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2025年3月14日金曜日

3月14日金/「数学と人間」

◇ テレビ・雑誌

 朝、ブログの更新をひとつ。TVer から、テレビ番組をいくつか。昨夜の「アメトーーク!」は「女性役やってる芸人」。チュートリアル徳井、空気階段かたまり、ハナコ岡部、男性ブランコ平井、マンボウやしろ、レインボー池田、コットンきょん、かが屋のふたりというメンバー。MC側には森香澄、空気階段もぐら、男性ブランコ浦井が座る。

 昨夜の「私のバカせまい史」は、さらば森田がプレゼンター「人類最強のお笑いウェポン屁史」。古代ギリシャから屁の歴史をたどりつつ、中世ヨーロッパの放屁師や、おならの語源は室町時代の女房詞にあるとか、江戸時代の屁合戦絵巻などにも触れていく。志村けんは屁の音のレコード「ワンダープーランド」を使用していて、音響デザイナーの和田則彦が本物の屁を録音したものだが、そのレコードに収録されている「黄色いサクランボ」が流された。「ひょうきん族」ではたけしがアドリブでよく屁をこいていたこと、そして、浜田は屁ツッコミを編み出す。にぎりっぺは英語で「cupcake」というトリビアもあった。最後はスタッフや観覧客も含め、誰かが屁をするまで終われないという展開になった。そういえば、すっかり忘れていたことを思い出したが、ずいぶん昔にダウンタウンの番組で、屁の企画の観覧に行ったことがあった。「ごっつええ感じ」だったんだろうか、神保町の会場で、観覧客みんなにイモかなにかがふるまわれ、屁が出そうになった観覧客がステージにあがって、屁をしていたような気がする。なにを目標にしていた企画だったのかはぜんぜん覚えていない。検索してもわからない。

 昼はラジオ。「ビバリー昼ズ」から「中川家 ザ・ラジオショー」をつけっぱなしにしておく。ラジオを聴きながら部屋の掃除をする。奥の部屋の入り口を埋めつくしていたチラシの処分についに手をつけるが、ここは夏に使っていたコンパクトクーラーのために水びたしになり、今でも湿り気が残っていた。ずいぶんひどい状態にしたままで、何年も過ごしてきてしまったものだ。

 楽天マガジンのチェック。「婦人公論」には「名優たちの転機」という関容子による連載インタビューがあり、今号は石倉三郎がゲストだった。俳優になる経緯、転機となる仕事がたどられていく。橋爪功と共演した「ゴドーを待ちながら」について語られるなかで、お笑いをやっていた時代に「ゴドーを待ちながら」は星セントがやっていたのを何度か観ていたのだという。「セントがやったんだから俺だってできるだろ、ぐらいのことなんでね。それがまぁ、初めての「新劇」ですかね。」

 録画していたテレビ番組のなかから、観そびれていた番組をひとつ。2020年放送の「ザ・ノンフィクション」から「就職先はさる軍団」というドキュメンタリー。村崎太郎が代表を務めるモンキーエンタープライズの新入社員の就職説明会の場から始まる。おなじみの猿軍団であるかのようなナレーションが入るが、かつての日光猿軍団とは別モノという説明がない。もう5年前の放送になるが、村崎太郎のパワハラ気質がぷんぷんしている。新人の教育係はゆりありくのゆりあが担当していて、ゆりあが入ったときは一門に入門するというイメージだったのが、今の子たちは会社に入社するという意識になっているというのだが、実際、会社化しているのだし、冒頭のシーンを観ると完全に入社風景だ。

 NHKプラスから、今日の「ニュース7」を観ると、石破が一年生議員に商品券を贈っていたという問題を扱っている。スレッズにも書いてしまったが、左派は自民党を批判したい、自民党内右派は石破を降ろしたいだけで、これはぜんぜん国民のための動きではない。ヘタに石破を降ろし、やばいやつにしゃしゃり出てこられても困るのだ。野党の発言力が強い状態の石破政権というのは、今までの何十年からするとそうとうベターだろう。そのほか、立花孝志が襲われ負傷したという明るいニュースも。

 今夜放送される日本アカデミー賞授賞式を観る前に、TVer だけで配信されていたウェルカムレセプションの様子を観る。ナビゲーターは若林が今年も続投、パートナーは佐藤栞里になった。授賞式の司会は安藤サクラと羽鳥慎一。「キングダム」チームの大沢たかお、山﨑賢人、佐藤信介監督が登場したが、大沢たかおは若林が神泉のカフェでバイトしていたときの常連客だったそうだ。さらにもう1本。これも配信限定のレッドカーペットの様子を観る。俳優陣以外の裏方たちが歩く様子は放送にはぜんぜん出ないから、これは今までも観たことのないものだ。優秀主演女優賞では、ひとり遅れてなかなか出てこないと思ったら草笛光子だ。若い女優たちと一緒に、内野聖陽にエスコートされてレッドカーペットを歩く草笛光子がたまらなく素敵だった。

