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2024年12月25日水曜日

12月25日水曜日/映画と読書とクリスマス

◇ テレビ・ラジオ

 朝、SNSのトレンドに「松本人志」の名があるからなにかと思えば、中西正男による松本人志インタビューがヤフーニュースに出ていた。「M-1」が終わると松本に動きがあるというのは年末の風物詩なのか。来春に「ダウンタウンチャンネル(仮)」を開設するようで、配信で復帰というのはおおかたの予想どおりだが、ダウンタウンとしてやるというのはどこにも出ていなかった話ではないか。スピードワゴン小沢らもここに呼ぶという構想だが、それは小沢にとってはどうなんだろう。しかし、松本個人の番組よりも、ダウンタウンとしての番組ならば共演者も呼びやすいということかな。それより、NGK復帰案はなくなってしまったんだろうか。

 録画していた昨夜の「明石家サンタ」を観ると、冒頭、さんまの声の調子を話題にしていて、さんまもさすがに高齢だからこれは本当に気をつけてもらいたい。番組半ばに「向上芸人枠」として中津川さんが電話に出た。さんまが「芸能人につながりましたんで」って、中津川さんがさんまに「芸能人」と呼ばれているのがすごい。去年からか、電話ではネタを話さず、「お笑い向上委員会」で話したVTRが流され、電話ではパネルを選ぶのみ。「お肉」が当たったのに、そのあとに披露したクリスマスの小咄を噛んだためにお肉は剥奪になってしまった。電話からおカヨ坊さんの声もする。八木「奥さんも楽しいかたですね。」 さんま「そりゃお前、弦さんと結婚するくらい、明るいひとしかもたへんからね。」 最後にさんまは「イエイ」もやってくれた。「また「向上委員会」でよろしく~」と言うさんま、来年も中津川さんは出続けるのか。

 ラジオをつけ、「TBSラジオ大感謝祭」を少し聴いた。今日は「ビバリー昼ズ」は「ミュージックソン」終了後の正午からスタート。ゲストは桂宮治。ラジオを聴きながら、アマゾンで無料だった「フリースタイル」の最新号を購入し、キンドルで読む。恒例の「このマンガを読め!」だが、これは時間があるときにゆっくりとチェックしよう。

◇ 映画・読書

 午後から外出。横浜に出て、東口から日産ギャラリーを抜け、みなとみらいに進む。キノシネマみなとみらいにて、「太陽と桃の歌」を観る。16時半の回。今年最後に観る映画はなにがいいかと考え、この映画がよさそうだと思った。スペインのカルラ・シモンという監督のベルリン国際映画祭金熊賞受賞作。優しくてかわいらしい映画かと思っていたら、だんだん社会的なテーマがわかってくる。なかなかビターな映画だった。しかし、劇場内がちょっと薄ら寒かったな。


 横浜美術館前に歩いていくと、広場にメリーゴーランドができている。マークイズみなとみらいには大きなクリスマスツリーがあった。横浜駅のほうにまた戻ってくると、地下のポルタの八角のあとにはえきめんやができていて、ちょうど、今日からオープンだった。クリスマスのにぎわいだが、東口から西口に移動し、天理ビルまでやってくると空いている。中華彩園に入り、ユーリンチーと餃子の定食を食べた。900円。地下のドトールに入り、ひと休み。ここで読書をしていく。

 ドトールで、図書館で借りている、柄谷行人「政治と思想 1960-2011」を読み終えた。2012年刊、平凡社ライブラリー。60年代からの政治の流れが勉強できるかと思って読んだ。柄谷行人のインタビューが収録されていて、3部からなり、それぞれ、小嵐九八郎、明石健五、平凡社編集部が聞き手を務めている。以下、気になった箇所の引用だが、特に、190ページ以降のデモがなぜ衰退したかという話は重要と思った。

P7「現代の民主主義は一般に、国民(people)が選挙で代議士を選ぶ、代表制民主主義として考えられている。しかし、代表制は民主政とは異質である。モンテスキューがいったように、代表制は寡頭政の一種にすぎない。そのため、代表制民主主義は寡頭政に帰着する。実際、日本の代議士の有力者はほとんど世襲的である。だから、民主主義が活きて存在するためには、代表制でないような直接行動、すなわち、「動く集会」がなければならない。個々人が主権者として、自らを代表する者として登場しうるのは、匿名選挙ではなく、デモにおいてである。」

P21「たとえば六〇年安保闘争のとき、僕は学生運動に参加したわけですが、当然、学生だけがいたわけではない。七〇年となると、デモはほとんど学生に限定されていました。しかし、六〇年では、あらゆる階層と世代が参加していた。」

P24「僕は昔ある論文の中で書いたのですが、たとえば、「昭和」という言葉が意味をもつのは、昭和三〇年代までですね。最近でも、昭和三〇年代を取り上げた「ALWAYS 三丁目の夕日」という映画が流行りましたね。以前から、漫画の『こちら葛飾区亀有公園前派出所』では、「昭和三〇年代」が特権化されていた。昭和三〇年代というと、このように日本的文脈が出てきます。ところが、一九六〇年代というと、何かグローバルになるんです。」

P30「僕は運動においてアナーキズムを認めるけれども、いわゆるアナーキストは好きになれなかった。彼らはほとんど三流の文学者・芸術家にすぎない。文学をやるのなら、根本的にやらないといけない、と思いました。」

P47-48「一般にマルクス主義者は、恐慌は資本主義の崩壊、社会主義の到来をもたらすと考えますが、宇野弘蔵はちがった。彼は、『資本論』に書かれているのは、恐慌の必然性である、しかし、それは革命の必然性や社会主義の必然性ではないのだ、といったわけです。資本主義は、「労働力商品」という特殊な商品にもとづくので、恐慌や不況を避けることができない。しかし、宇野は、資本主義経済から社会主義が必然的に出てくるものではない、と考えた。社会主義は、倫理的な問題だ。つまり、各人の自由な選択の問題だ、と。」

P51「この時期は、古井由吉・後藤明生・黒井千次などの、いわゆる「内向の世代」が出てきたころで、僕は彼らを擁護し代弁することになった。彼らは、非政治的で「内向的」だということで批判されたのですが、「内向的」であることが、別に非政治的であるわけではない。われわれは一度深く「内向的」になるのでなければ、真に外に向かうことはできない、というようなことを書いたんですね。」

