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2024年12月25日水曜日

12月25日水曜日/映画と読書とクリスマス

◇ テレビ・ラジオ

 朝、SNSのトレンドに「松本人志」の名があるからなにかと思えば、中西正男による松本人志インタビューがヤフーニュースに出ていた。「M-1」が終わると松本に動きがあるというのは年末の風物詩なのか。来春に「ダウンタウンチャンネル(仮)」を開設するようで、配信で復帰というのはおおかたの予想どおりだが、ダウンタウンとしてやるというのはどこにも出ていなかった話ではないか。スピードワゴン小沢らもここに呼ぶという構想だが、それは小沢にとってはどうなんだろう。しかし、松本個人の番組よりも、ダウンタウンとしての番組ならば共演者も呼びやすいということかな。それより、NGK復帰案はなくなってしまったんだろうか。

 録画していた昨夜の「明石家サンタ」を観ると、冒頭、さんまの声の調子を話題にしていて、さんまもさすがに高齢だからこれは本当に気をつけてもらいたい。番組半ばに「向上芸人枠」として中津川さんが電話に出た。さんまが「芸能人につながりましたんで」って、中津川さんがさんまに「芸能人」と呼ばれているのがすごい。去年からか、電話ではネタを話さず、「お笑い向上委員会」で話したVTRが流され、電話ではパネルを選ぶのみ。「お肉」が当たったのに、そのあとに披露したクリスマスの小咄を噛んだためにお肉は剥奪になってしまった。電話からおカヨ坊さんの声もする。八木「奥さんも楽しいかたですね。」 さんま「そりゃお前、弦さんと結婚するくらい、明るいひとしかもたへんからね。」 最後にさんまは「イエイ」もやってくれた。「また「向上委員会」でよろしく~」と言うさんま、来年も中津川さんは出続けるのか。

 ラジオをつけ、「TBSラジオ大感謝祭」を少し聴いた。今日は「ビバリー昼ズ」は「ミュージックソン」終了後の正午からスタート。ゲストは桂宮治。ラジオを聴きながら、アマゾンで無料だった「フリースタイル」の最新号を購入し、キンドルで読む。恒例の「このマンガを読め!」だが、これは時間があるときにゆっくりとチェックしよう。

◇ 映画・読書

 午後から外出。横浜に出て、東口から日産ギャラリーを抜け、みなとみらいに進む。キノシネマみなとみらいにて、「太陽と桃の歌」を観る。16時半の回。今年最後に観る映画はなにがいいかと考え、この映画がよさそうだと思った。スペインのカルラ・シモンという監督のベルリン国際映画祭金熊賞受賞作。優しくてかわいらしい映画かと思っていたら、だんだん社会的なテーマがわかってくる。なかなかビターな映画だった。しかし、劇場内がちょっと薄ら寒かったな。


 横浜美術館前に歩いていくと、広場にメリーゴーランドができている。マークイズみなとみらいには大きなクリスマスツリーがあった。横浜駅のほうにまた戻ってくると、地下のポルタの八角のあとにはえきめんやができていて、ちょうど、今日からオープンだった。クリスマスのにぎわいだが、東口から西口に移動し、天理ビルまでやってくると空いている。中華彩園に入り、ユーリンチーと餃子の定食を食べた。900円。地下のドトールに入り、ひと休み。ここで読書をしていく。

 ドトールで、図書館で借りている、柄谷行人「政治と思想 1960-2011」を読み終えた。2012年刊、平凡社ライブラリー。60年代からの政治の流れが勉強できるかと思って読んだ。柄谷行人のインタビューが収録されていて、3部からなり、それぞれ、小嵐九八郎、明石健五、平凡社編集部が聞き手を務めている。以下、気になった箇所の引用だが、特に、190ページ以降のデモがなぜ衰退したかという話は重要と思った。

P7「現代の民主主義は一般に、国民(people)が選挙で代議士を選ぶ、代表制民主主義として考えられている。しかし、代表制は民主政とは異質である。モンテスキューがいったように、代表制は寡頭政の一種にすぎない。そのため、代表制民主主義は寡頭政に帰着する。実際、日本の代議士の有力者はほとんど世襲的である。だから、民主主義が活きて存在するためには、代表制でないような直接行動、すなわち、「動く集会」がなければならない。個々人が主権者として、自らを代表する者として登場しうるのは、匿名選挙ではなく、デモにおいてである。」

P21「たとえば六〇年安保闘争のとき、僕は学生運動に参加したわけですが、当然、学生だけがいたわけではない。七〇年となると、デモはほとんど学生に限定されていました。しかし、六〇年では、あらゆる階層と世代が参加していた。」

P24「僕は昔ある論文の中で書いたのですが、たとえば、「昭和」という言葉が意味をもつのは、昭和三〇年代までですね。最近でも、昭和三〇年代を取り上げた「ALWAYS 三丁目の夕日」という映画が流行りましたね。以前から、漫画の『こちら葛飾区亀有公園前派出所』では、「昭和三〇年代」が特権化されていた。昭和三〇年代というと、このように日本的文脈が出てきます。ところが、一九六〇年代というと、何かグローバルになるんです。」

P30「僕は運動においてアナーキズムを認めるけれども、いわゆるアナーキストは好きになれなかった。彼らはほとんど三流の文学者・芸術家にすぎない。文学をやるのなら、根本的にやらないといけない、と思いました。」

P47-48「一般にマルクス主義者は、恐慌は資本主義の崩壊、社会主義の到来をもたらすと考えますが、宇野弘蔵はちがった。彼は、『資本論』に書かれているのは、恐慌の必然性である、しかし、それは革命の必然性や社会主義の必然性ではないのだ、といったわけです。資本主義は、「労働力商品」という特殊な商品にもとづくので、恐慌や不況を避けることができない。しかし、宇野は、資本主義経済から社会主義が必然的に出てくるものではない、と考えた。社会主義は、倫理的な問題だ。つまり、各人の自由な選択の問題だ、と。」

P51「この時期は、古井由吉・後藤明生・黒井千次などの、いわゆる「内向の世代」が出てきたころで、僕は彼らを擁護し代弁することになった。彼らは、非政治的で「内向的」だということで批判されたのですが、「内向的」であることが、別に非政治的であるわけではない。われわれは一度深く「内向的」になるのでなければ、真に外に向かうことはできない、というようなことを書いたんですね。」

