜の「あちこちオードリー」のゲストはやす子とオズワルド。オズワルドはコンビとして人気がなく、伊藤が佐久間のラジオに出たときに「ふたりそろってるときになにかが起こる気がしない」と言われた。伊藤はテレビを観ていなさすぎるという話もあり、山梨に営業に行ったときに乗った電車の同じ車両がオズワルド以外が「笑点」のメンバーだったそうで、お婆さんに話しかけられていると思ってタメグチでしゃべっていたら、山田隆夫だったことにあとで気がついた。やす子はいいひとに思われすぎていて、そのイメージに合わせてしまい、本当の自分を見失っているという悩みをくり返し話していた。番組終盤にコンプラ発言ラインの見極めの話をしていたが、この流れでフワちゃんの発言に誰も触れないのは不自然だった。来週はついにシティボーイズが登場。

 昨夜の「ひっかかりニーチェ」は、くるまが不在、永野と三谷アナだけの収録。少し前にスレッズで、三谷アナが収録したという投稿をしているのを見かけ、休止が一週だけで済んだとわかり、安心と期待をしていた。くるまを「ヤツ」呼ばわりの三谷アナ、くるまに「ニーチェだけは守ってくれ」と言われたという。永野は「絶望」「自分のなかでこの番組って大事だったんだ。」「ドリカムみたいになるよ。」 今後はゲストを入れる形式になるようで、永野はダウ90000 の蓮見を希望、三谷アナはケムリを希望する。蓮見はさっそく来週に登場するようだ。永野は千鳥ノブにも呼んでくださいと言われた。「本編とバランスをとる時間」はいつもどおり。

 昼はラジオ。「ビバリー昼ズ」を途中から聴いたら、塙さんがなぜか不在。土屋さんと交代で休んでいるかのようだが、続けて、「ナイツ ザ・ラジオショー」を聴くと、モグライダー芝が代打を務めている。塙さんはどうやら怪我をしたらしいとわかったが、あとからタイムフリーで「ビバリー」のオープニングを聴くと、ここで塙さんの怪我についてくわしく話していた。火曜の「ラジオショー」で話していたとおり、ライス田所と一緒に「ホットスポット」のロケ地に遊びに行ったのだが、そこで、夜道ではしゃいでいたら側溝に足をとられ、転んで顔を怪我したのだという。ホテルにも泊まれずに帰ってきたのか。

◇ 面会

 午後から外出。だいぶ暖かくなり、服装に迷うが、2月いっぱいはジャンパーで通そう。鶴ヶ峰のバスターミナルから上白根町まで。車内、昨日の「ラジオショー」のオープニングもタイムフリーで聴いてみると、塙さんの怪我の報告がされていて、急遽、代打にモグライダーともしげが呼ばれ、とても張りきっていた。

 老健の面会。エレベーターで3階にあがり、いつもの面会場所にいたら、母といつも一緒にいるお婆さんがやってきて、母に「二千円貸してくれる?」というのでちょっと驚いたが笑ってしまった。母には財布をもたせていないから貸すことはないが、いつも仲良くしているようでも、どんなお婆さんかわからないな。

 例のごとく、はま寿司に寄り、まぐろ、活〆ぶり、合鴨、煮あなご、黒みる貝、サーモン、とろびんちょうを食べる。7皿、792円。ラジオを聴きながら鶴ヶ峰まで歩く。ココロットの TSUTAYA を覗き、「週刊文春」に中居トラブルの記事が載っているのだが、立ち読みする気力なし。二俣川に移動し、ドトールに入り、読書していくが眠気がひどくなる。ドン・キホーテで買いものしてから帰る。

◇ テレビ・ラジオ

 夜遅くに帰宅し、TVer を、今日の「徹子の部屋」を観る。ゲストは高田純次と石原良純。「じゅん散歩」はもう10年続けていて、高田純次は78歳になる。顔色を褒められた高田純次が「お嬢さまもね、いい色ですよね。これでよろしいんですよね。」と言うと、徹子「別に。お嬢さまって言っていただいたからって嬉しいわけじゃない。」 高田純次と石原良純は20年前にバラエティ番組で共演してからの付き合い。スキー場で良純を落とし穴に落とす番組で、高田純次は普通の衣装ではつまらないからパンツ一枚でスキーをした。俳優業の話になると、純次「台本が覚えられない、なかなかね。三行覚えるのがやっとって時代もありましたけどもね。」 徹子「三行しか覚えられないひとが、今、どうして仕事してるんですか?」 純次「ええとね、三行ずつ覚えるようにしてます。」 石原良純はジァン・ジァンでおそらく東京乾電池を観ているのだという。寺山修司のあとの時代、良純は高校生のころに唐十郎やつかこうへいを観ていた。良純は北区つかこうへい劇団の5期生でもある。高田純次は石原良純と一緒にいても家庭のことをあまり話さないそうだが、今は孫とも一緒に暮らしている。最後に今夜の特番の告知があったのだが、エンディングのテーマ曲が流れるなか、徹子さん「結局、なんか意味がない感じでしたね。」