P61「一九六〇年代までのデリダの仕事は素晴らしいですよ。現象学の内在的な批判からはじめて、構造主義への内在的批判に及ぶ。哲学の仕事として画期的だった。しかし、七〇年代以降、彼は哲学者よりも「作家」になろうとしたのです。すでに、戦前のハイデガーがそうでした。彼は詩を哲学よりも根底的だとみなしたわけです。しかし、彼がそうしたのは、ナチに参加して、それに失望したあとからだと思います。本当の革命は、ナチ的政治ではなく、文学にしかない、と考えたのでしょう。このように、政治的な挫折・不可能性から、文学に向かうのは、別に珍しいことではありません。その場合、言葉の力に頼る、ということになるのです。マルクスは、ドイツの観念論および(自分自身をふくむ)ヘーゲル左派のイデオローグについて、「哲学者たちは世界を変えるのではなく、世界の解釈を変えてきただけだ」(「フォイエルバッハ・テーゼ」)といいました。それでいうと、フランスの現代思想は、いわば、世界の解釈を変えれば、世界は変わる、という事態をもたらしたのです。だから、テクストをどう読むかということが大事になった。ここから出てきたのは、テクスト的観念論ですね。」

P62-63「とにかく、こういう思想が流行るときは、現実の政治的な挫折がある。いくら政治的にみえても、その根本に無力感がある。実際、米ソの冷戦構造のなかでは、それを超える可能性はない。ゆえに、それを思弁的な想像力に求めることになる。だから、哲学であれ、何であれ、それは文学的なものになります。日本でも七〇年代以降、吉本隆明が優位に立ったのはそのせいですね。」

P63「僕をポストモダンな思想家の代表のように思う人が多い。しかし、それを最初に批判したのは僕ですよ。これを書いた一九八四年の時点では、「ポスト・モダン」という言葉は建築とか一部の領域でしか使われていなかったので、そういう言葉を使った僕自身が、ポストモダンの思想家だと思われたのかもしれませんね。僕があえて「ポスト・モダン」という言葉を使ったのは、戦前の日本にあった「近代の超克」が念頭にあったからです。」

P68「アドルノは「否定の弁証法」で、否定の否定は止揚でなく、否定の徹底化にならないといっていました。つまり、何か目的やゴールがあるのではなく、現状に対する批判・否定を永続するしかない。」

P70「ポストモダニストは、歴史のいっさいの理念を物語だといって否定した。つまり、理念は仮象だというわけです。しかし、それは別に新しい考えではない。そもそもカントは、理念は仮象だといっています。ただ、それは、感覚に由来するような仮象とはちがう。それなら、理性によって訂正できる。ところが、理性から生じる、理性に固有の仮象がある。たとえば、昨日の自分と今日の自分は同じ自分だと人は思う。しかし、ヒュームがいったように、同一の「自己」など仮象にすぎない。ところが、もしそのような幻想をもてないとどうなるか。統合失調症になるでしょう。」

P73「カントにとって、道徳性は善悪の問題ではない。自由の問題です。そして、自由というのは、自発性という意味です。」

P76「たとえば、「文学者の集会」をやったのは、文学者を特権化するものではない。その逆に、文学は政治から自立した立場だ、というような通念を否定したかったのです。だから、文学者の集会を催したのです。」

P82-83「一九九〇年代に、日本で「新自由主義」が進行した。いつでも戦争ができる体制ができあがっていた。僕は、「批評空間」をやっている間、それに抵抗しようとしましたが、無力でした。たんなる批評ではだめだと思うようになった。だから、社会運動を開始しようと思ったのです。」

P84「日本で中間勢力がほぼ消滅したのが二〇〇〇年です。そこに、小泉政権が出てきた。もう敵はいない。彼は中間勢力の残党を、「守旧派」「抵抗勢力」と呼んで一掃したわけです。」

P85「近代資本主義は、労働力商品がつくった商品を、労働者自身に買わせる、というシステムです。」

P94「『トランスクリティーク』では、僕はむしろ、マルクスはアナーキストだということを肯定的な意味で強調したのです。それまで、マルクス主義者はマルクスがいかにアナーキスト(たとえばブルードンやシュティルナー)と異なるかを強調してきた。他方、アナーキストもバクーニン以来、マルクスを集権主義的だとして批判してきた。しかし、僕は、こと社会主義あるいはアソシエーションの見方にかんして、マルクスはブルードンと根本的にちがわないということを書きました。」

P106「くりかえすと、日本の場合、近衛はボナパルト的だと思います。さらに、近衛の甥、細川も同様です。」

P107「じつはもう一つ、困ったことがあったのです。この年表を延長していくと、僕は書かなかったけれども、一九九九年が昭和一六年に照応するということがわかります。そこで、オウム真理教が、僕の年表にもとづく見通しから、一九九五年に地下鉄サリン事件を起こしたとう噂を聞いて、二度と口にしないようにしました(あとで、オウムのリーダーの一人、上祐史浩という人がそれを認めていたから、噂ではなかったのです)。」

P134「一般に、平和とは戦争がない状態を意味している。しかし、カントのいう「平和」は、「いっさいの敵意が終わること」です。それは、国家が存在しないこと、あるいはホッブズ的な自然状態が全面的に終わることを意味します。すなわち、カントのいう「平和」は諸国家の揚棄を意味するわけです。だから、カントのいう「目的の国」あるいは「世界共和国」は、国家と資本が揚棄された社会を意味しているのです。」

P142「たとえば、宮崎学は『法と掟と――頼りにできるのは、「俺」と「俺たち」だけだ!』という本の中で、「個別社会」ということをいっています。(略)たとえば政治学などでは、習俗とか村落などを、国家と個人との間に実在するさまざまな集団の象徴として、中間団体あるいは中間勢力といいます。この中間団体、中間勢力というのは、モンテスキューの考えなのですが、宮崎のいう個別社会は、それとほぼ同じ意味です。」

P145「前にもいいましたが、一九九〇年代に、日本のなかから中間勢力・中間団体が消滅しました。国労、創価学会、部落解放同盟……。教授会自治をもった大学もそうですね。このような中間勢力はどのようにしてつぶされたか。メディアのキャンペーンで一斉に非難されたのです。封建的で、不合理、非効率的だ、これでは海外との競争に勝てない、と。小泉の言葉でいえば、「守旧勢力」です。」

P147-148「代議制においては、個々人が投票します。しかし、そのとき、個々人は、具体的な個別社会を捨象した、抽象的な個人としてしか存在できない。各人は密室のように隔離されたところで投票用紙に名を書き込む。個人は他人と出会うことはありません。では、主権者である国民は、どこにいるのか。代議制において、国民は、いわば「支持率」というかたちでしか存在しません。それは、統計学的に処理される「幽霊」的存在である。たとえば、テレビの業界では視聴率が支配しています。誰がテレビをみているのかはわからない。ただ、統計学的な数値が支配する。国民が主権者であるといっても、どこにも明確な個人は存在しない。視聴率と同様に、正体不明の支持率が存在するだけです。各人は、あたえられた候補者や政党から、選びます。しかし、これは政治的な参加だろうか。各人に可能なのは、代表者を選ぶことだけです。モンテスキューは、代議制は貴族政ないし寡頭政だといいました。それに対して、民主主義の本質は、くじ引きにある、と。つまり、行政における実際上の権利において平等であることが、民主政なのです。(略)現在の日本は、国家官僚と資本によって、完全にコントロールされている。だから、専制国家だ、というのです。では、専制国家から出るためにどうすればよいか。一言でいえば、代議制以外の政治的行為を求めることですね。代議制とは、代表者を選ぶ寡頭政です。それは民衆が参加するデモクラシーではありません。デモクラシーは、議会ではなく、議会の外の政治活動、たとえば、デモのようなかたちでのみ実現されると思います。」