P61「一九六〇年代までのデリダの仕事は素晴らしいですよ。現象学の内在的な批判からはじめて、構造主義への内在的批判に及ぶ。哲学の仕事として画期的だった。しかし、七〇年代以降、彼は哲学者よりも「作家」になろうとしたのです。すでに、戦前のハイデガーがそうでした。彼は詩を哲学よりも根底的だとみなしたわけです。しかし、彼がそうしたのは、ナチに参加して、それに失望したあとからだと思います。本当の革命は、ナチ的政治ではなく、文学にしかない、と考えたのでしょう。このように、政治的な挫折・不可能性から、文学に向かうのは、別に珍しいことではありません。その場合、言葉の力に頼る、ということになるのです。マルクスは、ドイツの観念論および(自分自身をふくむ)ヘーゲル左派のイデオローグについて、「哲学者たちは世界を変えるのではなく、世界の解釈を変えてきただけだ」(「フォイエルバッハ・テーゼ」)といいました。それでいうと、フランスの現代思想は、いわば、世界の解釈を変えれば、世界は変わる、という事態をもたらしたのです。だから、テクストをどう読むかということが大事になった。ここから出てきたのは、テクスト的観念論ですね。」

P62-63「とにかく、こういう思想が流行るときは、現実の政治的な挫折がある。いくら政治的にみえても、その根本に無力感がある。実際、米ソの冷戦構造のなかでは、それを超える可能性はない。ゆえに、それを思弁的な想像力に求めることになる。だから、哲学であれ、何であれ、それは文学的なものになります。日本でも七〇年代以降、吉本隆明が優位に立ったのはそのせいですね。」

P63「僕をポストモダンな思想家の代表のように思う人が多い。しかし、それを最初に批判したのは僕ですよ。これを書いた一九八四年の時点では、「ポスト・モダン」という言葉は建築とか一部の領域でしか使われていなかったので、そういう言葉を使った僕自身が、ポストモダンの思想家だと思われたのかもしれませんね。僕があえて「ポスト・モダン」という言葉を使ったのは、戦前の日本にあった「近代の超克」が念頭にあったからです。」

P68「アドルノは「否定の弁証法」で、否定の否定は止揚でなく、否定の徹底化にならないといっていました。つまり、何か目的やゴールがあるのではなく、現状に対する批判・否定を永続するしかない。」

P70「ポストモダニストは、歴史のいっさいの理念を物語だといって否定した。つまり、理念は仮象だというわけです。しかし、それは別に新しい考えではない。そもそもカントは、理念は仮象だといっています。ただ、それは、感覚に由来するような仮象とはちがう。それなら、理性によって訂正できる。ところが、理性から生じる、理性に固有の仮象がある。たとえば、昨日の自分と今日の自分は同じ自分だと人は思う。しかし、ヒュームがいったように、同一の「自己」など仮象にすぎない。ところが、もしそのような幻想をもてないとどうなるか。統合失調症になるでしょう。」

P73「カントにとって、道徳性は善悪の問題ではない。自由の問題です。そして、自由というのは、自発性という意味です。」

P76「たとえば、「文学者の集会」をやったのは、文学者を特権化するものではない。その逆に、文学は政治から自立した立場だ、というような通念を否定したかったのです。だから、文学者の集会を催したのです。」

P82-83「一九九〇年代に、日本で「新自由主義」が進行した。いつでも戦争ができる体制ができあがっていた。僕は、「批評空間」をやっている間、それに抵抗しようとしましたが、無力でした。たんなる批評ではだめだと思うようになった。だから、社会運動を開始しようと思ったのです。」

P84「日本で中間勢力がほぼ消滅したのが二〇〇〇年です。そこに、小泉政権が出てきた。もう敵はいない。彼は中間勢力の残党を、「守旧派」「抵抗勢力」と呼んで一掃したわけです。」

P85「近代資本主義は、労働力商品がつくった商品を、労働者自身に買わせる、というシステムです。」

P94「『トランスクリティーク』では、僕はむしろ、マルクスはアナーキストだということを肯定的な意味で強調したのです。それまで、マルクス主義者はマルクスがいかにアナーキスト(たとえばブルードンやシュティルナー)と異なるかを強調してきた。他方、アナーキストもバクーニン以来、マルクスを集権主義的だとして批判してきた。しかし、僕は、こと社会主義あるいはアソシエーションの見方にかんして、マルクスはブルードンと根本的にちがわないということを書きました。」

P106「くりかえすと、日本の場合、近衛はボナパルト的だと思います。さらに、近衛の甥、細川も同様です。」

P107「じつはもう一つ、困ったことがあったのです。この年表を延長していくと、僕は書かなかったけれども、一九九九年が昭和一六年に照応するということがわかります。そこで、オウム真理教が、僕の年表にもとづく見通しから、一九九五年に地下鉄サリン事件を起こしたとう噂を聞いて、二度と口にしないようにしました(あとで、オウムのリーダーの一人、上祐史浩という人がそれを認めていたから、噂ではなかったのです)。」

P134「一般に、平和とは戦争がない状態を意味している。しかし、カントのいう「平和」は、「いっさいの敵意が終わること」です。それは、国家が存在しないこと、あるいはホッブズ的な自然状態が全面的に終わることを意味します。すなわち、カントのいう「平和」は諸国家の揚棄を意味するわけです。だから、カントのいう「目的の国」あるいは「世界共和国」は、国家と資本が揚棄された社会を意味しているのです。」

P142「たとえば、宮崎学は『法と掟と――頼りにできるのは、「俺」と「俺たち」だけだ!』という本の中で、「個別社会」ということをいっています。(略)たとえば政治学などでは、習俗とか村落などを、国家と個人との間に実在するさまざまな集団の象徴として、中間団体あるいは中間勢力といいます。この中間団体、中間勢力というのは、モンテスキューの考えなのですが、宮崎のいう個別社会は、それとほぼ同じ意味です。」

P145「前にもいいましたが、一九九〇年代に、日本のなかから中間勢力・中間団体が消滅しました。国労、創価学会、部落解放同盟……。教授会自治をもった大学もそうですね。このような中間勢力はどのようにしてつぶされたか。メディアのキャンペーンで一斉に非難されたのです。封建的で、不合理、非効率的だ、これでは海外との競争に勝てない、と。小泉の言葉でいえば、「守旧勢力」です。」

P147-148「代議制においては、個々人が投票します。しかし、そのとき、個々人は、具体的な個別社会を捨象した、抽象的な個人としてしか存在できない。各人は密室のように隔離されたところで投票用紙に名を書き込む。個人は他人と出会うことはありません。では、主権者である国民は、どこにいるのか。代議制において、国民は、いわば「支持率」というかたちでしか存在しません。それは、統計学的に処理される「幽霊」的存在である。たとえば、テレビの業界では視聴率が支配しています。誰がテレビをみているのかはわからない。ただ、統計学的な数値が支配する。国民が主権者であるといっても、どこにも明確な個人は存在しない。視聴率と同様に、正体不明の支持率が存在するだけです。各人は、あたえられた候補者や政党から、選びます。しかし、これは政治的な参加だろうか。各人に可能なのは、代表者を選ぶことだけです。モンテスキューは、代議制は貴族政ないし寡頭政だといいました。それに対して、民主主義の本質は、くじ引きにある、と。つまり、行政における実際上の権利において平等であることが、民主政なのです。(略)現在の日本は、国家官僚と資本によって、完全にコントロールされている。だから、専制国家だ、というのです。では、専制国家から出るためにどうすればよいか。一言でいえば、代議制以外の政治的行為を求めることですね。代議制とは、代表者を選ぶ寡頭政です。それは民衆が参加するデモクラシーではありません。デモクラシーは、議会ではなく、議会の外の政治活動、たとえば、デモのようなかたちでのみ実現されると思います。」

