ラベル インディアンス の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル インディアンス の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2022年7月14日木曜日

7月14日木曜日/ビニール傘は必要なし


◇ 高円寺・代々木

 今日も朝から都内に。どうも疲れがとれず、からだが痛い。まず、高円寺のほうに用があり、それから、昼には代々木のほうに移動した。ガッツソウルという店に入り、ランチメニューの焼肉丼を食べた。650円。この店は二度目。安くて美味い。ブックオフにも寄り、「すばる」の7月号を220円で買った。マクドナルドに入り、ひと休み。スマホの充電をしたかったからだが、バッテリーの落ちるペースがいよいよ早くなっている気がする。マクドナルドでトイレに入りたかったが、いくら待っても、ぜんぜん空かないのには困った。あきらめて、今日はもう、小便はしないことにする。

 夕方頃に雨降りになり、間が悪いことに、駅から離れた場所にいるときにざんざん降りになってしまい、これは傘を買わざるをえなかった。近くのスーパーに飛び込み、ビニール傘を1本と、ついでにドーナツを買い、歩きながら食べた。

◇ 読書・テレビ・雑誌

 帰りの電車内で、水木しげる・荒俣宏「戦争と読書 水木しげる出征前手記」を読み終えた。2015年刊、角川新書。共著のかたちになってはいるが、水木しげるの出征前手記に、荒俣宏が解説のような読みものを書いたという本で、水木しげるが新たに書いている部分はなにもない。確認してみると、この本が出た少しあとには水木しげるは亡くなっていた。個人的には、水木しげるは今まであまり読んでこなかったから、知らないことも多いのだが、のちに水木しげる自身から語られるユーモラスな戦争体験とはまた違う、ごく平凡な青年としての苦悩を、荒俣はこの手記から読み取る。そして、水木がこの時期に集中して読書をしていたこと、この手記は一種の読書日記としての側面もあることに着目する。当時の読書事情について書かれていることも面白く、その時代の青年たちに大きな影響を及ぼしたという、阿部次郎「三太郎の日記」という随筆はここで初めて知った。「じつは、このような「告白録」めいた青春の日記は、それまで日本にほとんど見られない種類の著述でした。日本では、日記をつけることは季節のうつろいを文学的に文学的に記録する営みでしたし、自分の内部よりも外部のうつろいを映す詩編でもありました。なにしろ、日本語の文法に「主語」というものはほとんど出てこないのですから。そこに現れたのが、キリスト教の「告白録」みたいな、主語を必要とする「日記」でした。」「そうなると、『三太郎の日記』には情緒やわび・さびは必要ありません。毎日毎日ああでもないこうでもない、一歩進んで二歩下がる、というような思索の汲み上げに取り組んだ「重労働」なのです。」「なにしろ主人公の名が三太郎であります。三太郎とは、当時あまりほめられた名前ではなかったのです。その証拠にこの本を贈呈された夏目漱石も、いや、すばらしい本をありがとう、と言っておきながら、「でもこのタイトルはないよね。三太郎は気に入らないな」と漏らしたくらいなのです。」

 帰宅前にはだいぶ小雨になっていて、タイミング次第では、傘なんか買う必要はなかっただろう。無駄なものを買うはめになった。夜に帰宅し、録画していた「徹子の部屋」を観ると、今日は追悼特集だった。西郷輝彦、山本圭、西村京太郎、田沼武能の過去の出演回の映像が流れる。

 昨夜の「水曜日のダウンタウン」は、後半の「大江裕なら裏の顔がどんなにヤバくてもさほど違和感なく受け入れちゃう説」が面白かった。大江裕って誰だろうと思ったが、北島音楽事務所の歌手だ。これは笑ったなあ。なぜこんな企画を思いついたのか。「あちこちオードリー」は、井森美幸とインディアンスがゲスト。ラジオを聴いているとやたらと話題にされている、きむとAマッソ村上のケンカの話をここでもしていた。しかし、インディアンスにはそこまでの興味がない。井森美幸の話をもっと聴きたかった。

 楽天マガジンで雑誌のチェックをすると、「週刊文春」に、笹山敬輔「ドリフターズとその時代」(文春新書)の書評があり、評者は高田文夫先生だ。しかし、読んでみると、書評というか、半分は高田先生の体験談が書かれていた。