P190「安保闘争というと、全学連のような学生運動が中心だったように見られますが、全国で百万人以上の人がデモに参加していた。あらゆる階層、グループの人たちが参加していたのです。この当時、僕は、デモに行くのは当たり前だと思っていましたが、日本の歴史において、それほど多数の人間がデモに行った例はないのです。それに感銘を受けた丸山眞男とか久野収といった人たちは、やっと日本に市民社会が成立した、ということを書いていました。一方、私のような学生は、つまらんことを言ってやがるな、という感じでそれを見ていました。そういう考え方を、進歩主義、近代主義として馬鹿にする風潮がありました。そして、そのような傾向は以後も続き、一九六〇年代の終わりごろ、全共闘と言われる運動の時期にはその頂点に達したわけです。しかし、この時期には、すでに、六〇年にあったような厖大な市民のデモはなかったのです。学生や新左翼の活動家が主であり、さらに、運動が減退するにつれて、デモの参加者は一層限定されていきました。それと反比例して、デモが暴力的になった。ますます一般の人が行けるようなデモではなくなった。その結果、デモが一般に衰退してしまったのです。」

P191-192「デモに対する考え方がだめだったからですね。もちろん、日本の左翼はデモを重視しましたが、それはデモを革命のための手段として見ていたからで、デモ自体が重要であるとは考えなかった。だから、おとなしいデモはブルジョア的でくだらない、それを戦闘的にし、暴動のようなものにしてしまうことが望ましい、……そのような考えが昔からあるのです。たとえば、左翼活動家が民衆のデモのなかに潜んでいて、突然、火焔瓶、投石、その他武力闘争をはじめる。それを警察が弾圧し、反射的に民衆が抵抗する。その結果、見たところ、革命的な情勢が出現する。それを自画自賛する左翼がいたのです。(略)しかし、一度これをやられると、大衆的なデモは消えてしまいます。危なくて行けないからです。革命家たちは、大衆を真に革命的な闘争に導いたと考えるけれども、それは一時的な現象であって、結局、大衆運動を破壊しているだけです。」

P194「六〇年代後半の新左翼諸党派は、六〇年ブント幹部が作ったものであり、その延長です。こういう連中が、市民のデモを重視するはずがないのです。「全共闘」というのは、新左翼諸党派とは別に、各大学で自然発生的にできあがった評議会であって、ある意味で、一九六〇年六月の状態と似ています。また、それは学生運動ではあっても、案外、社会的な広がりがあったのです。しかし、それが衰退してくると、党派が前面に出てきた。大衆的なつながりがなくなった。さらに、党派の間の陰惨な内ゲバが増大し、デモも過激化しました。それは当然ながら衰退していった。と同時に、ふつうのデモも衰退しました。ドイツでもイタリアでも、新左翼は末期段階では似たようなことをやったのですが、過激派が増えると、市民のデモが復活した。というより、それはそれで、ずっと続いていたわけです。そこが日本との違いです。日本ではむしろ、かつての過激派がそのまま残存したのに、ふつうの市民のデモがなくなった。つまり、過激派の存在がふつうのデモを抑圧してきたのです。」

P195-196「デモがなくなってしまった時期になって、僕は遅まきながら、丸山眞男や久野収のいったことを再考しはじめたのです。特に久野収は、デモのような直接行動がなければ、代議制だけでは民主主義は存在できない、ということを強調していました。デモがないような社会は専制国家です。もちろん、日本は専制君主や独裁者が支配する社会ではありません。国民主権の体制であり、代表制民主主義の国です。(略)そこでは主権者としての個々人が投票しますが、その場合、各人は密室のように隔離されたところで投票用紙に書き込む。つまり、個々人は、具体的な社会的関係を捨象した、抽象的な個人としてしか存在していない。だから、国民が主権者であるといっても、そこにも明確な個人は見えない。それは「支持率」というかたちでしか存在しません。では、個人が主権をもった主体として存在するためには、どうすればよいか。それは割合、簡単です。直接行動、すなわち、議会選挙以外の政治的行為を求めることですね。つまり、それは、デモのようなかたちでのみ実現されると思います。議会選挙があるのだから、デモで政局を変えようとするのは、民主主義的でない、という人たちがいます。しかし、代議制だけならば、民主主義はありえない。それは、寡頭政になってしまいます。」

P197-198「日本人は、デモの権利を得るために、事実上なにもしていない。戦後の憲法でその権利を与えられた。しかし、それは敗戦の結果であり、いわば、占領軍によって与えられたようなものです。自分らの闘争によって得たのではない。だからデモを抑圧されたり制限されたり、あるいはデモをしなくても平気なのだと思います。ただ、日本でも、沖縄の人たちは違います。ふつうにデモをします。彼らは「琉球処分」以来、日本国家からひどい扱いを受けてきたし、戦後は米軍の支配下にあった。彼らはデモによって抵抗してきたのです。」

◇ テレビ・雑誌

 夜遅くに帰宅し、録画していたテレビ番組をあれこれと。今日の「徹子の部屋」(ゲスト・羽鳥慎一&玉川徹)を観てから、昨夜の「さんま御殿」の続きを観る。2番目のブロックは「クリスマスひとりぼっち有名人」という特集。筒井真理子、角田夏実、有森也実、城田優、本仮屋ユイカ、井上咲楽、大久保佳代子、又吉直樹、塚地武雅、アインシュタイン、ゆりやんレトリィバァ、宮世琉弥、小西克幸が出演。このブロックはゆりやんがずっと可笑しかった。3ブロック目は、梅沢富美男、松下由樹、城島茂、百田夏菜子、上地雄輔、長州力、アンタッチャブル、おぎやはぎ、ヒコロヒー、やす子、あのちゃん、村重杏奈が出演。雛壇両脇に陣取るアンタッチャブルとおぎやはぎがさすがに面白い。長州力の娘のサプライズ出演はいらない演出だったけれども、なぜこの特別扱いなんだろう。このブロックでも過去の名場面集があり、じつは10年前に初登場していたヒコロヒーの映像を観ることができた。番組終盤にはさんま50年の名場面集もあり、大竹しのぶからのコメントもあった。エンドクレジットには、リサーチとしてエムカクさんの名前が出てきた。