P190「安保闘争というと、全学連のような学生運動が中心だったように見られますが、全国で百万人以上の人がデモに参加していた。あらゆる階層、グループの人たちが参加していたのです。この当時、僕は、デモに行くのは当たり前だと思っていましたが、日本の歴史において、それほど多数の人間がデモに行った例はないのです。それに感銘を受けた丸山眞男とか久野収といった人たちは、やっと日本に市民社会が成立した、ということを書いていました。一方、私のような学生は、つまらんことを言ってやがるな、という感じでそれを見ていました。そういう考え方を、進歩主義、近代主義として馬鹿にする風潮がありました。そして、そのような傾向は以後も続き、一九六〇年代の終わりごろ、全共闘と言われる運動の時期にはその頂点に達したわけです。しかし、この時期には、すでに、六〇年にあったような厖大な市民のデモはなかったのです。学生や新左翼の活動家が主であり、さらに、運動が減退するにつれて、デモの参加者は一層限定されていきました。それと反比例して、デモが暴力的になった。ますます一般の人が行けるようなデモではなくなった。その結果、デモが一般に衰退してしまったのです。」

P191-192「デモに対する考え方がだめだったからですね。もちろん、日本の左翼はデモを重視しましたが、それはデモを革命のための手段として見ていたからで、デモ自体が重要であるとは考えなかった。だから、おとなしいデモはブルジョア的でくだらない、それを戦闘的にし、暴動のようなものにしてしまうことが望ましい、……そのような考えが昔からあるのです。たとえば、左翼活動家が民衆のデモのなかに潜んでいて、突然、火焔瓶、投石、その他武力闘争をはじめる。それを警察が弾圧し、反射的に民衆が抵抗する。その結果、見たところ、革命的な情勢が出現する。それを自画自賛する左翼がいたのです。(略)しかし、一度これをやられると、大衆的なデモは消えてしまいます。危なくて行けないからです。革命家たちは、大衆を真に革命的な闘争に導いたと考えるけれども、それは一時的な現象であって、結局、大衆運動を破壊しているだけです。」

P194「六〇年代後半の新左翼諸党派は、六〇年ブント幹部が作ったものであり、その延長です。こういう連中が、市民のデモを重視するはずがないのです。「全共闘」というのは、新左翼諸党派とは別に、各大学で自然発生的にできあがった評議会であって、ある意味で、一九六〇年六月の状態と似ています。また、それは学生運動ではあっても、案外、社会的な広がりがあったのです。しかし、それが衰退してくると、党派が前面に出てきた。大衆的なつながりがなくなった。さらに、党派の間の陰惨な内ゲバが増大し、デモも過激化しました。それは当然ながら衰退していった。と同時に、ふつうのデモも衰退しました。ドイツでもイタリアでも、新左翼は末期段階では似たようなことをやったのですが、過激派が増えると、市民のデモが復活した。というより、それはそれで、ずっと続いていたわけです。そこが日本との違いです。日本ではむしろ、かつての過激派がそのまま残存したのに、ふつうの市民のデモがなくなった。つまり、過激派の存在がふつうのデモを抑圧してきたのです。」

P195-196「デモがなくなってしまった時期になって、僕は遅まきながら、丸山眞男や久野収のいったことを再考しはじめたのです。特に久野収は、デモのような直接行動がなければ、代議制だけでは民主主義は存在できない、ということを強調していました。デモがないような社会は専制国家です。もちろん、日本は専制君主や独裁者が支配する社会ではありません。国民主権の体制であり、代表制民主主義の国です。(略)そこでは主権者としての個々人が投票しますが、その場合、各人は密室のように隔離されたところで投票用紙に書き込む。つまり、個々人は、具体的な社会的関係を捨象した、抽象的な個人としてしか存在していない。だから、国民が主権者であるといっても、そこにも明確な個人は見えない。それは「支持率」というかたちでしか存在しません。では、個人が主権をもった主体として存在するためには、どうすればよいか。それは割合、簡単です。直接行動、すなわち、議会選挙以外の政治的行為を求めることですね。つまり、それは、デモのようなかたちでのみ実現されると思います。議会選挙があるのだから、デモで政局を変えようとするのは、民主主義的でない、という人たちがいます。しかし、代議制だけならば、民主主義はありえない。それは、寡頭政になってしまいます。」

P197-198「日本人は、デモの権利を得るために、事実上なにもしていない。戦後の憲法でその権利を与えられた。しかし、それは敗戦の結果であり、いわば、占領軍によって与えられたようなものです。自分らの闘争によって得たのではない。だからデモを抑圧されたり制限されたり、あるいはデモをしなくても平気なのだと思います。ただ、日本でも、沖縄の人たちは違います。ふつうにデモをします。彼らは「琉球処分」以来、日本国家からひどい扱いを受けてきたし、戦後は米軍の支配下にあった。彼らはデモによって抵抗してきたのです。」

◇ テレビ・雑誌

 夜遅くに帰宅し、録画していたテレビ番組をあれこれと。今日の「徹子の部屋」(ゲスト・羽鳥慎一&玉川徹)を観てから、昨夜の「さんま御殿」の続きを観る。2番目のブロックは「クリスマスひとりぼっち有名人」という特集。筒井真理子、角田夏実、有森也実、城田優、本仮屋ユイカ、井上咲楽、大久保佳代子、又吉直樹、塚地武雅、アインシュタイン、ゆりやんレトリィバァ、宮世琉弥、小西克幸が出演。このブロックはゆりやんがずっと可笑しかった。3ブロック目は、梅沢富美男、松下由樹、城島茂、百田夏菜子、上地雄輔、長州力、アンタッチャブル、おぎやはぎ、ヒコロヒー、やす子、あのちゃん、村重杏奈が出演。雛壇両脇に陣取るアンタッチャブルとおぎやはぎがさすがに面白い。長州力の娘のサプライズ出演はいらない演出だったけれども、なぜこの特別扱いなんだろう。このブロックでも過去の名場面集があり、じつは10年前に初登場していたヒコロヒーの映像を観ることができた。番組終盤にはさんま50年の名場面集もあり、大竹しのぶからのコメントもあった。エンドクレジットには、リサーチとしてエムカクさんの名前が出てきた。

