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2024年11月28日木曜日

11月28日木曜日/座長山田邦子!

◇ 新橋

 早朝、楽天マガジンで雑誌のチェックをすると、「週刊文春」の「新・家の履歴書」に吉田豪が登場していた。インタビューされる吉田豪というのも珍しく、初めて知ることが多い。取材は吉田大助。3時間ぐらい眠り、録画していた昨夜の「あちこちオードリー」(ゲスト・アルコ&ピース・ガンバレルーヤ)を観て、正午には出発する。いい天気。風がやや強い。電車内、SNSからジム・エイブラハムズの訃報を知る。

 横浜から東海道線に乗り、新橋まで。ランチタイムに合わせて昼食にしてもよかったのだが、眠くなるのとトイレに行きたくなるのが心配で、昼食はあとにしようと考えていた。新橋から汐留に向かう地下を通り、汐留シティセンターを抜け、外に座れる場所を見つける。うちから持参したクリーム玄米ブランだけ食べておく。このあたりで働いていたことがあるから、そのころの休憩時間を思い出した。

 銀座博品館劇場にて、日本喜劇人協会の山田邦子新会長就任記念公演「シン・おんな剣劇 仇討ち道中」を観る。のんびりしていたら、到着が開演10分前になってしまった。エレベーターで8階の劇場に昇る。チケットを買ったのは一週間前だったが、3列目真ん中のいい席がとれた。キャンセルが出たのだろう。なにしろ、一万円弱の高額チケットにつき、観るべきかどうか迷いに迷っていたが、記念すべき公演だから観ることに意義があるんだという思いは捨てきれなかった。14時開演前に出演者のひとり、青山新が登場し、前説をする。まだ二十代の若い演歌歌手のようだ。公演中にだんだんわかっていったが、前のほうの席を占めていたのはこの青山新のファンのお婆さんたちだった。この高額チケットでは、客席はおおむねなんらかの業界人というところだろうか。しかし、客席両脇、後方は空いていた。せめてチケット代を半額にしていれば満席にできていたんじゃないのか。「邦子のかわい子ぶりっ子」が流れ、開演時刻になるとまず、坂本頼光さんが登場する。この芝居全体を通した弁士の役なのだ。上演の前に予告されていないスペシャルゲスト、なんと、8代目会長の大村崑が登場した。生の大村崑を観ることができるとは感激するではないか。93歳だそうだが信じられないほどお元気だ。

 さて、本編だが、軸になるのは浅香光代リスペクトの女剣劇だ。脚本は会沢展年、演出は高木裕司、監修には佐藤かんじの名がある。東京喜劇の歴史的意義という観点では、欽ちゃん劇団のカンカラとたけし軍団がここに合流していることは注目したいポイントだ。テレビ時代の大スター、萩本欽一とビートたけしの流れをここに回収している。山田邦子とつまみ枝豆の本格共演は初めてのようだが、「ひょうきん族」の時代はむしろ松尾伴内のほうが活躍の場面は多かった印象がある。今回、松尾伴内はお地蔵さんの役だったが、見せ場が少ないのが惜しかった。そして、ビートきよしのゲスト出演も嬉しく、きよし師匠の芝居の可笑しさを改めて認識した。今日の出演者のなかでは、誰よりも喜劇人の匂いをもってるんだな。カンカラ入山と春風亭昇也はコンビのようにして登場する。お茶屋の娘は清水よし子。神社に旅芸人がやってくるという設定の場面では、和妻やものまねが披露された。ノブ&フッキーはアリスやぴんから兄弟をみっちり、これだけで独立したショウになるほどだ。山田邦子の歌やものまねもふんだんにあり、最後は「さよならだけどさよならじゃない」の生歌唱。山田邦子のコウメ太夫は蛇足だったが、しかし、堂々たる座長公演だった。ちょうど、2時間ほどの公演。

 新橋に戻り、遅めの昼食。天下一にひさしぶりに入った。日替わり定食のホイコーロー定食を食べる。900円。ベローチェに入り、ひと休み。インスタの投稿をして、少し眠ってから読書をしていく。SNSで検索してみると、さっきの公演に泉房穂がきていたことがわかった。

 夜に帰宅し、録画していたテレビ番組をいくつか。今日の「徹子の部屋」は竹中直人がゲスト。1983年放送「輝け!あなたが勝手に選ぶ爆笑グランプリ」という番組の映像が流され、ここでは電車のなかの酔っぱらい、笑いながら怒るひと、松田優作のものまねをやっている。竹中直人はスタジオでも酔っぱらいのものまねをやってみせた。1984年放送、27歳のときの初出演の映像も流され、スタジオでも松本清張や丹波哲郎のものまねをする。徹子さんにおねだりされるとすぐにやってみせるのが素晴らしい。徹子さんは「無能の人」も観ているようだ。