 楽天マガジンから「週刊文春WOMAN」を読むと、佐藤愛子に101歳の誕生日のインタビューをするはずが、骨折で入院していたため、娘と孫が取材を受けていた。前号をちゃんと読んでいなかったが、前号もそうだったのか。佐藤愛子は20年前に石破茂が「ごひいき」と書いていたようで、娘の響子によると「顔が面白いから、好きなんです、母は。石破さんが選挙期間中に日焼けして、尋常ならざる黒さになったことがありましたよね。もう焦げたみたいに黒くて話題になっていたけど、母も「何、この黒さ?」って喜んで見てました。」 孫の桃子「けっこう最近まで「M-1グランプリ」を見ていて、ミルクボーイを面白いって言っていました。ものすごい早口の漫才が多い中、わかりやすい笑いだって。」 響子「母は、文章は結局リズムだって言うんですよ。リズムが人を表すって。たぶん笑いもそうなんだと思うんです。文章の中にあるリズムとか、そういったものに対しては人よりもずっと感度が高いのだと思います。」「そういえば、おばあちゃんはあの人も好きだったよね、「安心してください、はいてますよ」の人。」 桃子「とにかく明るい安村さん。太り具合も調整しているのに、忙しすぎて痩せてしまうという話を聞いて、「涙ぐましい」って。」

2024年10月30日水曜日

10月30日水曜日/原題のままでいいだろ

◇ 音楽・テレビ・ラジオ

 朝、Spotify のニューリリースから、木梨憲武の新アルバム「木梨ソウル」を聴きながらブログの更新をひとつ。いや、これは今までのソロ作のなかではいちばん好きかもしれない。なんと豪華な参加ミュージシャンたち。憲武はいつの間にこんなに若いラッパーたちと親しくなっていたんだろう。気になっていた横山剣さんの作詞曲、松本孝弘の曲との相性が未知数だったが、想像以上に剣さんの色が強い。しかし、木梨憲武、松本孝弘、横山剣の共作なんてことがあるとは夢にも思わなかったな。所ジョージ楽曲のリミックスもあり、ありえないような共作が詰まっている。木梨憲武が60代にしてこんなに大充実のアルバムを作ってしまうことに驚かされた。なんかもう、日本のお笑いの枠ではなく、やってることがアメリカのコメディアンみたいだ。

 録画していたテレビ番組をあれこれと。昨夜の「さんま御殿」は「流行りに乗りたい人 vs 乗らない人」というテーマ。「乗らない人」側は、山崎貴監督が初出演のほか、梅沢富美男、ジェシー、野々村友紀子、久米田康治、囲碁将棋など。「乗りたい人」側には、千秋、村上佳菜子、菊地亜美、ノブコブ吉村など。なかなかいいメンバーだったが、しかし、吉村が梅沢富美男にタメグチで突っ込むのがいやだ。踊るヒット賞は久米田康治。

 月曜に放送された「しゃべくり007」は大竹しのぶがゲスト。恒例企画の「クイズ!私のこと覚えてますか?」。登場したのは、「オードリー」で共演した子役、東京オリンピックの閉会式で共演した子どもたち、高校生のときにつきあっていた同級生、そして、「愛は地球を救う」初回の放送中に迷子になってステージにあげられた子ども。このとき、欽ちゃんと徳光和夫は 37歳だ。残りのひとりはメンバーの関係者。なんと、Let'sグミグミ8号だった。

 同じく、月曜の「キョコロヒー」は、齋藤京子が免許を取得したことからドライブプランを勝手に考案する企画「最高ガールズが行く! 秋の湘南ドライブ」。パロディなのか普通のロケなのかわからなくなってきた。齋藤京子の縄文の謎を解き明かすため、山田康弘教授が再登場。

  昨夜の「#バズ英語」はゲストにミイナ・オカベが再登場。ハロウィーンの特集もあった。XXCLUB の映画コーナーは「ソング・オブ・アース」のマルグレート・オリン監督にリモートインタビュー。

 先週水曜の「伊集院光のタネ」を聴きそびれていて、タイムフリーで聴いた。パートナーは前島花音、ゲストに上柳昌彦を迎え、テーマは自由律俳句。この前日も田中美和子をゲストに迎え、自由律俳句をやっていた。種田山頭火賞を受賞したからちからを入れているかな。この日は生放送。リスナーからの解釈がどしどし届くのが面白い。上柳昌彦の番組に出演した甲斐よしひろが「勝手にテレ東批評」を観ているという話もあった。

◇ みなとみらい

 夕方から外出。家を出るのがずいぶん遅くなってしまった。今日もジャンパーを着ていく。横浜東口から日産ギャラリーを抜け、みなとみらいに出る。Kアリーナの公演があるようで、ひとが多い。歩道橋から右に曲がり、横浜ゲートタワーのほうに初めて行ってみる。検索していたらドトールを見つけたからだが、しかし、20時閉店では時間をもてあましてしまう。このビル自体、いつから建っているのか。地図を見ると、向かいは小学校だ。ここでは遅めの昼食だけ、舎鈴というラーメン屋に入り、らーめん並を食べた。790円。

 ランドマークのほうまで歩き、クイーンズのベローチェに入り、ひと休み。親戚から不愉快なメール。読書をするが、あまり集中できず、取っ換え引っ換え、新たに2冊読み始めた。Spotify のポッドキャストで、昨日の「大竹まことゴールデンラジオ!」を聴く。「大竹紳士交遊録」の担当は中島岳志。パーシャル連合について話していた。

 キノシネマ横浜みなとみらいにて、「国境ナイトクルージング」を観る。21時ちょうどの回。客席は空いていて、2列目、真ん中の席に座る。中国とシンガポールの合作映画。監督はシンガポール出身のアンソニー・チェン。映画が始まってすぐに、観る前のイメージとは違うと思った。素朴で、瑞々しい映画。朴訥としているのがよかった。中国と北朝鮮の国境に位置する街を舞台にした若者たちのドラマなのだが、邦題はちょっとかっこつけすぎている。原題の「燃冬」のほうが感じが出ている。


◇ テレビ

 深夜に帰宅し、録画していたテレビ番組をいくつか。今日の「徹子の部屋」は太川陽介がゲスト。1981年放送、22歳のときに出演した映像が流されたが、若いころの太川陽介は櫻井翔によく似ていると思った。検索してみると、そう思っているひとはやっぱりけっこういるようだ。

