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2025年3月18日火曜日

3月18日火/湯呑みのお湯をこぼす

◇ 面会・はま寿司

 早朝、ゴミを出してから眠り、昼前に起きあがる。昼はラジオ。「ビバリー昼ズ」から、午後は「ナイツ ザ・ラジオショー」をつけておく。13時台ゲストはおかずクラブ、14時台ゲストは相席スタート山添。午後から外出。気温はやや低いかと思い、ジャンパーを着ていく。三ツ境のバスターミナルからバスに乗ると、料金の表示が320円と出て、運転士に320円ですかと訊いてしまったが、15日から値上げしていて、290円から320円になっていた。たかだか30円の差とはいえ、なかなか世知辛い。バスに乗ると陽射しが強く、ジャンパーだとやや暑くなる。

 老健の面会は一週間ぶりになってしまった。母の友だちから電話をしてほしいとお願いされていたのに、それからだいぶ間が空いてしまった。かけさせるにもスマホのバッテリーが切れている。とりあえず、モバイルバッテリーで充電するが、充電される速度が遅く、ようやく10パーセントになったところで電話をしてもらうが、そう都合よく出るはずもない。留守電には吹き込んだから少しは安心してもらえるだろうか。

 いつもどおり、上白根町のはま寿司に寄っていく。席に着くなり、湯呑みに入れたお湯をこぼしてしまい、店員さんに拭いてもらうという手間をかけさせてしまった。まぐろ、活〆ぶり、いか天握り、合鴨、煮あなご、まぐろレアステーキつつみ、わさびえんがわ、とろびんちょう。8皿、924円。

 鶴ヶ峰まで、歩きながらラジオを聴く。先週金曜の「伊集院光のタネ」をタイムフリーで聴き始めたら、この回はオンタイムで聴いていたんだったかわからなくなったが、CM明けに、まったく同じ話を以前にしているというスタッフの指摘が入ったようだ。旭図書館に寄り、じっくり棚を眺めてまわり、3冊借りていく。鶴ヶ峰のブックオフにも寄っていくと、文庫に面白い本がいくつもあり、買うものが多くなった。110円の文庫本を8冊、新書を1冊、220円の文庫本を1冊買う。

 鶴ヶ峰駅まで戻り、ひさしぶりにミスタードーナツに入る。ここは22時まで開いているから助かる。ブレンドとハニーディップを食べる。495円。SNSからクールスの佐藤秀光の訃報。じっくりと読書していく。店員の女の子がコーヒーのおかわりを入れによくきてくれて、3杯も飲んでしまう。

 帰る前に西友で買いものをしていたら、あたまの上に看板が落ちてきた。看板といっても紙っぺらをハンガーに留めてあるだけのもので、それをマグネットで什器にくっつけてあったのだが、別に痛くもなんともなかったけど、場合によっては危険かもしれない。しかし、ちょうどまわりには店員も客もいなくて、誰にも目撃されず、ひと知れず変な目に遭ったのだが、これを改めて店員に伝えるのも煩わしく、落ちた看板は売り場に放ったままにしてただ買いものを済ませて帰ってきた。

◇ テレビ・ラジオ

 夜遅くに帰宅し、テレビ番組をあれこれと。今日の「徹子の部屋」はいしだあゆみ追悼。TVer の配信はなく、これは録画したものを観る。1982年放送、いしだあゆみが34歳のときに出演した回から始まった。この回では、スーパーで徹子さんにしょっちゅう会うという話をしている。1994年、45歳の回では、16年ぶりに「紅白」に出演した話をしていて、自分の記憶にあるいしだあゆみはこのころの雰囲気だ。2005年、57歳の回では着物姿で出演、憧れの山岡久乃の話や、ヨン様ブームがわかるという話をしていて、団塊の世代は人口が厚いはずなのに娯楽がないという。2011年、63歳の回では、長く住んでいた家を引き払って、ものを10分の1に減らしたという話をしている。自分のものは処分したが、前の年に亡くなった母のものはぜんぶ捨てずにいるという。2022年、74歳の回は旭日章受賞後の出演、ここでは人生の終わりかたについて話していた。「ちっちゃいときから線香花火が好きだったんですよ。今の線香花火はすごい華やかですけど、あたしの時代は、ほんとに…、ちゃっちゃっちゃって。なんか人生に似てますよね、最初はちょっとで、だんだんばあってなって。最後に赤い玉が、でもあれ、なかなか落ちないんですよね、いつまでも。「まだまだ」っていう感じで。(笑)なんかね、線香花火みたいに生きたいなあって思ってます。」