 Spotify のポッドキャストで、今日の「大竹まこと ゴールデンラジオ!」を聴いた。パートナーははるな愛、ゲストは千原ジュニア。初登場と紹介されたのだが、ジュニアによると何度も出ているという。どっちが本当だろうな。あんまりよく知らなかったが、ジュニアは中卒なのだが、中高一貫の進学校だったのだ。大竹まことは高卒だが、大竹も進学校だったというから、ウィキペディアにあたってみると、大竹は東大教育学部の付属高校なんだな。

2025年2月26日水曜日

2月26日水/志村けんとビートたけし

◇ テレビ・ラジオ・読書

 早朝、ゴミを出してからもう少し眠りなおす。TVer とNHKプラスを使い、テレビ番組をあれこれと。昨夜の「さんま御殿」は「わが家の夫婦円満テクニック」というテーマ。吉田美和の夫、JUONが初登場、そのほか、草刈民代、蛍原徹、高安、陣内貴美子、バービー、ギャル曽根、吉木りさ、横山由依、大倉士門、木下ゆーき、宮下草薙宮下。さんまは人生で一回も弱音を吐いたことがないと言っていた。

 昨夜の「ワルイコあつまれ」はひさしぶりに「子ども記者会見」があり、安野貴博が登場した。AIについて、有人運転よりも自動運転のほうが事故が少ないというデータがあるそうで、自動運転のデータなんてまだまだ圧倒的に少ないだろうからどう信じていいのかわからないデータだと思ってしまうが、しかし、AIは今、研究者でもついていけないペースで進化しているのだという。「ガヤガヤ姉妹」のコーナーは札幌市の宮ヶ丘を紹介。田中宏美というアーティストが動物のアート作品を雪や草木で作っている。「ワルプロジェクト101」には、氷室京介のものまねができる女の子が登場した。

 昨夜の「新しい学校のリーダーズの課外授業」はゲストとトークをする企画にヒャダインが登場した。進行役はコットンきょん。リーダーズが初めてテレビに出たのはヒャダインの番組だった。ヒャダインのリーダーズの最初の印象は「コンセプト蟻地獄」にしばられているよくいるグループだと思っていたが、のちに本人たちがセルフプロデュースで乗りこなしていき、「私の審美眼は間違ってたなあと思って。ほんとに、自分の思い込みなんて、あてになんねえなあと思っちゃったんですよ。」 きょんが観てきた印象ではコンセプトは変わらないと思うと言いつつ、ゆるくしようと思う部分はあったのかと訊くと、SUZUKA「ぜんぜんありましたね。自分たちで、なんか「ルールきびしくね」みたいな感じで、苦しなって、それで、ニュアンス変えてこみたいな。だから、メッセージはずっと一緒なんですけど、ニュアンス変えていって、自分たちの居心地のいいように、このコンセプトを愛してやっております。」 そんなヒャダインにアドバイスを訊いてどうなるのかと思うが、ヒャダインはリーダーズには色気が足りないといって、「色気を学べる昭和の歌手3選」として、畑中葉子「後から前から」、沢たまき「ベッドで煙草を吸わないで」、山本リンダ「ミニミニデート」のレコードを聴かせる。

 昨夜の「耳の穴かっぽじって聞け!」は、普段は観ていない番組なのだが、久保田が出ないこの状況はどうなっているかと思って観てみたくなった。久保田の代わりに、みなみかわ、濱田祐太郎が出演し、ふたりとも昨日呼ばれたのだという。収録日は2月20日。内容は普段の放送と変わらないのか。濱田祐太郎はそもそも爆笑問題の漫才が好きで、今は時事ネタの毒舌漫談をやってるようだ。「R-1」で優勝してから本来の自分のやりたいことをちょっとずつやり出したという。

 昼はラジオ。「ビバリー昼ズ」のオープニングを聴くと、昇太師匠も七代目円楽襲名披露パーティーの話をする。オープニングだけ聴いてラジオを中断し、ブログの更新をしようとするが、まるで調子が出ない。再びラジオを聴きながら少し眠り、遅い時間になってから、ようやくブログをひとつ更新した。ずいぶん手こずった。今日は予報では春の暖かさだったはずだが、家のなかにこもっているとまったく実感することがない。あっという間に夜になり、NHKプラスで「ニュース7」を観ると、岩手県大船渡市で山林火災が発生し、その様子を中継で伝えていた。

 夜もテレビ番組をあれこれと。今日の「徹子の部屋」はムロツヨシがゲスト。9年ぶりの出演。叔母に育てられ、実母からは4歳のときから会っていなかったが、さんまの番組でその話をしたら事務所に実母から連絡があり、40年ぶりに会うことになった。会わないという選択もあったが、リリー・フランキーの言葉に背中を押されて会うことにした。しかし、育ての親である叔母に気を遣い、実母とは連絡先を交換しなかったという。実父とは22歳から会っていないそうで、両親ともに複雑な親子関係なのだ。