 楽天マガジンから「週刊文春WOMAN」を読むと、佐藤愛子に101歳の誕生日のインタビューをするはずが、骨折で入院していたため、娘と孫が取材を受けていた。前号をちゃんと読んでいなかったが、前号もそうだったのか。佐藤愛子は20年前に石破茂が「ごひいき」と書いていたようで、娘の響子によると「顔が面白いから、好きなんです、母は。石破さんが選挙期間中に日焼けして、尋常ならざる黒さになったことがありましたよね。もう焦げたみたいに黒くて話題になっていたけど、母も「何、この黒さ?」って喜んで見てました。」 孫の桃子「けっこう最近まで「M-1グランプリ」を見ていて、ミルクボーイを面白いって言っていました。ものすごい早口の漫才が多い中、わかりやすい笑いだって。」 響子「母は、文章は結局リズムだって言うんですよ。リズムが人を表すって。たぶん笑いもそうなんだと思うんです。文章の中にあるリズムとか、そういったものに対しては人よりもずっと感度が高いのだと思います。」「そういえば、おばあちゃんはあの人も好きだったよね、「安心してください、はいてますよ」の人。」 桃子「とにかく明るい安村さん。太り具合も調整しているのに、忙しすぎて痩せてしまうという話を聞いて、「涙ぐましい」って。」

2024年12月3日火曜日

12月3日火曜日/自宅訪問があった

◇ 自宅訪問

 早朝に目が覚め、ゴミをもう少しまとめる。ゴミを大量に出しに行くと、こんな時間には誰もいないだろうと思っていると、どこかのお婆さんに出くわし、おはようございますと声をかけられた。帰ってきて、もう少し眠りなおす。NHKプラスで「カムカムエヴリバディ」再放送の第7話を観ると、中川家のエンタツ・アチャコが再び登場。今度は音声だけでなく、すがたも出てきた。その後も、ラジオを聴きながらできるかぎりの掃除をする。

 今日は自宅訪問があり、14時にくる約束の老健の介護士さんは少し早めにひとりでやってきた。できるかぎり掃除したものの、それでもなお、ひどい散らかりようでみっともないのだが、さすが、いやな態度はまったく見せない。1階の部屋、風呂場、トイレを覗き、玄関の段差の高さを計っただけで帰っていった。10分ぐらいしかいなかったんじゃないか。母の様子も少し教えてもらったが、もう車椅子を使わずに歩いているというので、ずいぶん回復している。入所したばかりだが、意外とすぐにうちに帰ってくることになるのだろうか。必死に掃除を続けるここ数日だったが、これでひとまず解放。なんだか気が抜けてしまった。部屋に戻り、ラジオの続きを聴く。「ナイツ ザ・ラジオショー」のゲストは鬼越トマホーク。山田邦子情報が満載。

◇ 東戸塚

 午後から外出。図書館に行こうか床屋に行こうかと迷っていたのだが、どちらも関係ない東戸塚に行きたくなった。横須賀線に乗り、東戸塚まで。オリンピックのフードコート、ピッコリーの牛すじカレーを食べる。580円。同じフロアのブックオフにて、110円の文庫本を1冊、390円の単行本を1冊買っていく。駅のほうに戻り、ドトールに入り、ひと休み。

 ドトールで、橋口亮輔「僕は前からここにいた」を読み終えた。1994年刊、扶桑社文庫。文庫オリジナルだろうか。今年は新作映画の「お母さんが一緒」が公開され、このタイミングで見つけ、買っておいたもの。橋口亮輔監督のすべての作品を観ているわけではないが、そもそも好きな監督。この本は著者が三十代のころのエッセイ。ニューヨーク滞在期のなかにゲイにまつわるエピソードがよく出てくる。

 もう1店、東口のブックオフではいい本がいくつも見つかった。110円の文庫本を3冊、220円の文庫本を3冊、珍しく特価ではない単行本も1冊買う。横須賀線に乗り、すぐに帰る。

◇ テレビ

 夜遅くに帰宅し、録画していたテレビ番組をあれこれと。観そびれていた昨日の「NHKニュース7」を観ると、秋田のスーパーに侵入したクマが捕獲されたというニュースをやっていた。山間部からは離れた住宅地なのだ。

 今日の「徹子の部屋」は鈴木浩介がゲスト。あまり意識したことがなかったが、50歳だから同世代だったんだ。西田敏行に憧れ、青年座の研究生になるその経緯が語られる。「徹子の部屋」には 2015年に初出演、そのときに西田敏行からメッセージのVTRをもらっていた。西田敏行に泣き上戸だと言われているそばからやっぱり泣いてしまう。最後に「劇場版ドクターX」の告知があり、西田敏行の話になったらまた涙する。「よく泣くっていうので怒られてたんですけどね。でも、「探偵ナイトスクープ」で西田さんもすぐ泣いてますからね。大丈夫だと思います、そこも引き継いでます。(笑)」

 今日の「さんま御殿」は「掃除が上手い有名人SP」。今まさに掃除ばかりしているところなので、これはありがたい特集だ。佐藤満春が初登場、ところどころでうんちくを披露する活躍。今日の「#バズ英語」はサイエンスの特集。芝居仕立てでスタジオに現れた少女、山田花凜というこの女の子は、13歳で気象予報士に合格してニュースになっていた子だ。

2024年9月24日火曜日

9月24日火曜日/涼しくなったせいか

◇ 東戸塚

 朝、ゴミを出してから、ブログの更新をひとつ。それから、録画していたテレビ番組をいくつか。録りためてある「私のバカせまい史」をまだこつこつと観ている。5月放送、さらば森田がプレゼンター「グラビアアイドルの「わがままボディ」意味わからないのにみんな使い続けてる史」は磯山さやか大フィーチャーの回だった。6月にはバカリズムがプレゼンターの回があり、前回の収録から1ヶ月だったバカリズムは「1ヶ月ごとに新ネタ作ってる感覚」だって。

 午後、外出しようとしていたところに不動産屋から電話があり、明後日、不動産屋にまた行くことになった。今日は一気に涼しくなり、今季初めてパーカーを着る。横須賀線に乗り、東戸塚まで。オリンピックにたまには違うルートで行ってみようと思い、改札前の地図を見て、西口から歩いてみた。地図を見ても、東口からとではどちらが近道かわからない。体感的にはいつもより近かったような気もするが、最後に階段を登らなければならないのが難点だ。

 オリンピックのフードコートで、昼食にする。牛ばらカレーを食べた。550円。テーブルにはアクリル板立てだけが剥がせずに残されている。これもトマソンの一種か。ブックオフでは買うものが見つからず、110円の文庫本を1冊だけ買っていく。今度は東口にまわり、ブックオフにもう1店。こちらは買うものをいろいろと見つけ、220円の文庫本を1冊、390円の単行本を2冊と、もう1冊、読みたい本があり、1150円の単行本を買った。

 マクドナルドに入り、ひと休み。アイスコーヒーと月見パイを食べた。読書は昨日の続き、「モジャ公」の2巻を再読した。最後のほうはあんまり覚えていなかったが、宗教が出てくるんだった。タコペッティというのが出てくるが、この作品にブラックユーモアがあるのはヤコペッティの影響があるのかな。