 NHKプラスから、今夜放送された YOASOBI の特番「YOASOBI 世界を駆ける」を観る。ライブ前には専用の「声出し部屋」というのがあるのだ。ikura が 2019年にSNSにあげた弾き語り動画が ayase の目に留まるという出会いがあるのだが、その動画ではあいみょんを歌っている。ayase の1台のパソコンから生み出された楽曲が、ストリーミングサービスにより、世界に発見されるようになっている。もう1本、「新ジャポニズム イメージソングSP」という10分番組では、BIGYUKI と新しい学校のリーダーズのコラボ曲の初パフォーマンスがあった。楽曲自体はいかにもジャポニズムという感じじゃないのがいい。

 深夜1時からラジオ。「爆笑問題カーボーイ」をオンタイムで聴く。YouTube の撮影をしたという話から、例のごとく、ダンシング谷村の説明をする。ラ・ママの初舞台のあと、爆笑問題がつぎに出演したのが「スター誕生」というショーパブ、そこで出会ったDXコブラというのが、その後のダンシング谷村と三井三太郎。三井三太郎は芸能レポーターになっていたが、中島知子のマネージャーだったこともあるのか。ダンシング谷村がタイタンの学校で相方を探していたら、佐々木つとむの息子がタイタンの学校に入っていたんだそうで、太田の説明によると、「スター誕生」は松竹梅が経営し、所有者が佐々木つとむということなんだろうか。佐々木つとむが殺された場所が「スター誕生」なのだ。その日の夜、太田はフォークダンスDE成子坂の桶田が作った劇場の最後のライブに出演していた。浦口直樹アナに頼まれたそうだが、そこで38年ぶりに会ったのがシューティング。ラ・ママの最初のネタ見せのときに出会っていたのがシューティングと三井三太郎のブルドッグだった。シューティングと成子坂はホリプロの先輩後輩の関係。ひとりが亡くなっていたことは最近まで知らなかったが、いつごろの話なんだろうか。そこから今度は〆さばアタルヒカルの名が出てきた。北枕という名前の時代は太田プロだったのだ。ヒカルが入院したときに太田が見舞いに行ったという話は初めて聞いたかもしれない。ヒカルが亡くなったあとにアタルとご飯を食べたそうで、そのときに太田はアタルに現チャイムの松岡と組んじゃえと言っていたらしい。入院中にヒカルにDVDとDVDプレイヤーを差し入れしたら、その前日に水道橋博士がほぼ同じものを差し入れしてたって。今日のオープニングは90年代お笑いマニアにはたまらなく面白い話。最後まで聴いたら、エンディングにはきしたかの高野が登場。

2021年12月23日木曜日

12月23日木曜日/フォークダンスDE成子坂

◇ テレビ

 朝、録画していたテレビ番組をいくつか。昨夜の「水曜日のダウンタウン」は 90分スペシャル。ドッキリ企画が続いたが、最後の「帯番組ホントドッキリ」は特に手が込んでいて、深夜の「すてきに帯らいふ」という番組にもちゃんと気がつき、録画していたのはわれながらさすがだ。それにしても、専門家のかたがたにはどう説明して出演してもらったんだろうか。