 昨夜の「アンタウォッチマン!」はエバースの特集。まずは漫才から始まり、野球肘のネタをやった。ウケていなかった時代を知るオズワルドが証言する。エバースはオズワルドの4年後輩。2018年、2020年ではまだ「M-1」は1回戦で落ちていた。その理由を伊藤は「群を抜いてヘタクソだったからじゃないですか。」「ずーっと焦っているというか、町田が特に。通常の平常心でやれてない感じはしましたね、そのとき、観てたときは。」 バッテリィズも証言。エバースとバッテリィズは去年はよくツーマンライブをやっていた。神保町の劇場がリニューアルし、舞台数が増えたのがエバースの転機になる。伊藤「佐々木がもうぜんぜん昔と違うと思います。ボケかたが上手になったなあというか。」 寺家「無限に提案しあってるだけみたいな。で、そんなおもろいんやと。」 エース「町田のあのひとことひとことの重さ。長く強いはもういっぱい、たぶんなんか今最近多いんですけど、町田のあの顔で、あのトーンで、「なんとかだよ」っていうこの、ひとことで「重っ!」ていう。」 佐々木はシャッフル漫才の企画で伊藤に指名してもらい、そのときのネタ合わせで、しゃべくり漫才のいろはを教えてもらった。オズワルドのふたりによると、今、若手芸人で唯一遊んでいるのが町田。そういえば、「ビバリー」に出たときも町田はキャバクラが好きだと言っていた。寺家によると、佐々木は「めっちゃアホ」「彼はたぶん野球しかやってきてないです。」

 「白黒アンジャッシュ」も2週分、こちらのゲストもエバース。まずは漫才から、寿司と永野芽郁のネタをやった。収録は昨年11月、この日は「M-1」準々決勝の前日なのだ。呼ぶのが早すぎるだろうと思うが、しかし、アンジャッシュが把握しているくらいにこの時点ですでにエバースは大注目株になっている。渡部とは高校野球の話題で盛りあがる。佐々木の兄が「オンエアバトル」が好きで、幼稚園のころから兄と一緒に観ていたという。佐々木は大学で野球をやめたときに、ひますぎてお笑いのDVDをずっと観ていた。町田は両親が高校の先生。高校は進学校に進むが中退し、クルマのディーラーとして4年ぐらい働いた。オズワルド伊藤とのシャッフル漫才がきっかけになった話をここでもしていた。オンエアのときには「M-1」の結果はどうなってるのかと予想を訊かれた町田は「決勝は行ってると思いますね。」「どうやって優勝するか考えてます。」

◇ 志村けん・ビートたけし

 月曜に放送された「国民が選ぶ! 志村けんの爆笑ベストコント30」という番組を観る。番組最初に「この番組は、志村けんさんのコントの足跡をたどり志村さんの歴史の集大成を視聴者の皆様と振り返るという趣旨で制作しており、当時の映像をそのまま使用しております。」というテロップが出ていた。SNSでは田代まさしがオンエアに乗っていたことが話題になっていたようだが、29位には桜田淳子との夫婦コントがランクインし、これは名作なのだが、桜田淳子のオンエアもなかなかの事態ではないか。27位は「寝ちゃダメ」のコント。劇団ひとりとアンタッチャブル柴田のコンビがリメイクした「ドリフに大挑戦」のコントも素晴らしかったのだが、ここでは志村と加藤に加え、立花理佐も共演している。26位の「原始時代コント」に田代まさしが登場。25位の「あちらのお客様から」というコントでは、志村が小堺一機と共演していた。こんなコントがあるとは知らなかったが、いしのようこも見事だ。24位の「宇宙船コント」は「バカ殿様」のコント。若槻千夏と共演している。23位の「どっちにつくんだ?」には田代まさしと桑野信義が出演。21位は「優香姫」のコント。ここで優香がコメント出演する。ランキングを離れ、ここからはコラボコントの特集があり、二階堂ふみと共演したひとみ婆さんのコント、山本美月と変なおじさん、大塚寧々とはバーのコントで共演、木村佳乃と地井武男が出演する貧乏長屋のコント、菜々緒と志村が夫婦のコント、チェッカーズが出演するヤクザのコント、「男はつらいよ」のパロディには倍賞千恵子が出演し、寅さんが変なおじさんというオチ。ランキングに戻り、20位は「まだまだ死にやしねえ」というコント。志村と柄本明が夫婦を演じる時代劇のコントだ。19位の「鏡のダンス」は「バカ殿様」から、ももクロと共演している。18位の「取り立て」では梅沢富美男と共演。15位まで発表したところでまた、コラボコント集がある。中森明菜が幼い女の子を演じるコント、西田敏行が車掌を演じるコント、松雪泰子が娘を演じるコント。