 そして、放送された日本アカデミー賞授賞式。まずはレッドカーペットのダイジェストを観ながら若林と佐藤栞里がしゃべる時間があり、すぐに最優秀助演男優賞の発表になった。内野聖陽、大沢たかお、岡田将生、佐藤二朗、山田孝之がノミネート。司会の安藤サクラと羽鳥慎一がインタビューし、最最優秀には大沢たかおが選ばれた。最優秀賞に選ばれると、若林と佐藤栞里のところにやってきて、ふたりにインタビューを受ける。最優秀助演女優賞には、芦田愛菜、清原果耶、土屋太鳳、山田杏奈、吉岡里帆がノミネート。吉岡里帆だけ、舞台出演のために会場にはこれず、事前に収録されたリモートインタビューの出演になった。最優秀賞には吉岡里帆が選ばれる。最優秀主演男優賞には、綾野剛、草彅剛、山口馬木也、山﨑賢人、横浜流星がノミネート。草彅剛がひとりだけ軽いトーンでいて、隣りに座るほぼ初対面だという綾野剛にマイクを向けたりする。最優秀賞には横浜流星が選ばれた。最優秀監督賞には、佐藤信介、塚原あゆ子、藤井道人、三宅唱、安田淳一がノミネート。最優秀賞は「正体」の藤井道人。最優秀主演女優賞には、石原さとみ、上白石萌音、河合優実、草笛光子、満島ひかりがノミネート。草笛光子だけ壇上に呼ばれないのかと思ったが、最後に壇上に呼ばれ、インタビューされた。最優秀賞には河合優実が選ばれたが、受賞作は「あんのこと」で、「ナミビアの砂漠」には触れられないのが不思議だ。若林と佐藤栞里のインタビューで気がついたが、そうか、来年は河合優実が司会になるわけか。ここで各部門の発表があったが、河合優実は「ルックバック」もあった。ミセスが受賞した主題歌賞というのは新たに新設された賞なのか。会長功労賞に選ばれた、木村大作、里見浩太朗のスピーチ。西田敏行には協会栄誉賞が贈られた。最後は最優秀作品賞、「キングダム」「侍タイムスリッパー」「正体」「夜明けのすべて」「ラストマイル」がノミネートされたが、どれも観てない作品ばかり。最優秀賞は「侍タイムスリッパー」に決まる。

 今夜の「A-Studio+」は吉岡里帆がゲスト。鶴瓶とはドラマで親子役を演じた。この放送時には能登の舞台に出ていることをこの番組で話していた。鶴瓶は、吉岡里帆と舞台で共演した渡辺えりに取材。藤ヶ谷太輔は仲のいい筧美和子とチャラン・ポ・ランタンももに取材していた。

◇ 読書

 深夜に読書。図書館で借りている、遠山啓「数学と人間」を読み終えた。2022年刊、中公文庫。なんとなく、数学に関する本を読んでみたいという気になり、遠山啓という著者のことは知らなかったが、なんか雰囲気のいい本だなと思って借りてみたらこれが大当たり。文章が平易なのもよく、随想感がある。巻末には大岡信による「弔詩」と、森毅による「異説遠山啓伝」が収録されている。ここに描かれている遠山啓という人物がまたとても面白く、読んでいて興奮させられたほどだ。以下、気になった箇所をたくさん引用する。

P16「二十世紀になってからの現代の数学というのは、ある意味で小学生の数学の考え方に非常に近づいているともいえる。だから最近は、現代の数学の考え方を小学校から教えようという動きが世界全体に出てきた。これは決して不可能なことではなくて、むしろ当然なことであります。つまり発展のいちばん先端のところがいちばんやさしいところと結びつく。こういうところがまた学問の発展の面白いところであります。数学者が長い間かかって考えたことが、いちばんむずかしいといわれているところが、小学生の考え方と似てきたというところもたいへん面白いことであります。」

P35「この『方法序説』というものの中に四つの研究の方法というものを挙げている。これはどういうことかというと、第一は、簡単にいうと「今までいろんな本が書かれ、偉い人といわれている人がいろんなことをいっているが、それは全部疑ってかかれ、それはウソかもしれん、まず第一に疑え」ということが書いてある。」

P56-57「このニュートンの法則があると、科学が今までの過去のことを説明するだけではなくて、未来も予言できるようになった。(略)だからニュートンの力学が出る前と後とでは科学そのものがたいへん変わってきた。」

P62「関数というコトバは日本では数学だけしか使わないことばですが、ヨーロッパでは function という日用語です。function を字引で引いてみますと、まっ先に「機能」という訳語がでてきます。これは日本では日用語です。」

P70「だから関数は大昔からそういう目で見れば幾らでもあったわけですけれども、そういう見方をするということが新しい。数学というのはそういう点では、いろいろな絵とか文学とそう変わらないものです。つまり新しい見方を教えてくれる。」

P74-75「和算、つまり日本の数学は江戸時代に急速に発展して、当時のヨーロッパにくらべても決して劣らないような数々の成果を生みだしました。しかし、そこでは関数の概念はついに生まれなかったといわれております。それは数学以外の物理学や天文学が発展していなかったために、そこから刺激を受けることができなかったためでしょう。その時代には数学だけが孤立しながら発展していたのです。そのために、自然、数学の内部だけに閉じてもらわざるを得なくなったのです。つまり数学は学問的自閉症にかかっていたわけです。そのことが関数の概念を生み出さなかった本当の原因であろうと思われます。」