 昨夜の「お笑い実力刃」は、フォークダンスDE成子坂の特集。この番組は毎週録画しているものの、録画したままで、しばらく観なくなっていたが、今回の特集だけは先に観てしまいたくなった。以前の放送で、三村マサカズが名前を出したことがきっかけになったのだろうか。現役ではないコンビの特集とは異例だ。スタジオに古坂大魔王が出演したほか、VTRには、太田光、伊集院光、三村マサカズ、有田哲平、名倉潤、堀内健、原田泰造、天野ひろゆき、土田晃之、ますだおかだ増田、バイきんぐ小峠が登場するという豪華さで、「GAHAHAキング」の映像もたくさん流れた。28年前のコントが、現在の眼で観てもなお、なんの遜色もなく面白いというのは本当に驚異的なことだ。それは個人的にも、昔のテレビ番組を上映するイベントを企画したとき(2014年)に発見したことで、デビュー間もないバカルディ(現・さまぁ~ず)のコントと観比べると、数年の時代のズレはあるにせよ、同程度のキャリアと思われるフォークダンスDE成子坂のコントのほうがよっぽど上手いと思い、驚かされた。番組内でも有田哲平が、桶田について、始めて1年から3年程度のキャリアなのに「どしっとしてるんですよね」と証言している。番組では、桶田敬太郎、村田渚、それぞれの人物像についても掘り下げていた。桶田について、普段の会話からボケてばかりいて、会話が続かないから話さなくなっちゃったと、太田が証言していたのはかなり可笑しい。ふたりがすでに故人であることは番組終盤に明かされた。桶田の死を知ったときのことを太田が語り、その横にスタッフロールが流れた。成子坂の魅力を充分に伝える、いい特集だった。

 フォークダンスDE成子坂は、それだけの実力者でありながら、1999年末に解散する。2000年代に入れば「M-1」が始まるなど、お笑い界の状況も大きく変化していくのだが、その時代を知らずして、このコンビは結論を迎えてしまった。売れるのが早すぎたのかなという気がする。現在の眼で観ると遜色がないとはいえ、リアルタイムでは、桶田のボケを松本人志に重ねる評価が少なくなかったことを記憶している。ダウンタウンがまだまだ血気盛んに大活躍している時代に、ダウンタウンに似ていると見られることは必ずしもプラスではなかったのではないか。ましてや、現在のように、若手お笑い芸人が大量にテレビに出ている時代ではなく、活躍できるのは、かぎられた若手芸人だけだった時代だ。たとえば、爆笑問題が頭角を現した時期は、ビートたけしの失速の時期と重なるとも考えられる。そのようなことはあるのではと思う。それに、1999年の時点では、さまぁ~ずでさえもまだ売れていなかったのであり、イチお笑いファンとして、ホリプロはちょっとおかしいんじゃないかとも思っていた。



 「ラジオビバリー昼ズ」を途中まで聴き、午後から都内に出かける。神保町で昼食となり、迷っている時間もあまりなく、嵯峨谷に入り、タレカツ丼セットを食べた。650円。帰りは夜になり、横浜駅まで戻ってきたところで読書をしたいと思い、西口のマクドナルドに入ろうとするが、注文前の客と注文後の客が入り乱れていて、どこに並んでいいのかさっぱりわからない。まともに並ぶこともできない連中と関わるだけ煩わしく、駅から離れたもう1店のマクドナルドに向うと、こちらの店は空いていて、誰も並んでいなかった。ホットコーヒーと、エッグチーズバーガーを食べる。金の計算をして、それから読書をした。

◇ 読書

 半藤一利「日本史はこんなに面白い」を読み終えた。2010年刊、文春文庫。対談集だが、読んでみると、日本史をテーマに話しているというふうでもなく、あとがきを読むと、連載対談のなかから日本史に関するものを選んで編集したものだという。嵐山光三郎との芭蕉の話、川本三郎との時代劇の話などを特に興味をもって読んだ。

 1時間半ほどでマクドナルドを出て、帰りの電車内では、楽天マガジンで雑誌を読んだ。「週刊文春」が、16ページにわたり、落語特集を載せていた。談志の子、松岡ゆみこと慎太郎の対談があり、それから、談志、志ん朝、小三治について、高田文夫が談志を語り、志ん朝については、なんと、小林信彦が書いている。そして、小三治については喬太郎がインタビューに答えていると思って読むと、小三治については最後に少し語っているだけで、これは見出しに偽りありだ。構成は九龍ジョー。続く、平松洋子の連載エッセイも落語に関する内容で、これも特集に組み込まれている。最後は、広瀬和生と亀和田武の対談があり、そういえば、亀和田武は「BURRN!」で連載をしていた。その時代から、広瀬とは落語の話をよくしていたようだ。

 夜遅くに帰宅し、録画していたテレビ番組を観てから、ラジオを聴きながら眠った。時間の記憶がないが、深夜1時頃ではなかったか。

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