 早い時間に眠ってしまい、深夜に起きあがり、台所の掃除を始める。ラジオを聴きながら、朝までぶっとおしで掃除をした。一週間分の「伊集院光のタネ」を一気に聴いた。

2021年9月6日月曜日

9月6日月曜日/雨はきちんと降る


◇ 虎ノ門

 朝から都内に。思わず傘をもって出てきたが、ヤフーの予報を見ると、ずっと降らないようで、なんのためにもって出たのかわからなくなったが、正午を過ぎたらきちんと雨が降り始めた。予報はあてにならないが、しかし、むしろ、なんで傘をもって出たのだろうか。虎ノ門で昼食をとろうと思い、雨のなかを適当に歩きまわるが、なかなか決められない。鳥酎という居酒屋にようやく入り、ランチメニューの漬け鶏南蛮定食を食べた。800円。ドリンクも付き、アイスコーヒーを飲む。

 虎ノ門から、銀座線で渋谷に移動し、古書サンエーに寄っていく。外の百均の棚から、横山剣さんが表紙の知らない音楽雑誌があり、とりあえず、これは買っておく。道玄坂を横切り、センター街に出て、まんだらけにも寄るが、こちらではなにも買わなかった。東横線の各停で、眠りながら横浜まで戻ってくる。有隣堂に寄り、それからどうしようかと思っていたが、ブックオフも一昨日に寄ったばかりで、どこにも寄るところがなく、たまには早く帰ってしまおうかというので、夕方には帰宅した。雨はあがる。ツイッターから新規感染者数の確認をすると、東京は 968人になり、ついに千人を下まわった。大阪、千葉、神奈川も千人を下まわるが、神奈川は 971人で、東京よりわずかに多い。愛知だけが千人超えで、1190人。


◇ ラジオ・雑誌

 タイムフリーで、今日の「ビバリー昼ズ」を聴くと、オープニングはまず、たけしの襲撃事件について。その話から、40年前に弟子入り志願した松尾伴内の思い出話になった。12時台は、伊藤蘭がゲスト。高田先生が面白いことを言いすぎるせいで、伊藤蘭は途中まで笑ってばかりで、ほとんどしゃべれなくなっていた。

 ラジオを聴きながら、楽天マガジンで雑誌のチェックも。「週刊ポスト」の「ビートたけしの21世紀毒談」は、雨上がり決死隊の解散に触れ、それから後半は、小山田圭吾や小林賢太郎、張本勲、メンタリストDaigo ら、最近の炎上騒動について語っていた。「だけどなんだか気持ちが悪いのは、「反論できないミス」をやらかした人たちを、完膚なきまでに叩きまくる世間だよ。叩かれるのは仕方がないとして「二度と仕事ができない」「社会的に抹殺される」ってレベルまで追い込む必要はないんじゃないかと思う。」「俎上に載っている人たちのやったことや言ったことが間違っているのは紛れもない事実だ。だけど、匿名のヤツラがそれを寄ってたかって叩くのも、同じくらい醜悪な気がする。」「ここ最近の炎上騒動のほとんどは「水に落ちた犬は叩け」って言葉がまさに当てはまるんだよ。」

 「キングオブコント」の決勝進出者が発表され、ツイッターから確認したが、結局、ユニット組は残らず、話題作りに留まるということになった。もちろん、残すつもりはあったのだろうが、準決勝までのチケットは売れただろうから、コロナ以降の客集めとして、当然、商業的な戦略でもあったんじゃないのか。

 聴きそびれていた先週月曜の「伊集院光とらじおと」も、タイムフリーで聴いた。宮本信子がゲスト。伊集院は伊丹映画の常連出演者だったが、じつは、宮本信子は、師匠の円楽とも、五代目円楽とも、テレビ番組で共演していたというから不思議な関係だ。今回は「キネマの神様」のプロモーションだが、現場はどうだったかと訊かれて、怖かったと答える。それは、山田洋次監督が怖かったのではなく、コロナのせいで、現場が普通じゃなかったという意味だった。これは当然、単にコロナのせいというよりも、志村けんが亡くなったのだからそうなったのだろうと理解したのだが、伊集院はそのような指摘はしていなかった。深夜0時前には眠る。

ブログ アーカイブ

8月12日月曜日/「徹子の部屋」と戦争

◇ テレビ  午前中がいちばん涼しいからよく眠れる。じわじわ暑くなってきたころに起きあがり、ブログを更新。録画していたテレビ番組をあれこれと。今朝の「虎に翼」は、ユミちゃんが大きくなって、別の子役になった。寅子、ハナエちゃんも老けづくりになり、いよいよ終盤になってきた感がある。 ...