P83-84「幾何学というのは、数学とわれわれの住んでいる世界、あるいは客観的世界とのつながりを問題にせざるをえない学問であります。(略)幾何学ほどそういう問題がはっきりでてくるものはない。そういう意味で、われわれの住んでいる世界、あるいは客観的な実在というものをどう見るかというようなところでいろいろな考え方がでてくる。それが幾何学はいちばんはっきりでてくる。これは私の考えですが、そういう意味で幾何学が歴史の区切りになっていると思います。」

P85-86「まず、ユークリッドのばあいには、幾何学の出発点となるところの点とか直線とか平面とかいうものが「何であるか」ということが決めてあります。(略)ところが、ヒルベルトにはそれがない。点、直線、平面の、いわゆる普通の意味の定義がないのです。こういうものをヒルベルトは「無定義語」という。点、直線、平面ということばは普通と同じように使っておりますが、それはその本を読んだときよっぽど気をつけなければならないけれども、ヒルベルトが頭の中に描いているのはそういうものではない。ただ慣習によってそういっているにすぎないということであります。こういう点が素人にはたいへんわかりにくい考えであります。何であるかをまず決めないで、議論を始めるのはおかしいではないか。そこのところがわかると現代の数学というのは半分ぐらいわかったといってもよい。そこのところがいちばんむずかしい。」

P87-88「だから点といっているのは定義しないというよりは、つまり実在とのかかわり合いを決めておかないほうが都合がいい。融通無碍にしておいたほうがいい、つまり無定義語にしておいたほうが都合がいいのです。」

P103-104「がんらい無限については古来から二つの対立する見方がありました。その一つは可能性の無限であり、それはアリストテレスによって代表されるものです。(略)この可能性の無限に対してカントルが対置したのは「実無限」といわれるもので、それは数えつくされた無限ともいうべきものです。」

P119-120「さっきいった数学という学問の特徴は、たとえば三すくみの例を三つあげましたが、石、紙、鋏はどういうものであるか、一つ一つのものの性質を研究するのは数学の任務ではなくて、もののほうは一応棚上げにして、相互関係のタイプに重点を置いて研究するのが数学だ。そういう意味で数学を「構造の科学」と想定することができる。いろいろな構造が数学という学問の中にストックされている。(略)数学は名前によりますと、数の学となっています。ところがそれはちょっと違うのです。数学というのは数の計算をやる計算術だというふうに誤解されやすいのですが、特に現代の数学は、数の研究もやりますけれども、それは一部分であって、むしろ構造の研究が主である。」

P123「そういった非常に広く解釈すると、人間の創造的活動は必ず何かの構造に関係がある。新しい構造をつくりだすのがある意味で創造力かもしれない。(略)ところが、あまり一般化してしまうと、何でもかんでも数学になってしまう、あまり広げてしまうと数学者は作曲もしなければならないし、絵もかかなければならないということになって、これはたいへん具合が悪い。そこで一応ふろしきを広げておいてから、今度はつぼめないといけない。数学という学問が研究する構造というものをある程度限定しようというのです。」

P136-137「数学というのは問題があって、きちんと計算して答えを出し、合えばマル、違えばバツをもらうものであった。計算して答えを出すのが数学という学問だった、というふうにお考えかもしれないけれども、実は、それも数学の一部分であるにはちがいないけれども、それよりもっと大事なものは、いわゆる構造を理解する、あるいはもっと広くいって、いろいろな物事を構造的にとらえるということが数学を勉強するいちばん大きな狙いだということになってくると、問題の答えを出すのを少しぐらい間違えたって、構造というものを正しくとらえることができれば零点にしなくてもいいのではないかと思う。そうなると見方がかなり変わってくる。」

P137-138「こういうことになってくると、今までの数学の四つの時代の特徴は、簡単なことばでいうと、古代は経験である。そして帰納的である。中世は演繹的である。しかしそれは動的でなくて静的である。近代は動的である。現代はいまいったように構成的である。また構造をつくり出す、こういうふうになってきているといってよろしい。」

P140-141「もう少し広いことばでいうと、近代までの数学は、芸術のことばを借りると自然主義、あるいは写実主義等にたいへん近い。ありのままのものを忠実に写しとる写真のようなものである。現代の数学は必ずしもそうではなくて、二十世紀になってでてきたアブストラクトの絵だとか、あるいはシュール・リアリズムのような傾向をかなり持っている。」

P147「西瓜を割ってみる方法を解剖法とかりにいうとすれば、叩いてみるのは打診法です。人間は打診によって、中をみないでもいろんなものの構造がよくわかる方法をいろんなところで知っているわけです。(略)解剖がやれないときは打診する。ちょうど群論は打診法に当たるわけです。ものをある操作でもって動かしてみる。その動き方でその構造を知る、こういうやり方がでてきた。」

P159「人間にとっても概念の世界は不連続であるが、感覚の世界は連続的であるといえるだろう。そこに恐らく人間の避けることのできない宿命のようなものがあるといえるかもしれない。」