 今夜の「水曜日のダウンタウン」は「みんなの説スペシャル」。多くの「説」があったなか、あかつが仕掛けられた「「子供がまだ食ってる途中でしょうが」リアルに言わせることも可能説」が傑作。娘も仕掛け人となり、あかつがものすごくきれいにセリフを発してしまうのに笑う。あぁ~しらきが仕掛けられた「店頭の老朽化した食品サンプルと全く同じ見映えの食べ物が出てきても文句言えない説」も面白かった。

2024年9月4日水曜日

9月4日水曜日/多国籍娯楽映画

◇ ラジオ・映画・テレビ

 朝、ゴミを出してからもう少し眠りなおし、ブログの更新をひとつ。録画していたテレビ番組をあれこれと。今日の「徹子の部屋」は小倉智昭がゲスト。同い年の寺尾聡とは大親友だという話をしていた。今日の「ビバリー昼ズ」は午後にタイムフリーで聴いた。台風のために中止になった菊水丸の公演に乾さんも行くはずだったんだ。12時台ゲストは林家彦いち。55歳というと意外と若いという感じがするのだが、彦いちは若くから活躍していたからだろうな。今は寄席でも新作がかけられることが増えていて、それには、古典にやりにくい噺が増えているという事情もあるようだ。

 午後から外出。横浜東口、ポルタから日産ギャラリーを抜け、みなとみらいに出る。キノシネマ横浜みなとみらいにて、「ポライト・ソサエティ」を16時20分の回で観る。監督のニダ・マンズールは1990年生まれ、パキスタン系のイギリス人女性。映画の主人公もパキスタン系イギリス人の女の子。スタントウーマンを目指しているのだが、思春期ならではの悩みを抱えている。唯一の理解者だった姉の結婚の裏側にある陰謀と戦うというストーリー。カンフー映画プラス、ボリウッド。かっこよくて、面白い。タランティーノ的なオタク趣味満載の多国籍娯楽映画だった。浅川マキの曲も使われていた。100分ちょっとというサイズもいい映画。



 日が暮れかけているが、遅めの昼食にしようと、マークイズのフードコートに行ってみるが決められずに戻ってきた。サンマルクカフェのあとにできたコメダ珈琲に初めて入ってみる。カフェオーレと手づくりたまごドッグを食べる。1160円。コメダは高くつくからもうあんまり入らないようにしよう。インスタに投稿をするだけで時間がつぶれ、読書はできずに出る。平沼のブックオフに寄りたかったから、あんまり長居はできなかった。平沼のブックオフでは、110円の文庫本を1冊だけ買っていく。跨線橋を渡り、ビブレのブックオフにも寄る。110円のコミックを1冊買っていく。

 夜遅くに帰宅すると、冷蔵庫に知らない弁当とパンが入っている。母が自分で買いものに行ったのだと思うが、本人に訊いても行ってないという。こっちはこっちで弁当を買ってきてしまっているから、食べきれるかも心配になるが、しょうがないから、昨日買ってあったうどんを食べる。

 夜もまた、録画していたテレビ番組をあれこれと。「新宿野戦病院」の先週の予告が気になり、これを先に観ることにした。この第10話では、新種ウイルス「ルミナ」が発生する。アメリカから帰国した歌舞伎町のホストが感染者第1号だったことから「歌舞伎町ウイルス」と呼ばれることになる。このホストを戸塚純貴が演じる。レイシストも描かれ、かなり挑戦している内容だ。終盤になり、しっかりとすごみを出してきた。来週はいよいよ最終回。

 今夜の「水曜日のダウンタウン」は、まず、「国道ラーメンマラソン」の第2弾。アンジェラ佐藤と、きしたかの高野とみなみかわのペアが対決する。後半は「ひょうろくキャラ作ってるんじゃないか説」。過去の映像が掘り起こされ、ひょうろくにそのような疑惑が発生しているというのだが、それを逆手にとったドッキリを榎本ゆいなというタレントに仕掛ける。男っぽくふるまうひょうろくの演技が上手い。仕掛け人のさらば青春の光のふたりも笑いをこらえるくらいなのだが、さらばがモニタリングをしながら指示を出すようになってからのひょうろくの演技がさらにすごかった。これは傑作回だ。

 ネズミ捕りにネズミがさっぱり捕まらなくなったと思っていたのだが、ここ数日は子ネズミがつぎつぎに引っかかるようになった。夜にまた、新たにネズミ捕りを置いたら、すぐに一匹引っかかる。ここ数日で、6匹の子ネズミが捕まった。つまり、それだけたくさんの子ネズミが産まれているということなのだけれども、親ネズミが捕まってくれないと困るんだよな。

2024年7月1日月曜日

7月1日月曜日/眠くても映画は進む

◇ テレビ・ラジオ・雑誌

 今日は朝から蒸し暑い。録画していたテレビ番組をあれこれ。まず、今朝の「虎に翼」を観て、それから、昨日の「ワイドナショー」を。坂上忍がひさしぶりに登場のほか、田村淳、いとうあさこ、ふぉ~ゆ~辰巳雄大というメンバー。スポーツの話題から始まり、旧ジャニーズの性加害問題、続いて、都知事選の話題。政見放送について、東野は放送は観ていないようだが、エックスでは「あらびき団」じゃないんだからという意見があるらしい。一緒にするなよと東野は言うのだが、しかし、お笑いの悪影響は確実にあるだろう。

 昼はラジオ。「ビバリー昼ズ」を聴くと、オープニングではもちろん、先週金曜に行われた国際フォーラムのイベントの話をする。イベントのオープニングの音声のダイジェストをここで聴くことができた。太田からはアスパラガスの差し入れが、クドカンからはなぜか筧美和子の写真集が届けられたって。客席にはイッセー尾形もいたようだ。純烈の新メンバーが早くも脱退するそうで、イベントでは黙っていて、今日の新聞で発表になったらしい。そして、今日の12時台ゲストは細田昌志。「力道山未亡人」が小学館ノンフィクション大賞を受賞した。松本明子もこの本を読んでいて、名古屋の仕事で会った太田にこの本をあげたそうだ。恒例の「ベスト3」は「書いてみたいテーマベスト3」。細田は、キャロル、桑田と清原、山口洋子というベスト3を選んだ。権藤博は山口洋子と一緒に住んでいたんだそうで、山口洋子は立川流Bコースだったが、なるほど、権藤と談志師匠が親しかったことともつながっていく。

 楽天マガジンで雑誌のチェックをすると、「週刊プレイボーイ」に都知事選の記事がある。畠山理仁が候補者56人全員に取材する記事がやっぱり出た。これを期待していたのだ。ほかのページには、ぐんぴぃが「百年の孤独」を語り尽くすインタビューもあった。

 インスタを見ていたら、西川きよしが小林信彦「天才伝説横山やすし」を手にしている写真が出てきて、これにはびっくりした。6月29日の投稿。場所は大阪のブックカフェらしいのだが、この本を「時間を忘れて約2時間でこの一冊を読み切りました。」と書いてある。マジか。かなうことならば、西川きよしの感想を知りたい。

