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2024年12月7日土曜日

12月7日土曜日/だるさが続く

◇ テレビ・ラジオ・雑誌・マンガ・ミックスグリル

 早朝、ゴミをまとめて出してくるが、どうもまだ元気がない。ラジオを聴きながら、ブログの更新をひとつ。それから眠りなおし、昼前に起きあがる。録画していたテレビ番組をいくつか。「勝手にテレ東批評」は宮下草薙の草薙がゲスト。佐久間とは「青春高校3年C組」からの関わりだ。宮下草薙がふたりとも中卒だとは知らなかったな。午後はラジオ。「田村淳のNewsCLUB」を聴く。ニュース解説は古谷経衡。そのあとのゲストコーナーにはひろゆきが登場。眠気がひどく、ラジオを聴きながらしばらく横になっていた。

 夕方、すっかり暗くなってから外出する。いつの間にこんなに寒くなっていたのかと思うくらいの寒さで、道理で体調が芳しくないわけだ。外に出ないで済むならそれでもよかったのだが、食べるものがなくなってしまった。去年は腹巻きが見つからず、ぜんぜん使わなかったが、何年か前に買った腹巻きを見つけたので、今季初めて着けていく。

 二俣川に出て、まず、ジョイナステラスのくまざわ書店を覗いていく。「表現者クライテリオン」という雑誌の表紙に「北野武」の文字を見つけ、開いてみると、たけしのインタビューが載っているのだ。こんなものは本屋に寄らなければ、誰も教えてくれない。ざっと立ち読みしていく。聞き手は藤井聡。「慰み者」としての芸人論、師弟関係の弊害などについて語っている。

 ドン・キホーテのサイゼリヤに行ってみると、もしかしたら混んでるんじゃないかという気はしていたが、やっぱり、順番待ちしていた。土曜の夜という時間が悪い。空腹だが、いったん、下の階をまわり、戻ってきたらもう並んでいるひとはいなかった。ミックスグリルを食べる。ライスのスモール、ドリンクバーをつけて、950円。

 サイゼリヤでマンガを1冊読んでいく。以前、まとめてもらってきたマンガのなかから、講談社コミックスの「ちばてつや短編集」1巻を読んだ。1975年刊、生まれた年に出た本だった。「風のように」という短編はたしか別の本でも読んだことがあった。ちばてつやといえば、われわれの世代は「あしたのジョー」を読んだ世代でもないが、すでに「あしたのジョー」の印象が強烈にあるところからちばてつやを知ったが、本来はこの短編集のような人情話の名手でもあるのだ。

 夜遅くに帰宅するが、なんともいえないだるさだ。Spotify で、しばらく音楽を聴きながら横になり、そのあとにはポッドキャストも聴いた。「大竹まこと ゴールデンラジオ!」の「大竹紳士交遊録」、火曜担当の中島岳志が話していた石丸伸二分析がとても面白かった。石丸は新自由主義を前提として、サバイブしていこうということを語っている。政治家というよりも自己啓発的なことしか言っていない。エリートを隠そうとしないという点では、ポピュリズムとも違う新しい現象が起きているという話だった。

 録画していたテレビ番組をいくつか。今夜の「Nキャス」は、まずは韓国の非常戒厳の話題から。ソウルから生中継をつなぎ、怒声が飛び交い、混乱している国会の様子が伝えられた。そして、中山美穂の訃報。「ザ・ベストテン」や「レコード大賞」の映像、それから、「毎度おさわがせします」の撮影時、1985年に「3時にあいましょう」が取材している映像があった。1995年、映画「Love Letter」のときのなにかの映画賞のスピーチもあった。32歳のときにテレビを離れ、辻仁成と結婚、39歳で仕事復帰をする。三谷幸喜は、中山美穂が主演した竹中直人監督の「東京日和」のことを少し話していた。