P165「読んで字のごとく、微分は無限に細かく分けることであり、積分は一度細分したものをもう一度積み重ねてもとにもどすことである。数学の言葉でいうと、微分と積分は逆演算、すなわち逆の手続きである。たとえば「はいる」と「でる」、「売る」と「買う」、「昇る」と「降りる」のようなものである。そのことに初めて気づいたニュートンとライプニッツが微分・積分学をつくりだしたのである。」

P173「二十世紀の数学に新しい出発点を与えたのはゲオルク・カントルの集合論であった。集合論の特徴が本質的には何であるかについてはいろいろの異論があり得よう。数学に現われる無限の理論に確立する点に集合論の意義をみとめようとする人もあろう。しかし、私は当面の目標にふさわしいものとして、集合論のもう一つの特徴である分析的な手法をここでは強調してみたいのである。」

P176「しかしここで忘れてならないのは、原子にまで分解されるのは図形だけではない、ということである。図形に関するもろもろの法則そのものがまた分解の対象となるのである。」

P179「英国の数学者ハーディが「数学者は、画家や詩人と同じように、型作り人である」といったが、彼のいったように数学者は型をつくり、型をしらべるのである。」

P193「それまでの数学が研究の対象としたのは、数にせよ、文字にせよ、図形にせよ、おしなべてそれは「もの」の概念であった。それがどのように抽象的であるにしても、実態概念であることに変わりはなかった。しかしガロアが問題にしたのは「はたらき」、操作であり、機能概念であった。もちろんそれまででも操作そのものは数学のなかにしばしば現われてきたが、それはあくまでも実体につきまとう付随的なものとしてであった。しかしガロアは操作そのものを数学の中心課題としたのである。」

P212-213「教育学の人に言わせると、数学は人間形成と関係がない、数学は用具学科だという。何か大きな目的に対する手段として利用する学科だというのである。この考えは古くからいわれているらしいが、戦後では社会科が重要視されているのと関係があると思われる。(略)しかし、私はそうは考えない。数学をやることによっても人間はできる、望ましい人間形成ができると思う。数学者および数学教育者も人間形成を考えていいと思う。数学だけではなく、すべての学科が人間を作ることをめざすべきで、たんなる用具学科は教育の中にないほうがよいと思う。」

P214-215「今まで昔からあった数学軽視の傾向について述べたが、もう一つ、戦後に起きた生活単元学習的な考えが数学軽視の傾向を助長したと思う。生活単元学習と、その背後にあるプラグマティズムは数学と相いれないものを持っている。その人たちの考えによれば、数学はたいして必要のないものとして軽視されるのである。数学では小学校一年からすでに自然数がはいってくる。これはわれわれから見れば何でもないことであるが、一面から見ると、この中にはすでに高度の抽象がある。一匹、一羽、一個は存在しても、〝1〟そのものはそれらの抽象である。未開人種の中には、この抽象がまだできていないものもあるとい。数学はこのように最初の出発から高次の抽象によってはじまっている。これはプラグマティズムでいう生の経験を主とする考えとは相いれないものである。だから、生活単元学習では必要以上に数学を低く見てしまっている。」

P217「漱石の『坊っちゃん』では、主人公の〝坊っちゃん〟と〝山あらし〟はふたりとも数学の先生である。その筋を追ってみても、ふたりが数学の教師である必要はまったくないのである。それにもかかわらず、漱石がなぜふたりを数学の先生にしたかというと、彼は数学者かたぎというものがあり、数学が、やはり、何か人間形成に影響があり、人間の性格のある望ましい面を作ると認めたからであろう。一口にいえば、坊っちゃんは単純、山あらしは頑固である。ところが、単純さと頑固さは数学の大きな特徴である。漱石は、数学の、この性格を二人の人物の中に具体化してみせたのだと思う。」

P219-220「リンカーンは貧しい家庭に育った人で、少数の本を精読した人であるが、その中にユークリッドの幾何学があった。彼は論証の力をねるために読んだと言っている。しかし、数学そのものは彼の実務の役には立たず、財政のやりくりはへたであったそうである。リンカーンから四代後の大統領・ガーフィールドはピタゴラスの定理の新しい証明を発見している。フランクリンはアメリカ的合理主義の元祖であると言われているが、彼のほかにも米国の初めの時代には大統領や政治家に数学の好きな人が多かった。そのころの政治家は理屈の通る健康な社会を目ざして奮闘していたと思われる。力のあるものが出世できる社会の気分が数学の気分と似ていたと考えるのはあながちこじつけではないと思う。(略)数学の好きなリンカーンの時代と、プラグマティズムがはばをきかせている現在のアメリカの社会とに大きな相違があることは、やはり、数学が人間の社会に影響されることを示す一つの証明になると思う。」

P228「山あらしは非常な正義感で勇敢な男であるが、正確に偏狭なところがないではない。彼の偏狭さをもっと寛容にするには芸術などの他の学科で補うべきである。数学がたんなる用具学科でないこと、数学もまた人間形成に大切な学科であるということを、われわれ数学教師もいちおうまとめておかないと、他の教科の人に議論を吹きかけられたときに太刀打ちできないので、以上のようなことを考えてみた。」

