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2021年3月20日土曜日

3月20日土曜日/村上ポンタ秀一の自伝

◇ テレビ・ラジオ

 朝、録画しておいた「サワコの朝」を観ると、野村万作、萬斎、裕基が、親子三代そろって出演していた。裕基くんの子どものころの稽古風景を観ていると、涙が出てくる。TBSラジオ、「ナイツのちゃきちゃき大放送」をつけると、オープニングで佐々木宏を話題にしていた。塙さんはマクドナルドのCM撮影で会ったことがあるのだ。午後は文化放送、「田村淳のNewsCLUB」をつけておく。ニュース解説に、神奈川新聞の田崎基記者が出演していた。ツイッターで名前を見かけるひとだが、この番組にはよく出演しているのだろうか。

 夕方、ヤマトの営業所まで。二俣川に出て、くまざわ書店に寄っていく。立ち読みしそびれていた「週刊文春」をチェックしようとしたら見当たらない。例の渡辺直美の記事が載っているわけだが、売り切れてしまったんだろうか。アマゾンにはまだ在庫がある。ドトールに寄り、アイスコーヒーとジャーマンドックを注文した。読書をしていると、大きめの地震があった。その場でニュースを確認すると、宮城県で震度5だと。

◇ 読書

 村上ポンタ秀一「自暴自伝」を読んだ。以前から読みたいと思って手元に置いてあった本で、記憶が混乱するが、訃報の前になぜか読み始めていたようで、妙なタイミングになった。読み始めてみたらこれがべらぼうに面白い。文庫解説の小西康陽は、音楽の「あばらかべっそん」と書いている。(小西康陽が正岡容の役どころと書く)真保みゆきによる聞き書きというかたちをとった、語られる自伝なのだが、芸談という側面もある。村上ポンタ秀一という名前をいつ覚えたのかわからないのだが、テレビ番組で演奏しているのをよく目にするドラマーであった。「ポンタ」という名は子どもの記憶に残る。この本のなかでも触れられていたが「やまだかつてないテレビ」にも出ていた。しかし、ジャズドラマーなのかなという漠然としたイメージはあったが、その経歴を考えたこともなく、この本を読んで初めて認識したことばかりだったが、関西人というイメージもなかった。赤い鳥のメンバーだったというのもいつ知ったのだろうか。あの「翼をください」と村上ポンタ秀一というのがどうも結びつかなかったが、赤い鳥もけして「翼をください」だけのバンドではまったくないというのはだいぶあとになって知った。自分の聴いてきた音楽をさかのぼっていくと、日本のロック史のようなものはなんとなくつかめていったが、それは東京のロック史で、関西にはまた別の歴史があるのだ。東にティン・パン・アレーがいた時代に、西には赤い鳥がいた。あるいは、スタジオミュージシャンとして関わった歌謡曲の数々のすさまじさ。この本にあるこのあたりの話は、一般読者に訴求力があるんじゃないかという聞き手の狙いもあり、まさに、自分のような読者にはここがすこぶる面白い。ピンク・レディー、山口百恵、郷ひろみ、沢田研二など、同時に、筒美京平や都倉俊一といった職業作曲家についても語られる。まあ、登場人物のじつに多種多彩なことに圧倒されるが、それだけ、関わってきた仕事のジャンルが多岐にわたるということであり、この人脈がこの本の大きな魅力になっていて、山下達郎や大貫妙子、吉田美奈子、YMOの面々、80年代になると、矢沢永吉、尾崎豊、井上陽水、玉置浩二、泉谷しげる、忌野清志郎といった名前が登場する。仲がいいのかと思うとボロカスにけなしたりして、どっちなのかと思うが、やっぱり仲がいいのだろう。その容赦ない人物評が面白い。要するに、ひとったらしというやつで、村上ポンタ秀一の語り口が見事にこの本には表されている。70年代にはヘロインの不法所持で逮捕されているというのも知らなかった。今、アマゾンで五千円近い値がついているが、それでもこの本は売るのが惜しくなる。

 夜に帰宅し、音楽でも聴きながら早めに眠ってしまおうとするが、眠れずにラジオをつけた。「桑田佳祐のやさしい夜遊び」を聴くと、やはり、村上ポンタ秀一の死に触れていた。「六本木のベンちゃん」のドラムもそうだったのか。ラジオを聴きながらようやく眠り、深夜に目覚めると、大瀧詠一がサブスク解禁になっていた。

2021年2月17日水曜日

2月17日水曜日/文章予測


◇ 貧乏暇なし

 今日は朝から横浜に用事があり、昼食は東口のモスバーガーで、テリヤキチキンバーガーとネーブルコーラを。ネーブルコーラというものを初めて飲んだ。平沼のブックオフにも寄ったが、なにも買わなかった。読書がしたく、ドトールにも2時間半ほど。夕方に帰宅する。

◇ ラジオ

 タイムフリーで聴いた「ナイツ ザ・ラジオショー」。今日のゲストはバカリズム。ナイツとはマセキ芸能の先輩後輩の関係で、ともにまだ有名でなかった時代の話が面白い。バカリズムが内海好江師匠の話をするのは初めて聴いたかもしれない。ウッチャンナンチャンと同じく、バカリズムも日本映画学校からマセキ芸能というコースで、日本映画学校では好江師匠のクラスだったのだ。「好江師匠には目ぇかけられてたから。で、おれらが卒業して2年ぐらいして、からだ崩されて。」「やる気あるんだったらうちの事務所に入ったらって言ってくれたのも好江師匠だから。あんたら、よくわかんないんだけど、なんかでもねえ、たぶん面白いはずだから、ほかにないからやってみたらみたいなこと言われて。」

 今朝の「伊集院光とらじおと」は野村萬斎がゲストで、これも面白かった。コロナ禍で公演が中止になっていったが、薪能などで、中止には慣れているというのである。われわれのやっていることは日々の研鑽で成り立っているものだから動じないのだということも言っていた。

◇ 今日の読書

 石黒圭「文章予測 読解力の鍛え方」を読んだ。角川ソフィア文庫。2017年刊。タイトルに興味をもち、薄い本だからすぐ読めるだろうと思って読んでみた。もともとは、ちくまプリマー新書で出ていた本だということもあり、平易でとても読みやすかった。文章予測の例文を読んでいくと、一文ごとに、読者によって予測される事柄が疑問文のかたちで挟まれていて、まるで漫才みたいだなと思いながら読んだが、続きを読んでいくと、そのあとには「文章理解は文章を媒介にした読み手と書き手の疑似対話」だと書いてあった。漫才というのはあながち間違いではなく、読み手は聞き役のようにして文章を読んでいくということだろう。そして、予測することが文章を読む推進力になっている。だから、さまざまな文学作品の冒頭には欠落感が用意されているというのは面白かった。娯楽作品における、怖がらせる、笑わせる、ほっとさせるテクニックは、読み手の予測を利用している。著者はまったく知らないひとだったが、冒頭にサンキュータツオ氏の文章が引用されていて、あとがきを読むと、タツオさんは早稲田のゼミの後輩なのだそうだ。

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5月20日土曜日/「THE SECOND」

◇ 神保町  朝から都内に。小雨だが、予報ではすぐに止みそうなので、傘はもたずに出た。気温も読めず、パーカーを着ていく。今夜は「THE SECOND」を観なければならないから、余力を残しておきたかったが、想定していたよりも時間に余裕が作れなかった。昼は神保町。土曜はランチをや...