 夕方の「ミュージックフェア」も、木梨憲武の出演が観たくて録画しておいた。憲武は田中あいみと一緒に出演し、ほかの出演者たち、中島健人、松下洸平と一緒にトークもあった。田中あいみが歌ったのは、所ジョージが作詞作曲した「ドアを開けてみた」という曲。憲武は鈴木雅之にもらったサングラスをかけて歌った。

2022年4月18日月曜日

4月18日月曜日/それぞれの戦争

◇ 飯田橋

 深夜に映画でも観るつもりだったが、朝まで眠ってしまった。タイムフリーで、土曜に放送された「田村淳のNewsCLUB」を聴く。湯川れい子がゲストなので、これは聴いておきたかった。この番組の出演は、なんと、湯川れい子の逆指名によるものだったようだ。湯川れい子は 1936年(昭和11年)生まれ。戦争の話が多くなるが、最後は、今、イチオシだという藤井風の曲を紹介した。

 午前中から都内に。まだ少し肌寒く、ジャンパーを着ていく。東横線、日吉から目黒線に乗り換え、せっかく座れたのに、寝ぼけて武蔵小山で降りてしまった。つぎの電車では座れなかった。南北線直通、飯田橋まで出て、まず、昼食。神楽坂下から裏通りに進み、一品香という店に入り、ランチメニューの発酵野菜豚角煮丼を食べた。サラダ、漬け物、杏仁豆腐がつき、680円。店に入ると、店のおばさんが店内でご飯を食べているところで、客は誰もいなかったが、自分が入ったあとにみるみる客が増えていった。箸袋には店名にふりがながあり、「いっぴんしゃん」と読むのだとわかった。


 それから、ブックオフに行ってみると、外の飾りつけに目を奪われるが、なんと、「閉店セール」と書いてある。5月15日で閉店してしまうのだ。ブックオフはもう少なくなるいっぽうなのだろうか。全品30パーセントオフだというので、じっくりとまわるが、棚はすでにだいぶすかすかになっていた。220円の単行本を1冊、110円の文庫本を2冊を、アプリのクーポンも使い、208円で買えた。すぐそばにあるベローチェに入り、ひと休み。スマホの充電をしながら、しばらく読書をする。



◇ 読書

 夕方から雨降りになり、雨降りでなければもう少しブックオフに寄りたいと思っていたのだが、横浜まで戻ってくる。もう少し読書をしていきたく、しかし、外を歩くのもいやなので、旧ダイヤモンドのドトールに入り、アイスコーヒーと、ブリオッシュショコラを食べる。やなせたかし「ぼくは戦争は大きらい」を朝から読み始め、ドトールで読み終えた。2013年刊、小学館クリエイティブ。構成者の中野晴行によると、この本は 2013年の4月から6月にかけて行われたインタビューをまとめたもので、やなせ先生は 10月に亡くなる。この本は亡くなられたあとで出版されたものだ。やなせたかしは1919年(大正8年)2月生まれ。銀座で広告関係の仕事をするが、21歳のときに召集令状が届き、小倉の部隊に入隊し、戦地にも行っている。そして、26歳のときに上海で終戦を迎えている。九州の部隊には荒っぽい人間が多く、戦争が終わったときにはヤクザがいっぱいいたことがわかったということも語っているのだが、やなせたかしは要領がよかったようで、「あっという間に優秀な兵隊になってしまったから不思議です。」と不思議がっている。一度、20人ぐらいの兵隊で、150頭ぐらいの馬を南京まで届けに行ったことがあったそうだが、「南京大虐殺があったとか、なかったとか言ってますが、ぼくが行ったときの南京はごく平和なものでした。」「ぼく自身は、南京事件なんてなかったんだと信じています。」って、さらっとすごいことを言っている。あるいは、決戦のために福州に上陸した際には、まず、民家を接収して兵舎にしたというのだが、「住民とのトラブルが何も起きなかったのは、今にして思えば不思議です。」って、また不思議がっている。やなせ先生、性格的におおらかすぎて、いろいろ気がついてなかったんじゃないのか。