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2024年3月8日金曜日

3月8日金曜日/たけしの喪失感

◇ テレビ・ラジオ

 昨夜は寒さでよく眠れず、何度も目が覚めた。録画していたテレビ番組をいくつか。今朝の「ブギウギ」では、スズ子の父、柳葉敏郎が亡くなった。じつの母である中越典子と再会し、愛子ちゃんから見れば祖母なのだが、ここの年齢のバランスに奇妙だ。いっぽうでは木野花がいるだけに、木野花の役はいったい何歳なんだろう。

 なかなか観る時間が作れずにいた、先々週の金曜に放送された「徹子の部屋」の特番をようやく観る。テレビ朝日開局65周年記念番組。「徹子の部屋」は 49年目突入という特番だ。最初のゲストには芦田愛菜が登場する。この特番は公開収録なのか、観覧客の反応する声が入っている。画面にはごちゃごちゃと文字が入り、普段の「徹子の部屋」よりも視覚的にうるさい。2011年放送、6歳で初出演したときの映像が流れ、これはリアルタイムでも観た記憶があるが、6歳の愛菜ちゃんのかわいさに涙が出てくる。「徹子の部屋」には悠久のときが流れている。ふたり目のゲストはマツコ・デラックス。かつて、この番組の特番では大谷翔平とも共演していたのか。マツコと一緒に、名女優名場面集を観るコーナーもあり、池上季実子、いしだあゆみ、夏目雅子、大原麗子、加賀まりこ、松坂慶子、風吹ジュンの過去の出演回の映像が流れた。さらに、新たに発見されたという越路吹雪の映像も流れる。越路吹雪の遺品のなかから本人が録画していたものが見つかったというその映像は、1976年放送、越路吹雪は 52歳。「フラッシュクイズ」のコーナーでは、関根勤が越路吹雪のものまねをやってみせていた。3人目のゲストは藤井聡太。野間四賞の授賞式のスピーチで直接オファーをしたそうで、野間出版文化賞というのをよく知らなかったが、ホームページには「出版にまつわるすぐれた表現活動を行った個人・団体の中から選びます。」と書いてある。去年の受賞者が、芦田愛菜、藤井聡太、黒柳徹子という3人だったんだ。

 昼はラジオ。「ビバリー昼ズ」をつけておく。ラジオのニュースによると、今朝は雪が降っていたのか。積もるほどの雪だったようだが、ぜんぜん知らなかった。

 午後から都内に。もっと早く出るつもりでいたのに、ずいぶん遅くなってしまった。電車に乗る前にスレッズを見ていて、鳥山明の訃報にびっくりする。正午には公表されていたのか。急性硬膜下血腫。68歳ということだが、年齢のイメージもなにもないひとだった。同世代のマンガ家といえば誰になるのかも、ぱっと浮かばない。

◇ 渋谷

 渋谷に出て、まずは遅めの昼食。新南口の富士そばに入り、カツ丼を食べた。580円。帰りは夜遅くなる。帰りの電車内で、タイムフリーで、先週金曜の「伊集院光のタネ」を聴いた。パートナーはつぶやきシロー。テーマはファミコン。

◇ テレビ・雑誌

 深夜に帰宅し、録画していた「日本アカデミー賞授賞式」を観る。結果を知らずに観たかったから、SNSも開かずに帰ってきた。ナビゲーターは今年も若林正恭と水卜麻美。会場の司会は羽鳥慎一と岸井ゆきのが務める。助演男優賞が並ぶ場面では、司会をしながら呼吸ができなくなってしまう岸井ゆきのを大泉洋がフォローしていた。加瀬亮が「首」からはただひとりノミネートされていたが、撮影現場の様子を少しだけでもここで聴けるのが嬉しい。最優秀助演男優賞は「月」の磯村勇斗。最優秀助演女優賞には「ゴジラ-1.0」の安藤サクラが選ばれた。安藤サクラは昨年の受賞者でもあり、自身がプレゼンターとなり、自分の名を発表した。最優秀主演男優賞は「PERFECT DAYS」の役所広司。優秀監督賞はそれぞれのインタビューもなく、最優秀賞があっさりと発表され、出席していないヴィム・ヴェンダースが受賞し、役所広司が代理でスピーチした。主演女優賞では、安藤サクラと浜辺美波は助演賞とのダブル受賞になった。浜辺美波はゴジラと仮面ライダーで受賞なのだね。最優秀主演女優賞には「怪物」の安藤サクラが選ばれ、最優秀助演女優賞とダブルで受賞する快挙となった。その他、各賞はダイジェストで紹介される。会長功労賞の受賞者のひとり、小林旭が出席し、スピーチもしていたのにはちょっとぞくぞくさせられる。小林旭は今の受賞者たちをどう見ていただろう。最後に最優秀作品賞が発表、「ゴジラ-1.0」が選ばれた。