 帰りに、横浜駅の乗り換えの際に西口のイオンフードスタイルに寄っていくが、買いものしていると、妙にあたまがふらふらしてしまう。店を出たが、これはまずいと思い、コンビニに入りなおして、甘いパンを買って食べた。糖分が足りてないのではと思った。涼しくなったせいで、かえって、疲れを自覚できていなかったか。

◇ テレビ・ラジオ・雑誌

 夜遅くに帰宅し、まず、ブログをもうひとつ更新。それから、録画していた「さんま御殿」を観た。「ひとりで生きられる人 VS ひとりで生きられない人」というテーマ。「ひとりで生きられる」側には、フェンシングの江村美咲選手、宮脇花綸選手が初登場のほか、三宅健、手塚とおる、紅ゆずる、シソンヌ長谷川らが、「ひとりで生きられない」側には、卓球の菊池日菜が初登場のほか、尾上右近、平愛梨、竹内由恵、オズワルド伊藤らが座る。雛壇両脇に長谷川と伊藤が陣取り、特に伊藤は菊地日菜をフォローする活躍をする。それ以上に手塚とおるも暴れまくり、今回はやけに面白かった。

 深夜1時からはラジオ。「爆笑問題カーボーイ」を聴く。大阪の西川きよしのライブに出演したその舞台裏の話があり、そのあとには、太田が出演するドラマ「それぞれの孤独のグルメ」の話になった。撮影現場で会った松重豊のこと。太田の出演は松重豊の指名なのか。太田が久住昌之のファンだったというのも知らなかった。太田「あのひと、俺、大ファンだったから、昔さ。」「当時、蛭子能収か、泉昌之だったんだよ、俺のなかでは。」 泉昌之の「かっこいいスキヤキ」が好きで、その当時、田中にも読ませていたんだそうで、太田は作中のウルトラマンのパロディを説明する。

 ラジオを聴きながら、楽天マガジンで雑誌のチェックもする。「サンデー毎日」には、たかまつななによる尼神インター誠子のインタビューがあった。渚だけが吉本に残っているから、誠子が吉本を辞めて芸人を続けているという状況をまるで知らなかった。下北沢でインディーズのライブに出ているという。容姿いじりについて、誠子自身がいやだったわけではなく、客の反応が変わってきたから封印したという話をしている。そのほか、「SPA!」の「エッジな人々」には横山剣さんが登場。「FLASH」にはカセットテープの特集があり、水道橋博士、阪田マリン、Night Tempo、猫ひろし、サエキけんぞうのインタビューが載っている。

2024年9月3日火曜日

9月3日火曜日/雨には降られなかった

◇ テレビ・ラジオ・雑誌

 今朝は雨降りの予報だったから、ゴミを出す用意をやめてしまったのだが、朝はまだ雨が降っていなかった。ブログをひとつ更新してから、録画していたテレビ番組をあれこれと。今朝の「虎に翼」では、余貴美子が老年性痴呆症に。出演者が重なるだけでなく、「新宿野戦病院」とはテーマも重なってきた。

 昨夜の「キョコロヒー」は齋藤京子が体調不良のために不在、京子の席には紅しょうが稲田が座った状態で始まる。恒例企画の「もしものピンチ対策会議」。ゲストはゆうちゃみ。日曜の「ボクらの時代」は、先週に引き続き、同期芸人の特集。さや香新山、オズワルド畠中、コットンきょんという顔合わせ。芸歴13年目、賞レース準優勝という共通点があり、同じマンションに住む3人でもあった。高校生のころに「M-1」ではブラックマヨネーズやチュートリアルを観ていた世代。

 土曜の「お笑い向上委員会」は「27時間テレビ」の5日後の収録。さんまはまだ声ががらがらの状態で、番組は、ホリケン、陣内、飯尾の3人で代打MCを務めさせようと考えていたが、さんまはスケッチブックを用意していた。「27時間テレビ」に続き、ハナコが出演。ハナコとさんまの共演が新鮮。トンツカタン森本とお抹茶が初登場。「ゲスト向上芸人」はヤーレンズ。

 タイムフリーで、聴きそびれていた「ナイツ ザ・ラジオショー」も続けて聴いた。先週火曜は14時台ゲストに中川家が登場。「M-1」の審査員コメントは3枚先ぐらいまでカンペが出ているんだって。先週水曜の14時台ゲストは伊集院光。

 楽天マガジンで雑誌のチェックをすると、「SPA!」の大島育宙の「松本人志論」はなんともう最終回だ。松本を論じる難しさ、松本には結果的に「批評を封殺する力」が働いていたと分析する。1992年生まれの大島が松本を論じるアドバンテージについて、大島の体感的には、若手芸人たちのあいだでも松本人志作品による洗礼は、30代前半と後半のあいだに分水嶺があるということも書いている。

 夕方に外出。雨は止んでいたが、夜にも降る予報だから傘をもって出る。まず、吉野家まで足を延ばし、月見牛とじ丼を食べる。688円。今季初の月見メニュー。駅前まで戻ると、ドトールはまだエアコンが故障中。またライフのマクドナルドに行って、読書をする。眠気で朦朧としていたが、「ハリスの旋風」7巻を読んだ。買いものしてから夜に帰ってくるが、結局、雨には降られなかった。

 夜もまた、録画していたテレビ番組をいくつか。「#バズ英語」がずいぶんひさしぶりに放送されていた。XXCLUB の映画コーナーは「インサイド・ヘッド2」のケルシー・マン監督とプロデューサーのマーク・ニールセンに対面インタビュー。今夜の「さんま御殿」は「世代ギャップに悩んでいる有名人SP」。16歳のひまひまちゃんから、還暦の出川哲朗まで。上の世代と下の世代に分かれて座るのだが、40歳手前のウエンツ瑛士はぎりぎり下の世代側に、41歳の風間俊介は上の世代側に座らされる。若者世代とおじさんおばさん世代という構図をわかりやすく作っているわけでもないキャスティングだった。こんなテーマなのに SUGIZO が初登場。花澤香菜もこの番組は初登場だった。

 Netflix の「サンクチュアリ」を3話まで観た。伊勢佐木町、有隣堂の脇でロケをしていた。財布を盗まれる場面だったから、自分事のように観てしまった。財布を盗まれるといえば伊勢佐木町というイメージでもあるんですかね。

 深夜1時からはラジオ。「爆笑問題カーボーイ」を聴く。「24時間テレビ」の欽ちゃんのドラマの話から、初回の「24時間テレビ」の思い出が語られる。初回には、欽ちゃん、巨泉、タモリが出演していた。のちに、「24時間テレビ」的なものを否定するたけしに影響を受ける太田だったが、「24時間テレビ」の2年目には太田は会場に募金をもって駆けつけ、関根勤と握手をしている。ドラマにあった欽ちゃんの結婚発表の記者会見は太田も田中も覚えていないという。「24時間テレビ」の裏でやっていたサンドウィッチマンの「博士ちゃん」では昭和の歌手の特集をしていて、それも太田は観ていた。そのあと、話題は変わり、WAHAHA本舗40周年を語り始める田中。そこから若いころに出会った大御所作家の記憶になっていった。