 ここでたけしがコメント出演し、佐野瑞樹アナがインタビューする。たけしは志村が加入前のドリフにけっこう辛口なことを言っている。たけしから「けんちゃん」という呼び名が出たが、たけしはどう呼ばれていたのかというと「たけちゃん」だっていうのだが、ほんとかな。たけし「浅草的なコントを基準とすると、志村けんちゃんてのはそれ以上に上手いのよね。やっぱりテレビ的なんだよね。芸事自体は浅草の芸を継承してるんだけど、実際やることはテレビ時代にマッチしたスピード感があんだよね。おいらはもう、フランス座とかそういう小屋だから、あいかわらず間が浅草なんだよね。これからはスピードの時代だなあと思って、漫才はものすごいスピードをつけたんだけど、いざコントをやったら今度はスピードをあげるだけで間がなくなっちゃってて。けんちゃんたちは、加藤さんもそうだけど、いかりやさんのツッコミの前にもたせんのはやっぱり上手いなあと思いますよね。」「お互いに知ってるけど、いきなりコントやってるから、ほんとは手探りなんだよね。ほいで、けんちゃんはすごいひとに気を遣うひとだから、「たけちゃん、そここうやってくれないか」とは絶対言わないよね。あのひとやっぱりすごいのは、こっちが勝手にやったことも受けて、それをボケて返そうとするから器が広いの。だから、田代とか、ああいうラッツ&スターの、ひどく言えばシロウトだけど、ああいうコントも許容範囲でできるわけ。おいらだったら相手できないもん。やっぱり、そいだけ器広いし、上手いんだと思うね。」「晩年のけんちゃんはダチョウとか田代とか、突っ込むほうがメインで、俺とまあ同期だから、ボケたり突っ込んだりは俺のほうがやりやすいなあって感じはあるけども、うーん、一緒にコントをやるようになるには、俺がもう漫才にいって、ツービートをやって、それからあとだから、けんちゃんはやりづらかったのかもわかんないね。俺が漫才のクセがついちゃってて、からだで突っ込むよりもクチで先に突っ込んじゃうっていうか、セリフのほうが早いんで。けんちゃんと加藤さんなんてのはやっぱり、セリフの前にツッコミのかたちができてて、なにもしゃべんなくても笑うんだけど、おいらだと言葉ありきだからね。そういうぶんだけ、やっぱりなんていうんだろう、漫才師とコメディアンというか、お笑いの差はあったですよね。おいらまず、クチだから。」

 ランキングに戻り、13位の「貧しい親子」のコントで共演した芦田愛菜がコメント出演。7歳の愛菜ちゃん、ちゃんとコントの演技をしていてかわいい。12位の「雨乞いの祈祷師」のコントだが、これ、ストレートコンビのネタをやっているんだということに気がついた。9位の「デシ男」のコントには田原俊彦と萬田久子が出演。8位「ご存知!じいさんばあさん」は公開収録、志村と田代がじいさんばあさんになり、孫が松本典子。チョコレートプラネットがコメント出演し、チョコプラが推薦する「いいよなおじさん」が7位。このコントには、飯島直子、渡辺美奈代が出演している。6位は研ナオコとの夫婦コントで、これも公開収録でやっている。5位は「夫婦の寝言」のコント、夫婦を演じるいしのようこがコメント出演する。続いて、渡辺直美がコメント出演したのだが、雷様のコントの衣装のまま、ということは、この特番の企画は正月の「ドリフに大挑戦」の収録時にはもうあったんだな。4位は「変なおじさん」。これは複数のコントのダイジェストだった。

 たけしが再び登場し、インタビューの続きがまだあった。映画監督として志村を使うとしたらと訊かれると、「やっぱり、コメディアンの殺し屋だよね。表面的にはテレビで活躍してるお笑いタレントだけど、裏でお金もらって殺してるってのはいいと思うけどねえ。けっこうお笑いって、ある部分、狂気なんだよね。あと、お笑いって基本的には不謹慎だから。不謹慎って、笑いは悪魔のようにシリアスな部分に忍び込んでくるじゃない。(略)シリアスなところに必ず悪魔が現れるというのは、まあ、俺の考えかたなんだけど、実際、コメディアンとして志村けんちゃんが映画出るんだったら、悪魔で現れたいね。爆発的にコメディアンの人気が出て、裏では非情な殺し屋をやるってのは。まあ、今だからこんなこと言ってるけど、下手すると、今だったら「コメディアン志村けん」そのまま撮って流したいってか感じもあるね。「ザッツ・エンタテインメント」みたいな。日本のお笑いってのはこういうもんだってのを映画で世界に知らしめたいって感じあるけどね。」 しかし、これだけたけしにインタビューしていながら、たけしと志村が共演するコントはオンエアしないんだな。