 深夜にSNSを開き、今度はTARAKOの訃報を知った。63歳。楽天マガジンで雑誌のチェックをすると、「週刊ポスト」のやくみつるの連載では、4コママンガの1本は高橋春男を、もう1本はエスパー伊東と南部虎弾をネタにして追悼していた。たけしの連載は、まずは大谷翔平の結婚について語る。「今回の報道でガックリきた人は多い気がするぜっての。実はかくいうオイラも今回のニュースを聞いて結構ショックを受けたんだよ(笑)。これまで毎朝のように大谷の試合を見てきたからかな。アイドルの追っかけじゃないけど、誰か特定の人を選んだんだと思うと、どうも〝喪失感〟があってさ。」なんと、たけしが大谷の結婚に喪失感を感じているとは驚いた。大谷について語ったあとには、「ブラタモリ」が終了するタモリに対する感慨を語っている。「まァ、気持ちはちょっとわかるよ。オイラも最近はヘロヘロだからね。タモリはオイラよりも年上だから、なおのことそうなんじゃねェかな。」「ただ、オイラとタモリは芸人としての成り立ちというか、世に出てくるまでの流れがまるで違う。(略)目の前の客にウケなくて辛い思いをしたことはないんじゃない? そう考えると、オイラのほうが随分と泥臭い経験をさせられたもんだよ(笑)。ただ、泥臭い思いをしてやっと世に出たという自負はあったし、芸人というより文化人に近いポジションだったタモリに対して、お笑いでは負けていないという気持ちがあった。もう随分と昔のことだけどね。」

2024年1月24日水曜日

1月24日水曜日/郵便局に用がある

◇ テレビ

 朝早くに起きあがり、配信が始まった ZAZEN BOYS の新アルバムを Spotify で聴きながら、ブログの更新をひとつ。それから、録画していたテレビ番組をあれこれと。昨夜の「さんま御殿」はマンガ家特集。ゆでたまごの嶋田隆司、のむらしんぼ、福本伸行、小山宙哉、鳥飼茜らが出演していた。昨夜の「新しい学校のリーダーズの課外授業」では中華まんを作る企画があり、「アンタウォッチマン!」でも中華まんを開発する企画が続いていて、どういうわけか、同日深夜、同局の2番組が中華まん企画に取り組んでいた。

◇ 二俣川

 午後、駅前まで外出。注文した古本を郵便局で受け取るようにしておいたのだが、身分証が必要だとはうっかりしていた。パスモを作りなおしたときと同様、古い保険証でいけるだろうかとおそるおそる出してみたが、今回も問題なし、無事に荷物を引き取れ、ほっとする。ダンボールひと箱ぶんの荷物なので、これはいったん持ち帰る。二俣川の旭郵便局にも行く必要があり、またすぐに出なおし、先に昼食にしようと吉野家に寄っていく。肉増量キャンペーン中につき、牛すき丼の大盛りを食べた。644円。

 年末に再発行の手続きをしたクレジットカードが、昨日、ようやく届けられたようだが、不在通知があり、再配達はしてもらわずに、これも郵便局まで受け取りに行くことにした。これは駅前の郵便局ではなく、旭郵便局で預かるんだな。ここでも古い保険証を見せて受け取ろうとするが、最近は不在通知を盗んだ他人が受け取る被害があるようで、注意を呼び掛ける貼り紙がしてあり、厳重のために、ここでは保険証のコピーをとられ、少しひやひやした。まあ、コピーをとられても、受け取り人から届いていないというような連絡がなければ、いちいち確認されるものではないだろう。

 二俣川駅まで戻り、ドン・キホーテのダイソーに寄っていく。イヤホンの片耳が聴こえなくなってしまい、330円のイヤホンをまた買いなおした。今までのイヤホンはそれなりに長持ちした気はする。ジョイナステラスの行政サービスコーナーにも寄り、図書館の本を1冊返却していく。ドトールに入り、ひと休み。読書をしてから帰る。

◇ ラジオ・テレビ

 帰り道、歩きながら、「伊集院光のタネ」をタイムフリーで聴いた。今日のテーマは「行列並びました」。ディズニーランドの行列に並んでいるときに、妻が子どもを激しく叱ったら、よその子たちも一緒に泣き出してしまったというメールがかわいかった。別のメールでは、8時間もの時間を一緒に行列に並んだことのある友だちが亡くなり、その時間がかけがえのない思い出になったという話もあった。行列というシチュエーションがこんなにもドラマになるのか。

 夜遅くに帰宅し、録画していたテレビ番組をいくつか。「水曜日のダウンタウン」は追っかけ再生で観てしまう。松本の出演はこの回が最後になるようだ。前半は「テレビのロケが一度も来たことのない店 東京23区内にも探せばそこそこある説」。オードリー春日と鬼越トマホーク金ちゃんのペア、トム・ブラウン、きしたかのの3チームが競った。それにしても失礼な企画だ。後半は、以前もやったことのある「説教の達人」の第2弾。鬼越坂井が空気階段もぐらに、ナダルがゴスケに説教をしながら挑戦する。せっかくの松本最後の回だから保存しようかとも思っていたが、今回の内容はちょっと弱いな。来週からはどうなるだろうか。