 深夜、スレッズを見ていたら、いしかわじゅんのポストから川崎ゆきおが亡くなったことを知った。あれはもう何年前になるのか、ロフトプラスワンのエレベーターで川崎ゆきおとふたりきりになったことを思い出す。

2024年8月27日火曜日

8月27日火曜日/マンガを読み終えた

◇ テレビ・雑誌

 朝、ゴミを出してからもう少し眠りなおし、ブログの更新をひとつ。録画していたテレビ番組をあれこれと。今朝の「虎に翼」を観て、それから、昨夜の「キョコロヒー」は「錦鯉渡辺が行く!ちょうどいい避暑地」という企画。錦鯉の渡辺が埼玉県長瀞を旅し、そのロケのなかで、流しそうめんの店にたまたま居合わせた女の子たちがなぜかスタジオにやってくる。日曜の早朝に放送された「桂文珍の演芸図鑑」は、山上兄弟のマジック、菊之丞の「親子酒」。対談のゲストは先週に引き続き、井上順の後編。

 楽天マガジンで雑誌のチェックをすると、「サンデー毎日」の高橋源一郎の連載は不適切な表現について。名前は伏せてあるが、フワちゃんの投稿、和田アキ子の発言などをマクラに、国家による検閲がきびしかった時代、江戸川乱歩の「芋虫」発禁事件について書いている。「SPA!」で連載している大島育宙の「松本人志論」は「大日本人論」について。「エッジな人々」は樋口毅宏による土井志央梨インタビュー。

◇ 星川

 夕方から外出。いつもこんな時間になってしまう。すっかり涼しくなり、このまま夏が終わってくれるとせいせいするのだけれども。星川に出て、まず、昼食。ゆで太郎に入り、ざる中華を食べる。520円。無料券でコロッケもつける。月末までにもう1枚ぐらいは使えるかな。イオン天王町のフードコートにて、マクドナルドのアイスコーヒーとアップルパイを食べる。眠気がひどく、少し眠ってから、「紫電改のタカ」6巻を読んだ。これで全巻読み終えた。特攻に飛び立っていくラスト。1963年から1965年まで「少年マガジン」に連載された作品。

◇ テレビ・ラジオ

 夜に帰宅し、夜もまた、録画していたテレビ番組をいくつか。今日の「さんま御殿」は「夏の苦い思い出を大告白」という特集。クライミングの森秋彩選手、水泳の瀬戸大也のほか、フットボールアワー後藤、滝沢カレン、佐々木彩夏、あのちゃん、ギャル曽根、伊沢拓司、あおぽん、タイムマシーン3号らが出演。フット後藤の存在感がうるさかった。

 今日の「徹子の部屋」は、鶴田浩二の娘、鶴田さやかがゲスト。鶴田浩二の生誕100年にあたるのだ。1978年放送、鶴田浩二が53歳のときに出演した回の映像が流される。海軍では特攻機の整備を担当していたんだそうで、ウィキペディアを見ると、鶴田浩二は特攻隊の生き残りだと偽っていたことがあったのか。

 深夜1時からはラジオ。「爆笑問題カーボーイ」を聴く。先週に引き続き、ネタ作りの苦しみを今週もしゃべり、それから先週の「タイタンライブ」の話をした。ラジオを聴いていたら、深夜2時過ぎに大きい地震があり、びっくりする。放送の途中にも地震情報が入った。震源地は神奈川県東部だった。ラジオを聴きながら、ブログをもうひとつ更新して、深夜3時過ぎに眠った。

2024年8月13日火曜日

8月13日火曜日/ゆめが丘ソラトスまで

◇ テレビ

 早朝に目覚め、ゴミを出してからもう少し眠りなおす。起きあがり、ブログの更新をひとつ。録画していたテレビ番組をあれこれと。今朝の「虎に翼は、寅子が東京に戻ってきて、おなじみの面々が再登場した。「新宿野戦病院」と重なるキャストがまた現れた。余貴美子が登場する。

 録りためてある「私のバカせまい史」を順番に観ていて、昨年9月の放送までたどりついた。この回は、前半は板倉俊之がプレゼンターの「どんどん大きくなっていく!マジシャンが消したもの史」。後半は阿佐ヶ谷姉妹がプレゼンター「謎のダンス集団 花柳糸之社中史」。花柳糸之社中にはとても興味があった。花柳糸之本人もVTRに登場し、現在80代なのにさすがにキレのいい動きを見せる。花柳社中がテレビに登場し始めたのは1960年代、花柳啓之が歌手の後ろで日本舞踊を舞うスタイルを考案する。美空ひばり、橋幸夫、村田英雄も花柳啓之の弟子だった。花柳糸之の代になってからバラエティに進出、そのきっかけとなったのがフジテレビの三宅恵介。三宅恵介の父が花柳啓之なのである。花柳糸之は日本チアリーディング協会の理事でもあり、日本にチアリーディングを広めたのもじつは花柳糸之なのだ。スタジオのゲストに梅沢富美男がいるのも頼もしかった。

◇ ゆめが丘

 午後から外出。つい先日にオープンしたゆめが丘ソラトスに行ってみたいと思っていた。二俣川からいずみ野線に乗り換え、終点の湘南台のひとつ手前、ゆめが丘で降りる。ゆめが丘駅に降りることも初めてだが、思いのほか、改札は小さい。駅がソラトスとつながっているわけでもなく、大々的にオープンしたわりには、入り口はとても地味な作りになっている。「ゆめが丘ソラトス」と名付けられてはいるが、ゆめが丘駅のほうは建物の裏側にあたるのではないだろうか。建物の反対側にはブルーラインの下飯田駅がある。

 まず、昼食。フードコートの「どうとんぼり神座」という店で、豚のおろしざるラーメンを食べる。920円。ブザーを渡され、ブザーが鳴ったから取りに行ったら、まだできていなかった。間違えて鳴らしたのか。戻るのもめんどうで、カウンターの前で待っていたら、そのあいだにもまたブザーが鳴ったが、どこで誰が鳴らしたのかわからない。そのときにもまだ料理は用意されていない。誤作動が多発しているのだろうか。フードコートは混んでいたが、それ以上に広く、意外とのびのびと過ごせる。コンセントもあり、ここでスマホも充電していく。今日はスマホの充電が不充分なままで出てきてしまった。