◇ 横浜・みなとみらい

 夕方から外出。朝から雨降りだったが、この時間には止んでいた。しかし、夜もまた降る予報になっているので傘をもっていく。横浜に出て、東口のルミネの上階にひさしぶりにあがる。GUがここにもあることを、検索していて初めて知った。ルミネの上階に用があったのは有隣堂に寄るときだったが、今は地下に有隣堂ができ、上階の有隣堂もまだあるような気がしていたが、上階の店舗はなくなっていたのだ。ほかには、ルミネにはヴィレッジヴァンガードもあったが、どうやら、ヴィレッジヴァンガードもなくなってしまったのか。

 日産ギャラリーを抜け、みなとみらいに出る。キノシネマ横浜みなとみらいにて、アレクサンダー・ペイン監督の「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」を観る。ホームページからメモっておいた時間が間違っていたようで、10分早く着いてしまった。遅く間違えていなかったらまだよかった。18時5分の回。しかし、眠気がひどくなり、人間関係を認識できずに映画が進んでいってしまったが、この映画の手触りはとても好きだ。好きな語り口をもっている映画。笑う箇所もいくつもあった。人間関係はあとから把握していったが、疑似家族のドラマであるから、それがわからずに観ているようでは馬鹿みたいな時間だった。クリスマスの映画だから、その時期になったら、いずれまた観なおしてみたい。アレクサンダー・ペイン監督の映画は観逃してばかりで、これが初めてかと思っていたが、そういえば、「ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!」というひどい邦題の映画をずいぶん昔にテレビで放送されたときに観たことがあった。このタイトルだけならばとても観る気にはならないが、なにかで映画評を読んで知っていたのだ。


 みなとみらいから平沼のほうに進み、ブックオフに寄りたかったが、間が悪いことに、棚卸しのために今日は休みだった。横浜西口のイオンフードスタイルで買いものしてから帰る。帰りの電車内で、ようやく少し読書をした。

 夜遅くに帰宅し、録画していた「しゃべくり007」を観る。ゲストは市村正親と市村優汰。親子ではテレビ初共演だという。今日は2時間スペシャルだが、この親子だけで2時間やるとは思わなかった。番組後半になって、市村正親がいちばん会いたかったという高橋一生が登場した。

 タイムフリーで聴いた今日の「伊集院光のちょいタネ」は、那須恵理子さんと前島花音アナがパートナー。このふたりということはテーマは自由律俳句だ。聴きそびれていた先週水曜の「伊集院光のタネ」を聴くと、こちらのパートナーはなんと荘口彰久だった。この日は生放送。「取材受けました」というテーマ。先週の「伊集院光のタネ」を続けて聴きながら眠ってしまう。

2024年6月12日水曜日

6月12日水曜日/「トノバン」など

◇ テレビ

 朝、ゴミを出しに行ってから、ブログの更新をひとつ。それから、録画していたテレビ番組をあれこれと。今朝の「虎に翼」では、ハ・ヨンスとの再会があった。昨夜の「#バズ英語」は世界のライブカメラを特集する。XXCLUB の映画コーナーは「ハロルド・フライのまさかの旅立ち」を紹介、原作・脚本家のレイチェル・ジョイスにリモートインタビューをする。昨夜の「新しい学校のリーダーズの課外授業」は「ポイ」を学ぶ企画。「ポイ」というものは見たことはあったが、これが「ポイ」という名称だというのは初めて知った。MIZYU のツインテールはまさにポイの動きをしている。

 昨夜の「ワルイコあつまれ」は、まず、「ワルプロジェクト101」という新企画があった。「歌うまワルイコ」を発掘するというオーディション番組のパロディになっている。司会はクリス・ペプラー。香取慎吾、稲垣吾郎が審査員を演じるコント仕立てで、審査員にはアンミカも並んでいる。挑戦者の男の子に対し、香取、稲垣は、きびしいことを言う審査員を演じるのだが、歌を披露すると驚き、最後にはベタボメするという展開だった。続く「美味しゅう字」のコーナーには初めてゲストを迎え、片桐仁が参加した。「国宝だって人間だ!」のコーナーには狂言の茂山七五三が登場。もしかするとと思い、確認してみたら、去年9月に横浜能楽堂で観ていた。そのときには国宝だとは知らず、なんのありがたみも感じずにもったいないことをした。国宝になったばかりだったはずだが、そんなことはなにも言ってなかったんじゃないか。この番組で初めて知ったが、このひとは 40歳までは銀行員と狂言師を兼業していたという変わり種なのだ。そんなひとでも人間国宝になれるというのにはちょっと驚く。「人間国宝でも狂言でスベりますか?」という子どもからの質問に、茂山七五三は「しょっちゅう」と即答した。狂言では「スベる」なんて言葉は使うのかいなと思うが、その場合はアドリブでギャグを入れるという。最後に子どもたちに伝えたいことを訊かれ、「日本の芸能というのは、確立されたのが、室町から以降。ですから、日本の芸能のルーツを探ると同時に、話術、というのをやっぱり見て、日本のよさを充分に知ってもらいたいと僕は思います。」と話した。「話術」とはなんだろうかな。

 今日の「徹子の部屋」は渡部絵美がゲスト。母がフィリピンのひとだということを今まで知らなかったな。両親は戦禍のフィリピンで出会ったという。スケート選手としての現役時代を知らないから、渡部絵美のことを改めて知る機会も今までなかった。引退直後の1980年、21歳のときに出演した回の映像も流された。

 午後から外出。いよいよ暑くなってきた。うちを出る前に、SNSから桂ざこばの訃報を知る。横浜駅の東口から日産ギャラリーを抜け、みなとみらいに出る。シンフォステージの隆昌酒家という店を初めて利用し、よだれ鶏の定食を食べた。900円。

◇ 映画

 キノシネマ横浜みなとみらいにて、観たかった映画「トノバン 音楽家加藤和彦とその時代」をようやく観る。16時50分の回。この劇場、JCBのカードが使えず、現金払いになってしまってひやひやした。水曜サービスデイ、1300円。ここは前方の席でも観やすかったと思い、空いている2列目の席に座った。映画は加藤和彦のドキュメンタリー。ここ数ヶ月ほど、この映画のことをまったく意識していたわけではないのだが、4月にはたまたま観覧を申し込んでいたトークイベントできたやまおさむの話を聴く機会があり、その前には牧村憲一の本を読んでいたりとか、不思議とつながっていったという感じがある。加藤和彦について、ある程度の知識はあったが、知れば知るほど、もっと知りたくなっていく人物だ。関係者たちの証言によってたどられていく加藤和彦の軌跡。映画は、若い世代によるトリビュートバンドが「あの素晴らしい愛をもう一度」をレコーディングによって締めくくられ、そこにはきたやまおさむと坂崎幸之助もいる。