 3位は「芸者コント」。柄本明がコメント出演し、最初の収録の思い出を語る。簡単なリハーサル、もう1回リハーサルがあり、本番と3回やっていた。芸者コントのときの顔は、本番を始める直前、後ろ向きになったときに志村に訊いて、この本番で初めてやったらスタッフがウケた。ここでオンエアされたコントには大谷翔平や藤井聡太の名前が出てくる。最晩年のコントだ。2位は「バカ殿様」。上島竜兵とのコント、そして、39年前の初回の放送の映像も流され、田代は初回から出演。家来の役で、すわ親治とキャラバンが出ている。これはリアルタイムで観ていた記憶もあるが、ウィキペディアを見てもキャラバンの名前は書かれていないんだよな。どうせならば、東八郎が家老の時代の映像も観たかった。そして、1位はなにかと思えば、「ひとみばあさん」だった。田代まさしとのがっぷり四つのコントをたっぷりと流し、この3時間弱の特番が終わった。エンディングは「ウンジャラゲ」。これで終わりかと思いきや、ランキングとは別にもう1本、なんのコントかというと、シリアスなサイレントドラマをたっぷりとやった最後に変なおじさんというオチのコントだった。

 深夜に読書。図書館で借りている、北野武「人生に期待するな」を読み終えた。2024年刊、扶桑社。語りおろしの本だと思うが、「週刊ポスト」の連載などもあるのになんだか唐突な感じのする本だ。「人生に期待するな」というたけし最大の名言を、なぜ今、この本のタイトルに使うのか。編集者の案に決まってるのだが、こんな簡単に作ったような本に使わないでもらいたい言葉だ。編集は扶桑社の井関宏幸、構成には石田雅彦というまったく知らない名前が書いてある。とはいうものの、読んでみれば、それなりに興味深いことはいくつも語られている。

P6「この本はオイラが考える人生について書いてみた。あちこち脱線しつつも、この大変化の時代をどうやって生きていけばいいのか、そんな心構えみたいなもんを書いてみた。」

P21-22「オイラは全く気にしないけど、オイラの周りにいるスタッフが心配して耳に入れてくることもある。例えば、オイラとサザンの桑田佳祐が仲が悪いとか、女優の菅野美穂と映画の現場でモメたとか、島田紳助と仲違いしてるとか、有吉弘行のことが嫌いだとか、全く根も葉もないことがネット上で広がっている。桑田佳祐の映画でいろいろあったのなんて、もうずいぶん昔のことなんだよ。もしも仲が悪かったら映画『浅草キッド』の主題歌に桑田佳祐の曲を使ったりしないだろう。菅野美穂とだって何のトラブルもないし、紳助とは、オイラほとんど話したこともないんだから仲違いもヘチマもない。有吉についてだって全く何も思ってないし、むしろ応援してるくらいだ。」

P22-23「カネを吸い上げる仕組みだとか言ってSNSや YouTube の悪口をいろいろ書いてきたけど、桑田佳祐や菅野美穂なんかもトバッチリくって迷惑だろうし、これからはオイラ、ネットで発信したり映画の配信なんかをすることも考えてるんだ。金を吸い上げる側のひとりになるのは嫌なんだけどね。」

P37-38「オイラが素晴らしいなって常々思っている南方熊楠って人がいて、明治大正昭和を生きた博物学の巨人なんだけど、本人にしたら単に植物や粘菌の研究なんかが好きだったってだけなんだろうね。社会的な交友関係とか他人との付き合いなんかより、自分の好きなことを一生懸命やり続けたその結果、歴史に残るような人になるんじゃないのかね。」

P45「人間ってのは結局、金を儲けたいとか、人より上に立ちたいなんていう自分の欲望に忠実に生きている。社会主義や共産主義が「誰もが平等で幸福に生きられる社会を築こう」なんて唱えてて、確かにそんな社会が実現すればいいとは思うけど、人間はどうしたってそんな理想的な社会では生きられない生き物だ。しょせん、エゴと堕落にまみれた資本主義のもとでしか生きられないんだろうね。」

P56「そもそも「物言う株主」って、いったい何だって話だよ。投資家連中が短期的な企業の業績や配当にばかり口を出すなんて慣習が広がったせいで、企業の経営者は長い目で自社の成長を計画できなくなった。」

P59「そんな世の中で金持ちが考え出したやり方っていうのは、「無限大の思想」なんだよ。どういうことかっていうと、例えば1メートルを半分の50センチ、さらに25センチっていうように、どんどん細分化していけば無限に1メートルを分けられる。同じように、貧乏な人の中にも細かい格差、序列をどんどん設けていけば、その中で貧乏同士がひがみ合い、やっかみ合い、足の引っ張り合いをするだろうってやり方なんだね。貧乏な人の敵意は、本来なら金持ちの人に向かうべきなんだけど、こうした格差や序列の中で貧乏同士が敵視し合うんだ。」

P79「みんな、働くことをすごく大切に考えてるよね。働き方改革とか、働く人のためのナントカとか、働きがいのある仕事とか、よく言うじゃん。オイラ、どうも働くってのがどんなことかよくわからないところがある。働くってのは、どこか「労働」って言葉につながるからかもしれないね。」

P83「もちろん、若いころから漫才のノートをいつも持ち歩いて何かネタになりそうなものがあるとすぐに書き込んでいたし、他人がそれを見りゃ努力に見えるかもしれない。でも、オイラにしてみたら、飯を食ったり水を飲むのと同じような、ごく普通のことで、それでギャグを考えていただけだ。」