 夜にもブログの更新をしようとしたが、眠気がひどくなり、中断する。しかし、眠ろうとすると、寒さでなかなか眠れない。深夜にツイッターを開くと、日本アカデミー賞のノミネートが発表されていた。こんな深夜0時過ぎに発表されるのか。作品賞、監督賞にヴェンダースがノミネートされていて、ノミネートの条件ってどうなってるんだろうと思い、日本アカデミー賞のホームページを確認してみると、「邦画洋画の区別は、日本アカデミー賞協会の基準に基づいて判定しています。」と書いてあった。いや、その基準を書いてほしいのだけれども。「福田村事件」もノミネートされていて、今回はちょっと面白そうだ。「首」はスルーされるのかと思えば、加瀬亮が助演男優賞にノミネートされていた。スタッフの賞なんかは多く獲っているから、作品賞はたけしが出席を蹴ったのかもしれないな。

2023年3月12日日曜日

3月12日日曜日/三度目の横浜狂言堂

◇ テレビ・ラジオ

 夜中に何度か目覚めつつ、朝7時半頃に起きあがる。いつも何時間眠れているのか、この日記を書いていないとさっぱりわからなくなる。(非公開の下書きには書き記してある。)朝、録画していたテレビ番組をいくつか。昨夜に途中まで観た「日本アカデミー賞授賞式」の残りを観てしまう。去年は日本映画をほとんど観ていないから、知らない映画もずいぶん多かった。最優秀作品賞の「ある男」も、情報は少しは目にしていたのかもしれないが、まるで認識していない作品だった。若林、水卜アナのナビゲーションの部分だけ、珍しいかもしれないから保存をしておこう。今朝の「ボクらの時代」は、浅野いにお、斎藤工、竹中直人という顔合わせの鼎談。浅野いにおのすがたをテレビで観るのは初めてだ。これも映画の話題。竹中直人の監督最新作の原作が浅野いにお、主演が斎藤工という関係。

 タイムフリーで、金曜の「トーキョー・エフエムロヒー」を聴くと、ヒコロヒーが、Netflix の「西部戦線異状なし」を絶賛していた。オンタイムのラジオに切り替え、FMヨコハマの石井竜也の番組をつけておく。こちらは高田純次がゲスト。




◇ 狂言

 午後は外出。もたついていたら、乗ろうと思っていた電車に乗りそこねてしまい、1本遅くなった。平沼橋に出て、まず、まいばすけっとに寄り、栄養ドリンクとドーナツを買い、歩きながら食べる。セブンイレブンに寄り、チケットを引き換え、紅葉坂の横浜能楽堂まで。時間を心配したが、ゆうゆう到着する。今月もまた、普及公演の「横浜狂言堂」。今年の1月に初めて観て、それから3ヶ月連続で観ることになる。なんとか、毎月連続して通いたいと思っているのだが、毎月毎月、まったく金に余裕がなく、ひいひい言いながら、今月はようやくチケットを予約したのが5日前の火曜日だったが、しかし、芸能を理解するには通うことがいちばんなのだ。まわりに誰もいない席をとったら、そのあとも埋まらず、結果的には、遅く予約したために快適な席を確保できた。これだけ空席があるのならば、次回からは当日券で入ってもいいかもしれない。14時開演。まず、鈴木実というひとが解説に登場する。茂山千五郎の一門のようだが、狂言師でもこういう普通の名前っぽいひともいるのだな。言葉から関西だとわかるが、京都からやってきたと始めに自己紹介した。まず、楽屋口の近くに咲いていた桜の話題から入り、解説の前に客をほぐしていく。先月、先々月の解説よりも、このひとは話がうまい。解説の時間は10分の予定だったようだが、やや長めに、12分と自分で言っていた。前半はまず、「飛越」という演目。先月、先々月と眠くなってしまったが、今回はようやく集中して観ることができた。アクションが可笑しく、笑うべきところで笑えたと思う。休憩時間には、ペットボトルをロビーにもっていって飲んだ。ちょっとくらいなら客席で飲んでもいいのかもしれないが、まだ雰囲気がわからないから、念のため、用心してロビーで飲む。休憩後は「鼻取相撲」という演目。これは45分あると最初に解説されていたが、バランスでいうと、今日の公演は後半のほうがずっと長いということだ。ちょっと退屈な部分もあったが、これも面白かった。作りものの鼻だけが舞台に残されて終演する。公演時間は1時間半ほど。



 狂言を観たあとは、今月も県立図書館に寄っていく。1階から3階まで、ひととおり棚を眺めてみたけど、1階にも興味のある本が多くあることがわかった。今月もなにか借りていこうと思うが、なにしろ、買ってある本も多く、あれも読まねばこれも読まねばという状態だ。なるべく簡単に読めそうな本にしておこうと、今月も音楽の棚から2冊、近田春夫「筒美京平 大ヒットメーカーの秘密」と、大和田俊之「アメリカ音楽の新しい地図」を借りていく。県立図書館で1時間以上つぶれてしまったが、野毛山のほうに進み、中央図書館にも寄りたかった。しかし、着いたときにはもう閉館10分前だった。うっかりしていたが、日曜は17時までなのか。とりあえず、1階をぐるっとまわっただけですぐに出るが、県立図書館に比べると、こちらのほうが一般書がとても多いようだ。