 夜遅くに帰宅し、また改めて「トノバン」に関することを検索して調べていたら、つのだ☆ひろのウィキペディアから、石井明美の「CHA-CHA-CHA」の冒頭の英語のセリフはつのだ☆ひろだということを初めて知った。


2024年1月31日水曜日

1月31日水曜日/「PERFECT DAYS」など

◇ 天王洲アイル・品川

 朝から都内に。天王洲アイルから品川の港南口に歩き、昼食にする。雑居ビルの地下にあるみよしという店に入り、ランチメニューの辛味噌ホルモン定食を食べた。830円。

 品川を離れ、早い時間に横浜に戻ってくる。予定次第では、今日か明日に映画を観てしまいたいと、明日も映画を観やすいように予定を考えてはいたのだが、今日のうちに観てしまいたいという気分がどうもまさる。横浜東口のポルタから、日産ギャラリーを抜け、みなとみらいに出る。パシフィコ横浜ノースのドトールに入り、ひと休み。ここはコーヒーが 300円の店。スマホの充電をして、ラジオを聴きながら少し眠る。スレッズからニュースを見ていて、松井孝治さんが京都市長選に出ていることを今ごろ知った。落語ファンの松井孝治さんとは、どういうわけか、ツイッターでは相互フォローになっていたのだが、ツイッターのタイムラインはぜんぜん見ていないからちっとも知らなかった。検索してみると、去年の10月にはもうその情報が出ていたようだ。

◇ 映画

 キノシネマ横浜みなとみらいにて、ヴェンダースの「PERFECT DAYS」をようやく観た。18時50分の回。主人公は役所広司が演じるトイレの清掃員。この男が働く様子がディテール細かく描かれていく。男はスカイツリーが見える場所に暮らしている。近所の銭湯に自転車で通い、浅草駅の地下の店でよく飲んでいる。東京の風景が映画になるんだという驚きがまずあった。平凡な日常がくり返されるが、主人公は意外と変わった男のようだ。一緒に働いている若い男(柄本時生)の無駄口の多さに比べ、役所広司は極端に無口な男を演じている。男に向けられる差別的な目がときおり描かれ、憐れまれるような生活をしている男だが、じつは知的で趣味がいい。男はクルマを運転しながらカセットテープで音楽を聴いている。部屋に帰れば草を育て、本を読み、写真を撮る趣味がある。本の趣味、音楽の趣味で、その人物像が示される。起伏のない日常かと思えば、そこに女の子が現れ、男との関係があとでわかっていく。ここでラストにするかというところで映画は切れる。余韻たっぷり。ヴェンダースの名人芸のような映画だった。しかし、ちょっと手堅すぎるという感じもする。ヴェンダースと並び、共同脚本者には電通の高崎卓馬の名前があった。犬山イヌコ、長井短、安藤玉恵ら、やけに小劇場界に通じた配役も日本映画すぎるくらいで、たけしの「首」のほうがよっぽど外国人が考えたみたいな配役だと思った。

◇ テレビ・ラジオ

 夜遅くに帰宅し、録画していたテレビ番組をいくつか。「水曜日のダウンタウン」は、松本不在となった最初の放送。松本の不在にはなんの説明もなく、松本の定位置には東野幸治が座る。なにごともないように収録をしているが、やはり、どこかぎこちない。「クロちゃん宅でダマの「100万円を捜せ!」」という企画は昨年9月から仕掛けていた企画。最後の部分は生放送になった。

 タイムフリーで聴いた昨夜の「爆笑問題カーボーイ」では、南部虎弾の思い出話をしていた。お通夜の前日に弔問したこと、それから、電撃ネットワーク、AKIKO、爆笑問題という3組で行った営業の話など。

2023年9月20日水曜日

9月20日水曜日/眠いのに映画を観る




◇ 品川

 眠れなくなり、早朝、ブログの更新をひとつ。鼻水が止まらず、風邪薬を飲んでおく。今日も朝から都内に。昼食は品川、港南口の細い路地を入っていったところに見つけた焼肉居酒屋とんとんという店に入り、ハヤシライスセットを食べた。サラダ、味噌汁、オクラがつき、850円。満腹。マクドナルドに入ろうとしたが、混雑していてやめる。アレア品川のドトールに入り、ひと休み。SNS徘徊。音楽を聴きながらしばらく眠り、読書もしていく。

 日本橋で映画を観ようと考えていたのだが、思うような予定にはならず、横浜で映画を観る計画に変更する。夕方、京浜急行に乗り、横浜に戻ってくる。東口から日産ギャラリーを抜け、みなとみらいに出る。スマホのバッテリーが切れてしまい、時間もわからなくなっていたが、セントラルタワーのサンマルクカフェを覗いてみるとコンセントの席がある。ここに入り、アイスコーヒーとバターデニッシュを食べた。アイスコーヒーは 300円。ベローチェがいちばん安いと思っていたが、今はもうあんまり差がなくなっている。ここでも音楽を聴きながらしばらく眠る。今日はとにかく寝不足で朦朧としている。なのに、なぜ映画を観ようとしているのだろうか。


◇ 映画

 キノシネマみなとみらいで、ウェス・アンダーソン監督の新作「アステロイド・シティ」を、21時ちょうどの回で観る。この劇場、しばらくくることがなかった。E列の席をとったが、座って観ると、スクリーンがけっこう遠く感じる。客席のサイズ感を忘れていたが、最前列でも観やすかったんだ。ウェス・アンダーソンの作品は公開されるたびにおおむね観ていると思うのだけど、あとの作品になるほど、どれがどれという記憶が薄く、ごっちゃになっている。どれを観てもひとつの印象に収まっていく。映画の文体であり、そのタッチを愛でるばかり、内容がまるであたまに入らない。しかし、いつも思うのだが、ここまで完璧に画面をコントロールしようとする監督の映画では、俳優は演技をしていて楽しいのだろうか。そう思うのは、作家よりも俳優の演技に興味があるからだろう。

 深夜0時頃に帰宅。テレビも観ないで、すぐに寝る。

2021年6月1日火曜日

6月1日火曜日/「アメリカン・ユートピア」



◇ 虎ノ門

 今日も朝から都内に。外に出ると、朝は半袖ではやや寒いくらいだった。睡眠不足で、電車で眠っていきたく、横浜駅で乗り換えるよりも空いているかと思い、二俣川からJR直通に乗るが、座れず、これじゃあどっちでも変わらない。武蔵小杉から乗り換えた横須賀線は満員電車だった。新橋から歩き、虎ノ門まで。昼食は小諸そばで、かき揚げせいろを食べた。それから、ベローチェに入り、ひと休み。アイスコーヒーと一緒にアンパンを食べる。何度か通っているわりには位置関係がわかっていなかったが、虎ノ門駅からすぐに特許庁がある。その隣りは霞が関ビルディングだが、霞が関駅よりもむしろ、虎ノ門駅から近いのだ。