P87「オイラ、あんまり将棋は好きじゃないんだけど、それは手をよく読めるヤツが勝つに決まってるからだ。」

P94「昔は舞台に立っていてもテレビに出ていても、このネタには今のタイミングではこれってピンとくるものがあった。反応の素早さ、間、タイミング、ぴったりの言葉、こういうのがどんどん出てきた。頭で考える前に口が自然にしゃべってるんだよね。それを年のせいにするわけじゃないけど、できなくなってるんだからしょうがない。じゃどうするかっていうと、誰に評価されるわけでもないことを毎日コツコツと積み重ねるって方向に向かうわけだ。アドリブの瞬発力より、コツコツとした持久力みたいなもんで、最近じゃ、ピアノを弾いたり、絵を描いたり、小説を書いたりってことが楽しくなってきた。」

P101「あと言えるのは、非人情なヤツがオイラみたいな生き方を選ぶんだろうね。非人情なヤツってのは、人情がないようなヤツって意味だけど、ワガママ放題で他人に迷惑をかけてもあんまり意に介さないようなヤツのことだ。」

P134「理想を掲げるのが別に悪いってんじゃないけど、人間ってのはやっぱり自分の欲望に正直に生きたいって願う動物なんだから、社会主義の理想を実現するにはどうしたって無理がある。マルクスを読んだことはないんだけど、理想と現実の矛盾をどう解決するのかっていうところがオイラにはどうしても難しいんじゃないかって感じるんだ。」

P140-141「みんなが違和感を抱いているような常識をひっくり返してみたり、普段は隠されてる本音をさらけ出したり、偉そうにしてる世間知らずの殿様をからかったり、ずるかったりセコかったりといった人間の本性が暴かれたり、そんなことを物語にするには客観的にものごとを見ないとできない。」

P147「よくオイラは間抜けな民主主義なんて言うんだけど、多数の意見を尊重するっていうのはモノゴトに対する正解があらかじめあるってことなんだよね。それが正解か不正解かってのは実はわからないことのほうが多い。多数意見とは違う少数意見があるのは当然のことだけど、そういうのは全部、抹殺され、あらかじめ多数意見が正解って決められている間抜けな民主主義じゃ、たとえそれが間違っていたとしても通っちゃう。大勢に与しない異端者を認めない時代なんだよ。」

P149「ここからちょっと映画の話をしたいんだけど、まず世界的に大ヒットするような作品を撮らないといけないとは思ってる。そんな作品を撮ることができたら、今度はその作品を使ってやりたいと思っていることがあるんだ。それは、その大ヒットした映画のシーンが例えば100あるとすると、シーンナンバーをビンゴゲームみたいにして順番をバラバラにシャッフルしてつなげて編集してみる手法なんだ。絵画には、印象派からキュビズムへという流れがあって、つまり映画におけるキュビズムみたいなことなんだけど、観てる側はバラバラに出てくるシーンを頭の中でつなぎ直して自分なりの映画にできるんじゃないかって思うんだ。」

P154-155「あのころ、浅草に行ったのはロマンだよね。もちろん、お笑いが好きだったし、新劇も好きだった。ただ、オイラ、新宿でアルバイトをしてたんだけど、唐十郎とか状況劇場とか何がいいのか、さっぱり理解できなかった。もちろん、ああしたアングラ演劇ってのは、おもしろいのはおもしろいんだけど、わからないまま理解できないまま、その世界に入っていくのはオイラ、嫌だったんだよ。」

P193-194「オイラにだって、死ぬのが怖かったころがある。死ぬのが怖いというより、まだ何も成し遂げてないのにこのままじゃ死ねない、っていうような焦燥感だな。オイラが浅草にたどり着くまでは、本当に何もしてなくて遊んでばかりいた。高校時代も大学時代も、自分とはいったい何者か、将来すげえことをやるような人間なのか、自信もなく不安定でふらふらしていて、自分の未来が見えなくて不安ばかり抱えて悶々としてた。」

P195-196「でも、どうしても一歩を踏み出せなかった。実家のある足立区から大学まで行くのに新宿駅を通るわけだけど、大学へ入ってすぐにオイラは新宿でふらふらするようになる。新宿には当時、アングラ劇団とかジャズとかヒッピーとかフーテンとかドラッグとかヌーベルバーグとかニューシネマとか、そういったカウンターカルチャーが山のようになって、そういうのが好きな連中が集まっていた。オイラは特にジャズとか映画が好きだったから、そっちの方向へ進む道もあったはずだ。だけど、どうもしっくりこない。肌感覚が合わないというか、ジャズにしても映画にしても好きであることと自分がその世界でどうこうするのとは違うからね。そんなオイラでも、なぜか下町の文化、落語とか演芸、お笑いなんてのは、これならオイラにもできるかもしれない、なんて思わせてくれる何かがあった。オイラは東京の下町で生まれ育ったから、そうして世界になじみやすかったのかもしれない。だけど、お笑いってのは、オイラが一番やりたかったことじゃなかったんだ。いわば第二志望だったんだけど、その第二志望で成功できたから、映画を撮ったり、絵を描いたり、小説を書いたりする、自分にとって本来やりたかったことができるようになった。」