 フードコートからテラスに出られるので出てみると、屋上にあがる階段がある。あがってみると、屋上は子どもたちの遊び場になっていた。下の階に戻り、外のテラスを歩いていく。2階からは渡り廊下が別館につながっていて、別館は駐車場になっている。駐車場の下の階はヤマダ電機になっていた。テラスの階段をどんどん降りていくと、ブルーラインの下飯田駅側に出る。周辺の様子を見て、また館内を通って、ゆめが丘駅のほうに戻ってきた。

 ソラトスをぐるっとまわって、これだけで帰るのもつまらないと思い、いずみ中央まで歩いた。いずみ中央のモスバーガーに入り、ひと休み。アイスコーヒーを飲み、少し眠ってから読書をした。万城目学・門井慶喜「ぼくらの近代建築デラックス!」を読み終える。2015年刊、文春文庫。親本は2012年刊。ふたりの作家が近代建築を訪ねながら対談をしている。最初の大阪散歩が2010年だから、ずいぶん昔という感じがする。そのときはふたりとも30代だ。大阪、京都、神戸と続き、関西のほうは読んでいても位置関係がよくわからないのだが、横浜、東京は実際に知っている建物も多く出てきた。

◇ テレビ・ラジオ

 夜遅くに帰宅し、夜もまた、録画していたテレビ番組をいくつか。今日の「徹子の部屋」は timelesz の松島聡がゲスト。timelesz というグループを聞いたことがなかったが、Sexy Zone が改名したのか。

 今日の「さんま御殿」は「国民的アニメ声優祭り」という括り。野沢雅子のナレーションで始まったが、野沢雅子は出ていないんだ。ドラえもんの水田わさびとクレヨンしんちゃんの小林由美子が並んで座っている。この回もまだ、さんまの声ががさがさ。ベテランの平田広明が話していた「ガヤ録り」のテクニックが面白かった。また別の話では、伊駒ゆりえという若い声優が、リップノイズを消すためには、リンゴジュースを飲み、から揚げを食べるといいと話していた。

 深夜1時からはラジオ。「爆笑問題カーボーイ」を聴く。忘れていたが、先週に予告されていたとおり、今日の放送は先週に収録されたものだ。せっかくゲンロンカフェがあったのに惜しいな。フワちゃんについても「サンジャポ」で扱われなかったからもう触れられずじまいになってしまうか。今回はクドカンの「季節のない街」の話から、黒澤明の「どですかでん」について、太田はオープニングの時間をまるまる使って語った。まるでマルセ太郎のようだ。太田は上手そうにしゃべるようなところはまったくないのだが、この再現力はたいした話術だろう。

2024年8月6日火曜日

8月6日火曜日/ざる中華を食べる

◇ テレビ・雑誌・ラジオ・読書

 朝、ゴミを出してから眠りなおし、ブログの更新をひとつ。録画していたテレビ番組をあれこれと。まずは今朝の「虎に翼」。美佐江役の若い女優さん、片岡凛というひとなのだが、以前から迫力のある芝居が気になっていて、今になってどういうひとなのか調べてみると、TikTok が注目されて芸能事務所に引っぱられたというひとなんだな。あまりにも現代すぎる。

 楽天マガジンで雑誌のチェック。「サンデー毎日」では、松尾潔による小泉今日子インタビューがまだ続いている。Netflix の「新聞記者」を降板したことについても語られていて、てっきり、小泉今日子が降板した役を米倉涼子が務めたのだと思っていたが、小泉今日子は寺島しのぶの役だったのか。「SPA!」では、大島育宙が連載している「松本人志論」がずっと面白い。「エッジな人々」には東出昌大が登場。「ニューズウィーク日本版」には、村本大輔とパックンの対談があった。

 昼はラジオ。今日の「ビバリー昼ズ」は東貴博が夏休みで、高田先生と黒沢かずこのコンビ。黒沢が出演していた「ガキの使い」の「結果発表オーディション」を高田先生はきちんと観ていた。12時台ゲストは新時代歌謡グループのはやぶさ。

 聴きそびれていた先週水曜の「ビバリー昼ズ」をタイムフリーで聴く。12時台ゲストは河内家菊水丸。コレクターであり、記録魔。小学5年生から途切れることなく日記をつけていて、日記には索引もつけているというからすごい。昇太と初めて会ったのは 1991年7月6日、虎ノ門のラジオ短波、昇太がメインの「キャンパスラジオ ミッドナイトチューニング」という深夜番組に菊水丸がゲスト出演した。そのときのタイムテーブルも保存してあり、ここにも持参する。資料の量もすさまじく、資料室を借りているほどなのだ。乾貴美子ともじつは初対面ではなく、2002年7月12日、なんばグランド花月にて、ABCテレビの「特ダネ野郎えぇチーム」という番組で共演していた。そのときに菊水丸は乾貴美子と抱き合っていたことが明らかになる。

 タイムフリーで、先週火曜の「伊集院光のタネ」も聴く。この番組も聴くのが一週間遅れになってしまっていて、ずっと欠かさず聴いていたのだけど、この前の週の金曜の放送はどうやら聴きそこねてしまっていた。一応、YouTube  でも検索してみたが、YouTube にはぜんぜんアップされていない。有料配信もしている番組だし、そこはきびしくやっているんだろうか。

 午後にはまた録画していたテレビ。今日の「徹子の部屋」は傑作選「縁あって先輩後輩」。2022年放送、草笛光子と岸恵子はともに平沼高校の出身。2021年放送、徳光和夫とみのもんたは立教大学の先輩後輩。2014年放送、高橋英樹と浅丘ルリ子は日活の先輩後輩。

 夕方から外出。働かない生活もいよいよマンネリ化。星川に出て、ゆで太郎に入り、ざる中華を食べる。520円。無料券で温泉玉子もつける。保土ヶ谷図書館に寄り、けっこうひさしぶりだったから、じっくりと棚を見てまわった。2冊借りていく。そのあとは、イオン天王町のフードコート、マクドナルドのアイスコーヒーを飲みながら読書をしていく。庄野潤三「夕べの雲」を読み終えた。1988年刊、講談社文芸文庫。もともとは日経新聞の連載小説で、昭和40年に単行本が出ている。先月、神奈川近代文学館の庄野潤三展を観に行ったあとから少しずつ読んでいたのだが、ここに登場する子どもたちの現在を知ってから読むという不思議な読みかたになった。

 夜に帰宅し、夜もまた、録画していたテレビ番組をいくつか。今日の「さんま御殿」は「休みの過ごし方ヘタクソな人」というテーマだったのだが、さんまが声が出なくなり、字幕を出すという処置をする珍しい回だった。「27時間テレビ」の前にヒロミたちとゴルフに行ったのが原因だったようだ。この回にもヒロミが出演し、司会のアシストをする。しかし、やっぱり指揮者のいないオーケストラのようで、まるで違う番組になってしまうようだ。ラウール、ネルソンズの和田まんじゅうと青山フォール勝ちが初出演。あれっと思ったけど、やす子はいつの間にか迷彩服じゃなくなっているんだな。