◇ 野毛・伊勢佐木町

 野毛坂を下り、都橋商店街のほうに向かうと、スナックなんかが入っている雑居ビルの1階がブルーシートで覆われていて、警官のすがたもある。絵に描いたような事件現場だ。さすが、街のイメージにぴったりだなと思い、写真を撮りたいなと少し立ち止まり、様子をうかがったが、結局、怒られそうで決心がつかずに通りすぎた。

 イセザキモールに出て、遅めの昼食。おなじみの和記食坊に入り、鶏肉とカシューナッツ炒めを食べた。720円。ドトールに入り、ひと休み。しばらく読書をしていく。そのあとはブックオフに寄り、80円の文庫本を1冊、110円の文庫本を1冊、220円の文庫本を2冊買う。横浜駅まで歩いて帰り、歩きながら、タイムフリーで、今日の「爆笑問題の日曜サンデー」を途中まで聴いた。

◇ テレビ

 夜遅くに帰宅し、録画していたテレビ番組をあれこれと。今日の「TVタックル」は、またWBCの特集だったが、江川卓、松中信彦、岡田圭右、磯山さやかという先週とまったく同じメンバー。2週分をまとめて収録したのだろうか。しかし、これは冒頭だけで、すぐに別のテーマになり、メンバーも入れ替わった。「サンデージャポン」も観ると、こちらももちろん、WBCの特集から始める。昨夜の「Nキャス」は、浅草のバッティングセンターから中継し、野球ファンでにぎわっているというのだが、まだ試合が終わっていない時間なのに、試合も観ないでこんなところにきているんだから、WBCはに興味がないひとたちじゃないのか。

2021年3月19日金曜日

3月19日金曜日/容姿侮辱演出

◇ テレビ

 今日はなにも予定はなく、朝からのんびりと「グッとラック!」を観ていた。番組冒頭にまず、渡辺直美の〈容姿侮辱演出〉について。昨日、渡辺直美もコメントを発表していた。それも踏まえて、スタジオでは意見が交わされる。

 田村淳「僕自身もバラエティ番組で今まで、じゃあ、ふり返ってそういうことをやってなかったのかっていったらやってきたこともありますし、ただ、やっぱり、感覚をアップデートしていくっていうことが、僕自身もやらなきゃいけないなと思ったし、うーん、すごくなんか、オリンピックの内部のひとの話と、テレビのバラエティの世界は別だっていう考えかたもあるけど、やっぱりもう、別だけじゃだめなのかなとも思い始めましたね。」

 アンミカ「なにか不気味だなと思うのが、これを1年後に出されて渡辺さんも戸惑いますし、ブレストっていう、普通世の中に出ないもの…、広告のひとたちってよく量が質を生むから、とりあえずぎりぎりのアイデアを量で出し合って、そのなかから質のいいものを作っていって、判断を保留するっていうこともされるらしいんですよ。やっぱりそのなかで、自浄作用で、そんなことはだめだよねって、言い合って、そうだったよね、これはやめようって下げていく…、それは一応できてるわけじゃないですか。わざわざ、おもてに出すことで傷ついたり困るひとがいるものを…、もちろん、ブレストの段階でも出ること自体が失礼な内容なんですよ。なんですけど、それをわざわざ1年後に出すっていうことが、すごく気味が悪いというか、降ろしたい意図がすごく強く出たのか、本当にこういう発言が許せないってことで1年も温めてたのか、っていう不気味さは感じます。」

 芸人としてやりにくくならないのかという上地雄輔の疑問に、淳は「やりにくくなるんだと思うよ。」「でも、そこをせめぎあっていくしかないんだと思うんだよね。」と答えていた。



◇ 生活

 夕方から外出。レターパックを出す必要があり、まず、駅前の郵便局に。れんげ食堂に寄り、スタミナ丼を食べていく。コーナンで買うものがあるため、星川まで。買いものだけしてすぐに帰るのもつまらないから、先にマクドナルドでしばらく読書をした。ホームセンターというのはクルマの客を想定して作られているのか、徒歩で行ける範囲にあれば、わざわざ星川まで出かけたくはない。プチプチとダンボール板みたいなものを電車で運搬するのも労力だが、ついでに、ずっと欲しかった低反発クッションも買った。

 夜、アマゾンプライムで映画を観始めるが、どうも惹かれず、途中でやめた。いったん眠り、深夜に目覚め、録画しておいた「日本アカデミー賞授賞式」を観る。俳優たちがなんだか全体的にかなり若くなっている印象を受ける。最優秀作品賞は「ミッドナイトスワン」。「ミュージックステーション」の2時間特番も録画してあり、ざっと早まわしで観た。DA PUMP の新曲、「指パッチン」で始まる歌詞が、突飛なようでドラマチックな面白さもある。shungo. という作詞家は何者なのか。男性ダンスグループがほかにも数組。Toshi が「うっせえわ」を歌う企画もあり、この歌の歌詞をここで初めてちゃんと知った。

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