P210-211「これはあらゆることにも通じるんだけど、本来の言葉の意味まで変わってしまうような時代になっている。(略)だから、自分本来の生き方をするのが非常に難しくなっていて、あえてそんなことを言わないほうがいい時代になっちゃったのかなと思う。今の時代は、自分の生き方や考え方をあまり外部に発信しないほうがいいのかもしれない。だって、それは間抜けな民主主義と一緒で、自分の生き方や考え方が少数意見だと、大多数の意見につぶされちゃうような時代なんだよ。」

P212-213「そんな中でどう生きるのかってことなんだけど、こうした単純化した間抜けな民主主義みたいなやり方に反発すればするほど敵が増えて叩かれるだろう。オイラとしては、やっぱり一番いいのは自分の考え方を隠すことじゃないかって思ってる。(略)世の中がイエスかノーかなんだから杓子定規にそれを受け入れて生きていこうなんてのは大きな間違いで、声を大にして反発するのも違うと思うけど、表面的には世の中の流れに逆らわないように振る舞いつつ、頭の中ではいつかは復讐してやるって生き方をしなきゃダメな時代だと思う。」

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2025年2月25日火曜日

2月25日火/「山藤亭」・アルタ閉館

◇ テレビ・ラジオ

 朝、TVer  を使い、昨夜の「しゃべくり007」を観る。ゲストは THE ALFEE。3人そろって70歳、スタジオには3人の同級生たちがたくさん集められる。「紅白」で若者にバズったというので、Z世代の「アル中」も観覧席にいる。3人の学生時代からデビューの経緯がふり返られるが、このあたりの話は坂崎幸之助の本にも書いてあった。一度だけ大ゲンカしたことがあり、3人で部屋飲みしたときに加山雄三のお父さんが誰かがわからずに高見沢と桜井がつかみ合いになったという。

 SNSから、漫才協会の「漫才新人大賞」で2世代ターボが優勝したことを知った。昨日開催だったのだ。外部の出場者を入れず、漫才協会内だけの大会になってからずっと興味がもてなくなっていたが、これは嬉しい結果だ。テレビに出る機会があるといいな。

 昼はラジオ。「伊集院光のちょいタネ」からオンタイムで聴く。今週のテーマは「マイカー・マイバイクの話」。「ビバリー昼ズ」は東貴博と黒沢かずこの日。東が首にあざができた原因がわからずにブログで問いかけたら、それがヤフーニュースになったという。先週の IMALU がゲストの回を大竹しのぶが聴いていて、イモ欽トリオがゲストの回は鈴木杏樹が聴いていたそうで、火曜を聴いてないのは太田だけだって。今日の12時台ゲストは紺野ぶるま。

 続けて、「ナイツ ザ・ラジオショー」も聴くと、今日は土屋さんがお休み、代打になぜかライス田所が登場していた。ただでさえイレギュラーなメンバーなのに、塙さんは声が出なくなっていた。田所は塙さんと仲がよくなり、これから「ホットスポット」のロケ地に旅行に行くという。オープニングの終盤には「漫才新人大賞」で優勝した2世代ターボにも触れた。優勝後の取材で、河崎さんがまじめに語っていたようだ。

 発送するものがひとつ、ささっと片づけようとしたら、クリックポストのラベルがなぜかうまく印刷されない。アマゾンの納品書は問題なく印刷されるのに、どういうわけだか、ラベルは途中で印刷が切れてしまう。インクを交換してもだめで、原因がわからず、しかたがないからラベルをスクショに撮って、それを印刷してみたらなんとかなった。いったいなんなんだろうな。

◇ 新宿・演芸会・アルタ

 午後から外出。明日から春の暖かさになるという予報だが、今日もけっこう暖かい。横浜から東横線に乗り、副都心線直通、新宿三丁目まで。都内に出ることもめっきり少なくなった。まず、昼食。新宿一丁目に小諸そばがあることを思い出し、小諸そばに入り、鶏から丼セットを食べた。650円。この店から靖国通りに出ていくと、ちょうど向かいにブックオフがある。110円の文庫本、220円の単行本、385円の単行本を1冊ずつ買っていく。

 新宿三丁目駅まで戻り、どこかでコーヒーを飲みたかったが、意外と時間がなくなり、適当に時間をつぶすかという計画に変更する。伊勢丹の裏手のまいばすけっとまで戻り、栄養ドリンクとプロテインバーを買って食べておく。