 虎ノ門ヒルズ駅から日比谷線に乗り、東横線直通、各停で眠りながら、横浜まで戻ってきた。横浜東口、ポルタから日産ギャラリーを抜け、みなとみらいに出る。映画を観るつもりで、まだ時間があるため、付箋を買っておこうと、マークイズみなとみらいの地下に降り、ダイソーに寄っていく。みなとみらい駅から延びる長いエスカレーターに乗り、クイーンズスクエアに出た。そういえば、ここにフードコートがあったことを忘れていた。サブウェイをひさしぶりに利用してみるが、特に理由もなく、10年以上はなぜか食べていなかったような気がする。パンの種類やドレッシングなど、いちいち選ぶシステムだったことも忘れていた。てりやきチキンのサンドイッチを食べて、しばらく読書を。冷房がきつく、早めに出て、丸善に少し寄っていく。




◇ 映画

 キノシネマみなとみらいで、「アメリカン・ユートピア」を観た。19時10分の回。ファーストデイ、1200円。デヴィッド・バーンも、トーキング・ヘッズも、その音楽はぜんぜん聴いたことがないのだが、「週刊文春」のシネマチャートの高評価を見て、スパイク・リー監督作ということでも、これは観たいと思っていた。観てみると、映画のための加工はほとんどなく、完全にただライブを映している映像だ。しかし、まったく初めて触れるデヴィッド・バーンのステージに、次第にのめりこまされていく。曲だけを聴いても、そこまでは興味を惹かれなかったのではと思ってしまうが、まず、字幕で読む歌詞の面白さと、そして、なによりも、ステージの面白さだ。デヴィッド・バーンのほか、11名のバンドメンバーの、演奏であり、ダンスに惹きつけられる。全員が優れた芸人なのだ。音楽と同時に、演劇やダンスの楽しさが横溢している。これだけの優れたライブを、こじんまりした劇場でやっているのもよくて、現実に、自分がライブにどれだけ飢えているかにも気がつかされた。映画のための加工はほぼないのだが、ライブ終盤のあるプロテストソングでは、ここでやっと、スパイク・リーとデヴィッド・バーンががっぷりと組み合ったという感じがある。21時過ぎに映画が終わり、Spotify でさっそく映画のサントラを聴きながら、横浜東口まで歩いた。

 夜遅くに帰宅し、疲れて、寝っ転がり、タイムフリーで、「ナイツ ザ・ラジオショー」を聴いた。今週は漫才協会ウィークということになっていて、昨日月曜はねづっちがゲスト。そういえば、ねづっちはナイツよりも先に漫才協会入りしているのだ。協会黎明期の話が面白い。今日は、にゃん子・金魚がゲスト。石井光三オフィスで出会ってコンビを組んだというのは知らなかった。ラジオを聴きながら、楽天マガジンで雑誌のチェックもする。1日発売の月刊誌がたくさんあるが、その前に週刊誌に目を通す。「週刊ポスト」のたけしの連載は田村正和追悼。ドラマで共演していたとはまるで記憶になかった。20年前のドラマだそうだが、これは観逃してしまっている。「サンデー毎日」では、石戸諭の連載記事で、オリパラ文化プログラムを演出する東ちづるを取材しているのを興味深く読んだ。深夜1時からは「爆笑問題カーボーイ」を聴きながら、オンライン将棋をもう1局指し、それから眠る。

2021年4月21日水曜日

4月21日水曜日/映画館が混んでいた


◇ 横浜

 昼からさっと家を出たかったのに、パソコンの電源を落としたら更新が始まり、よく確認もせずに、更新後に再起動というのをクリックしてしまった。すぐに終わってくれればと思ったが、パーセンテージがぜんぜん増えない。待っていたら何時になるかわからないと思い、再起動されてしまうが、あきらめて出かけることにした。ようやく暖かくなってきた。横浜に出て、西口五番街でまずランチを。さがみという店で、ねぎとろ丼セットを食べた。500円。東口に移動し、ポルタを抜け、そごうの前に出ると、コロナのモニタリング検査というのをやっていた。日産ギャラリーを抜け、みなとみらいに進む。

◇ 映画

 キノシネマ横浜みなとみらいで「ミナリ」を観る。14時35分の回。水曜サービスデーだが、平日の昼間にしてはとても混んでいた。そこまで評判になっているのか。両隣りの席にほかの客がいるという状況がひさしぶりだった。3列目の席を選んだが、この劇場は前後の間隔がたっぷりとあり、最前列でも観やすそうだというのを忘れていた。観てみると、同じくアカデミー賞候補の「ノマドランド」と比べて、たしかにこちらのほうがずっと広く観られる映画だと思った。先週観た「ノマドランド」は空いていた。韓国移民を扱ったアメリカ映画というところに興味をもったが、家族の物語として古典的な魅力がまずある。家族の顔つきがみんなよかった。おばあちゃんが登場してからががぜん面白くなっていった。映画を観たあと、どこかでコーヒーを飲もうというつもりでいたが、映画の余韻に浸りたく、少し歩きたくなった。



 ツイッターを見ると、チャーリー浜の訃報が。平沼のブックオフに寄るが、なにも買わない。跨線橋をわたり、横浜西口に移動する。ベローチェに入ろうと思っていたが、どうも腹の具合が悪く、ハマボウルのビルでトイレを探すが、どの階のトイレも埋まっていた。ビブレなら確実だろうと思い、ようやくトイレに入れて、ついでにブックオフに寄る。3冊買う。ベローチェに行くのもめんどうになり、眠気がひどくもなり、帰ることにする。電車が混んでいる時間にあたり、1本見送り、各停で座って帰ってきた。電車内は眠ってばかりで、今日はまったく読書ができなかった。

 夜に帰宅し、タイムフリーで、今日の「ナイツ ザ・ラジオショー」をオープニングから聴いていく。14時台のゲストはぺこぱ。聴きながら、オンライン将棋を1局。梱包も済ませ、ラジオを聴きながら、深夜0時前に眠った。

ブログ アーカイブ

8月12日月曜日/「徹子の部屋」と戦争

◇ テレビ  午前中がいちばん涼しいからよく眠れる。じわじわ暑くなってきたころに起きあがり、ブログを更新。録画していたテレビ番組をあれこれと。今朝の「虎に翼」は、ユミちゃんが大きくなって、別の子役になった。寅子、ハナエちゃんも老けづくりになり、いよいよ終盤になってきた感がある。 ...