 ドトールを出て、有隣堂に少し寄っていく。21時近かったが、ようやく、こんな遅い時間でも本屋が開いているようになった。オピニオン誌の売り場を覗いてみると、以前ならば、「WiLL」と「Hanada」が並んで平積みされているのがおなじみの光景だったが、「WiLL」の隣りには「表現者クライテリオン」が平積みになっていた。少し前に、早朝の生島ヒロシのラジオ番組を聴いていると、田原総一朗、水道橋博士、藤井聡の鼎談を紹介していて、なんの媒体かを聴き逃してしまったが、表紙を見て、これのことかとわかった。この雑誌を手にとることも今までなかったが、藤井聡が編集長であることを初めて知った。編集長になって、すでに何年も経っているようだ。ほかの売り場もまんべんなく見てまわるが、文庫の売り場に、広瀬和生の本が講談社学術文庫になって平積みされているのには驚いた。「小三治の落語」という本だが、これはもともと、「なぜ「小三治」の落語は面白いのか?」というタイトルで、講談社+α文庫から出ていた本だ。そんなケースって、ほかにあるんだろうか。

 雨に濡れながら、夜遅くに帰宅する。録画していた今日の「徹子の部屋」(ゲスト・藤あや子)を観て、それから、タイムフリーで、今日の「ビバリー昼ズ」を聴く。12時代のゲストはドランクドラゴンだったが、この番組でさんざん代役を務めてきた鈴木拓が、このタイミングでコロナになってしまい、塚地がひとりで出演した。

◇ 雑誌・ポッドキャスト

 楽天マガジンで雑誌のチェックをすると、週刊誌にはそろそろ参院選の記事が出始めている。「週刊ポスト」によると、元吉本興業伝説のマネージャー、大谷由里子が国民民主から出馬するらしい。自民からはものまね芸人の松山三四六が出馬。「週刊プレイボーイ」を読むと、こちらには藤子A先生追悼企画として、ゆでたまごがインタビューされている。単にコンビのマンガ家という共通点だけでなく、「まんが道」からは多大なる影響を受けているようた。テリーマンがドロンパのオマージュだとは知らなかった。「週刊現代」の「わが人生最高の10冊」には志らく師匠が登場。「サイゾー」を読むと、「悪いひとたち」という特集で、「ばいきんまん」をテーマに、飯田一史と藤田直哉が対談しているのが面白かった。

 note をずっと放ったらかしにしていたが、今日、ふと思いつき、記事のいくつかをこちらのブログに移してしまうことにした。(記事という呼びかたも好きではないが、)「2019年をふりかえる〈上〉」「2019年をふりかえる〈下〉」というふたつの記事をコピペする。ほかのひとが読んだときにどう思うかは知ったこっちゃないのだが、自分の記憶をたどるには、こういうものをこしらえておくとたいへん便利である。

 眠る前にはまた、Spotify でポッドキャストを聴いた。「大沢悠里と毒蝮三太夫のGG放談」の第2回では、ふたりが戦争体験を語っている。大沢悠里は 1941年(昭和16年)生まれ、毒蝮三太夫は 1936年(昭和11年)生まれ。悠里さんが「今、世界の国のリーダーが戦争を知らないんだよ。」と指摘していた。世界のリーダーたちが戦後生まれになっている。

ブログ アーカイブ

8月12日月曜日/「徹子の部屋」と戦争

◇ テレビ  午前中がいちばん涼しいからよく眠れる。じわじわ暑くなってきたころに起きあがり、ブログを更新。録画していたテレビ番組をあれこれと。今朝の「虎に翼」は、ユミちゃんが大きくなって、別の子役になった。寅子、ハナエちゃんも老けづくりになり、いよいよ終盤になってきた感がある。 ...