 紀伊国屋に移動し、店内を少しまわってから、紀伊国屋ホールに入る。今夜は山藤章二先生追悼の「寄席山藤亭」。開場時刻から10分ほど経ってから入場した。前方のいちばん端っこ、壁に寄りかかれるいい席だった。18時開演、開口一番はいきなり談春。談春師は楽屋でいちばん歳下であることを喜んでいる。客席も年齢層が高い。高田先生の会の思い出を話すが、かと思えば、緊張しているというそのわけは、今は演劇の公演中だから楽屋が使えないんだそうで、舞台のすぐ裏に仮の楽屋を作ってあり、あとの出演者たちがすぐ後ろで聴いているというのだ。談春師は独演会ばかりだからそういう経験がめっきりないのだという。「東西落語研鑽会」の初回で、高田先生、玉置宏、山藤章二に褒められた、その「替り目」をやる。その「東西落語研鑽会」は客席で観ていて、高田先生のすぐ後ろの席だったことを思い出す。談春師は時間を気にしたか、最後までやらなかった。続いては、小遊三と米助が登場。プログラムには「掛け合い」と書いてある。小遊三師匠は一応、スーツに蝶ネクタイというすがただが、米助師匠はパーカーで出てきた。完全に普段着。打ち合わせなしの漫才だが、山藤先生ではなく、米丸師匠の思い出話になってしまう。小遊三師匠は野球選手の形態模写、安田と江川をやってみせる。最後は青春歌謡を歌い、このふたりの青春歌謡は「たまにはキンゴロー」で30分まるまる歌いまくった回の記憶があるから期待したのだが、もうふたりともお爺さんになってしまい、あのころのような勢いではぜんぜんできない。つぎに登場したのは松尾貴史。松尾貴史も高田先生の会の思い出を語り、そこで披露した上方落語四天王のものまねをまずは順番にやってみせる。そのとき、客席には矢野誠一、小林信彦、中野翠、星新一らがいたという。それから代表作の「朝生」だが、まずはそのネタが生まれた経緯を話す。きっかけは中島らもにもらったビデオだったのだ。「朝生」のものまねをここでたっぷりやるのを期待したが、いたって控えめ。今日はみんな、ほどほどでやめてしまうメンバーだ。仲入りを挟み、後半は「思い出咄」。ここから高田先生が登場し、「日枝です」とあいさつ。まずは談春師と高田先生で少ししゃべり、それから、小遊三、米助、松尾貴史も着席。ソデにいた松村邦洋も呼ばれて加わった。まずは松村が勢いよくしゃべるが、小遊三、米助がとにかく元気がなく、ぜんぜん思い出を語らない。小遊三師匠は似顔絵を描いてもらった話をしたが、米助は再婚して緑園都市に越してしまったから、うちが遠いというので早く帰りたがってる。高田先生は山藤先生の作った俳句のメモも用意してきていて、きちんと語りたそうな感じだったが、しかし、なんだか盛りあがりに欠ける座談会になってしまった。最後にこの会を企画した中村尚紀も壇上にあがる。2時間ほどであっさりと終演する。

 西口のブックオフに寄ってから帰ろうと思っていたのだが、そういえば、アルタが今月いっぱいで閉館してしまうことを思い出した。20時半まで開いていたからよかった。「山藤亭」が長かったら寄ることはできなかった。しかし、アルタの館内なんて何十年も入ってなかったんじゃないだろうか。スタジオアルタにはそれこそ1回だけ、高田先生が司会の落語の番組の観覧で入ったことがある。正月の生放送だった。アルタには今、タモリを始め、閉館に寄せられた有名人たちのコメントがポスターになってあちこちに貼られている。SNSにもよく流れてくるそれらのポスターをじかに見てみたかった。エスカレーター沿いに貼られているものを写真に撮りながら上階まで昇り、下に戻ってくる。小堺一機、関根勤、鶴瓶、爆笑問題、中山秀征など。新宿育ちの玉袋筋太郎はわかるが、アルタとのゆかりがあるのかよくわからないひとのポスターもあった。外に出てから大型ビジョンの写真も撮る。さんまがコメントする映像が流されていて、向かいの広場からそれを撮っていると、そこにいるほかのひとたちの多くは隣りの立体のネコが出るビルの写真を撮ろうとしていた。

 西口に移動し、ブックオフに寄り、390円の単行本を1冊だけ買う。マクドナルドに入り、ひと休み。ホットコーヒーとアップルパイを食べながら、スレッズ、インスタの投稿。新宿三丁目まで戻り、副都心線、東横線直通の各停で帰ってくる。

 電車内では、楽天マガジンで雑誌のチェック。「サンデー毎日」には中森明夫が「フジテレビ物語」と題した記事を寄稿していた。中森明夫は 1985年に「新人類の旗手」として「いいとも増刊号」に出たことあるのだ。しかし、「FNSからSNSへ」という結論は話が雑すぎないか。

 深夜に帰宅し、「爆笑問題カーボーイ」をオンタイムで聴く。オープニングは珍しく田中が話し、巨人のキャンプの沖縄を訪れた話をたっぷりとする。そのあとに、リスナーのメールから、2世代ターボの「漫才新人大賞」優勝に触れられた。川崎さん、65歳って言ってるけど、本当は72歳なんだって。それから、ネコのコーナーにはハライチ岩井が登場し、岩井はこのコーナーだけで帰ってしまう。今週は最後まで聴いた。深夜3時過ぎに眠る。

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