 深夜1時からは「爆笑問題カーボーイ」を聴く。今夜は生放送。フワちゃんの話題を期待したが、それには触れなかった。ダニエルズがタモリが参加するヨットのイベントの司会に呼ばれたんだそうで、タモリから「太田に言っといてくれよ。一生親友だと思ってるから。」と言われたって。そのあとには FUJIWARA がゲスト、恒例の「ツッコミ祭り」。今夜は最後まで聴いた。深夜に鼻水とくしゃみがひどくなり、風邪薬を飲んでから眠る。

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2024年7月23日火曜日

7月23日火曜日/土地を売るというので

◇ 西新宿

 早朝に目覚め、ゴミを出してくる。この時間はまだ涼しい。まだ眠いが、今日は朝から外出するから、眠りなおしてしまわないように注意しながら少し横になっていた。家を出る時間になり、予定どおり、母を連れて出発する。今日は普段のいい加減なかっこうではなく、小ぎれいなかっこうをしていないとまずいと思い、新しく買った襟付きのシャツを着ていく。乗り換えが少ないよう、東横線直通から副都心線直通と、直通づくしで新宿三丁目まで、丸ノ内線に乗り換え、西新宿にやってきた。

 アイランドタワーに集合。集まったのは叔父夫妻たちと不動産屋、うちが所有する土地に住んでいるご家族たち。父方の曾祖父母の代からもっている東京の土地が、防災のために道を広げる必要があり、東京都が買ってくれることになった。今日はその契約のための集まりだ。うちは曾祖父母の代はどうやらかなりいい家だったらしく、自分が幼いころは見る影もなく、祖父母は散らかった家に住んでいたが、よく思い出してみれば大きい家ではあり、金持ちの名残りはあった。聞くところによると、祖父の代で台なしにしたらしい。祖父は兄弟が多く、姉だか妹だかはサガミオリジナルの社長のところに嫁いだらしいが、関東大震災のときにしっかりしていた兄たちが死んでしまい、だらしがない祖父が生き残ったということだ。その祖父の子、3人兄弟の長男がうちの父で、その土地の権利を3兄弟がもっていた。うちは父が死んでいるから権利者が母になっているのだが、母が高齢になり、兄は馬鹿だから、弟の自分に役目がまわってきたということになる。

 だだっ広い会議室のようなところに通され、ロの字型に並べられたテーブルに着く。こういうことはよくわからないから、言われるがままに片っぱしから書類にハンコを捺していたのだが、ハンコを間違えていたようで恥をかいた。不動産屋が代わりにやりなおしてくれた。この大仕事が終わったあとには、叔父夫婦たちと食事をした。新宿野村ビルの50階にある「祢保希」と書いて「ねぼけ」と読む店に入った。自分では絶対に入らないような店で、母の喜寿のお祝いをしようというから、しかたなく高級な料理を食べた。

 西新宿から、きたときと同じルートで母と一緒に帰ってくる。電車内、SNSを開くと、小原乃梨子の訃報が飛び込んできた。母は若いころにテレビ局で働いていたことがあって、小原乃梨子と知り合いだという話を小さいころに聞いたことがあったが、その証拠を見たことがない。この訃報で 88歳だとわかったが、母よりもだいぶ歳上だ。スマホのこのニュースを母に見せてみても、なんだかよくわかっていないようだった。

◇ テレビ・ラジオ

 夕方には帰宅し、すぐに眠る。1時間ぐらいで目が覚め、録画していたテレビ番組をあれこれと。今日の「徹子の部屋」は Ado がゲスト。番組初のリモート出演だというのだが、CGのドラえもんが出演したことはあったが、あれはリモートみたいなもんじゃないのか。裏声を使うようにという Ado の指導で、徹子さんが「うっせぇわ」を歌ってみせた。

 今日の「さんま御殿」は「おひとり様満喫女子」というテーマ。渡辺直美が5年ぶりに出演のほか、ヒコロヒー、紅しょうが、あのちゃん、柏木由紀、皆藤愛子、重盛さと美、鈴木砂羽らが出演。「お風呂キャンセル界隈」っていう言葉は知らなかったな。風呂に入ってないことが言いやすくなったんだって。

 タイムフリーで、聴きそびれていた先週火曜の「ナイツ ザ・ラジオショー」をようやく聴く。14時台ゲストに談春師匠が登場。ケイさんがいる火曜だったのがよかった。立川流は前座時代に三太良太に言われて木馬亭に出ていた時代があったという、これは初めて知る話だった。

 深夜1時からは「爆笑問題カーボーイ」を聴く。恒例の梅雨明け宣言の話から始まり、そのあとは「サンジャポ」に出演した安野貴博の話になった。太田は安野貴博の小説も事前に読んだうえで臨んでいたんだ。太田は同じ日の「日曜サンデー」のゲストだった泉房穂の本も読んでいて、単に読むだけでなく、内容も詳細に説明できるほどに読み込んでいる。あの仕事量をこなしながら、なぜそんなに本が読めるのか、本当に不思議だ。安野貴博の妻は太田の「笑って人類!」を読んでいて、ピンチョンみたいだと言われたという。あのひとは元文藝春秋の編集者なのだね。

2024年7月16日火曜日

7月16日火曜日/横浜まで行って帰る

◇ 横浜・天王町

 朝から外出。傘をもって出る。横浜駅、南口改札にて、11時に叔父たちと待ち合わせ。ジョイナス地下2階の店で、2時間ほど食事をしてから別れる。ひどい眠気だが、ひとりカラオケに行ってしまおうと、天王町のバンガローハウスに。2時間利用、そのあいだ、トイレに2回行く。外に出ると雨降りになっていた。夕方には帰宅する。

 録画していたテレビ番組をあれこれと。今朝の「虎に翼」と、今日の「徹子の部屋」(ゲスト・武田真治)を観て、それから、放送直後の「NHKニュース7」を観る。「さんま御殿」は追っかけ再生で観てしまう。「長男長女vs真ん中vs末っ子」という特集。トーマス・アイアトンというスタンダップコメディアンが初登場。大谷翔平の新しい通訳の弟なのだ。検索してみると、吉本所属のようだ。「真ん中」のチームで出ていた松村沙友里がなぜか13歳という設定になり、大活躍していた。

 夜、ブログの更新をひとつ。いったん眠り、深夜1時半頃に目覚め、ラジオをつける。「爆笑問題カーボーイ」を聴くが、聴きながら眠ってしまった。

ブログ アーカイブ

8月12日月曜日/「徹子の部屋」と戦争

◇ テレビ  午前中がいちばん涼しいからよく眠れる。じわじわ暑くなってきたころに起きあがり、ブログを更新。録画していたテレビ番組をあれこれと。今朝の「虎に翼」は、ユミちゃんが大きくなって、別の子役になった。寅子、ハナエちゃんも老けづくりになり、いよいよ終盤になってきた感がある。 ...