2021年12月19日日曜日

12月19日日曜日/「M-1グランプリ2021」

◇ ラジオ・テレビ

 早朝、タイムフリーで、昨日の「ナイツのちゃきちゃき大放送」の続きを聴いた。「常連さん」は能町みね子。11時台、柳楽優弥がゲストの部分は事前収録だった。続けて、「石橋貴明のGATE7」をオンタイムで聴きながら、少し眠りなおす。目覚めてまず、ブログの更新をひとつ。それから、録画していた「サンデージャポン」を放送直後に観ると、冒頭から、神田沙也加の急死、大阪のビル火災の事件と、重い話題が続いていた。ホテルガチャの話題では、先日の「細かすぎて」に出ていたみほとけがさっそく登場し、みちょぱのものまねでレポーターをする。番組最後は、たけしの「Nキャス」降板について、昨夜の番組での本人のコメントを紹介して終わった。「ワイドナショー」も観ると、こちらでは、たけし、上沼恵美子、坂上忍の降板をまとめて扱っていた。オダウエダの出演もあり、「THE W」とはまた別のコントをやった。午後はまたラジオ。「爆笑問題の日曜サンデー」は、年末恒例の「珍プレー好プレー大賞」。聴きながら、とりあえずオンライン将棋を指し、それから梱包を片づけ、近所の郵便ポストまで投函に行く。そのあとも引き続き、「日曜サンデー」をつけたまま、聴きながら、また2時間ぐらい眠った。

◇ 賞レース

 夕方、17時半過ぎ、放送終了を待ってから、録画していた「M-1」敗者復活戦を観始める。司会は陣内智則と西野七瀬。コメント席には、ノンスタイル石田、銀シャリ橋本、スピードワゴン小沢が並ぶ。出場者は16組。出演順に、キュウ、アインシュタイン、ダイタク、見取り図、ハライチ、マユリカ、ヨネダ2000、ヘンダーソン、アルコ&ピース、カベポスター、ニューヨーク、男性ブランコ、東京ホテイソン、金属バット、からし蓮根、さや香。キュウは期待していたが、先日の「タイタンシネマライブ」で観たネタとは違った。決勝に温存したかたちだろうか。このなかではだんとつの売れっ子であるハライチがどう勝負を賭けてくるかに注目したが、これこそ、数年前に「タイタンシネマライブ」で観たことがあるネタで、全組観たなかでいちばん面白かった。変化球のネタなので、劇場仕様の漫才でそれよりも面白いものがあればそちらのほうがいいのだが、これはと思う組はなかった。同じく、すでに売れっ子のニューヨークは、嶋佐が稲垣吾郎を演じる漫才で、これもくだらなくてよかった。知名度のある組では、見取り図は前年以上のものはないと思い、アルコ&ピースは勝負に失敗していると思った。新鮮さでは、「THE W」で先に観てしまっているが、ヨネダ2000 が緻密で面白い。自分のベスト3を選ぶとすると、ハライチ、ニューヨーク、ヨネダ2000。そのほかでは、男性ブランコ、東京ホテイソン、からし蓮根は点が高くなると思ったが、加点のポイントはそれぞれ違うかもしれない。最後に登場したさや香は、漫才のスタイルも投げ出し、捨て身で引っ掻きまわしにいった。その姿勢はとても面白かった。

 「M-1」のサイトから順位予想を応募してみようかとも思っていたのだが、公式ツイッターをフォローしないとだめなようで、めんどうだからやめたが、応募するとしたら、1位から、敗者復活、ランジャタイ、オズワルドにしていた。

 敗者復活戦から間を置かずに、決勝戦も追っかけ再生で観始める。ドキュメンタリー調のオープニングがやたらと長く、「M-1」というコンテンツ(?)はドキュメンタリーの要素がどうやらどんどん強くなっている。マヂカルラブリーの開幕宣言があり、番組開始から 20分が経ち、司会の今田耕司と上戸彩がようやく登場する。審査員登場の演出も変わり、全員がいっぺんに登場するようになった。そして、いよいよ本選だが、その前に流れたサントリーのCMでは、ハライチ岩井と伊藤沙莉が出演していたのも妙なものだった。今年の「笑神籤」を引くのはメダリスト、阿部詩と水谷隼。例年どおり、出演順はそのつど決まっていくが、トップはまず、モグライダーになった。

 出演順は、モグライダー、ランジャタイ、ゆにばーす、ハライチ(敗者復活)、真空ジェシカ、オズワルド、ロングコートダディ、錦鯉、インディアンス、もも。半分の5組が決勝初出場だったが、一番にモグライダー、二番にランジャタイと、知られていないコンビが最初に出てしまったのはもったいない。モグライダーはどんな漫才をやるのか知らず、かなり面白いと思ったが、審査員の点は意外と低かった。ランジャタイにはいちばん期待していたのだが、むしろ、審査員たちの半数はランジャタイの芸風をすでに知っていて、あたまを抱えてみせるような空気を共有していた。志らく師匠ひとりが高得点をつけ、仲間はずれのようだが、おそらく、イリュージョンと理解されるだろうと思い、これにはとても納得がいく。この2組は、たとえば後半で、停滞してきたあたりに登場していれば、また違う結果になっていたのではと思わざるをえない。敗者復活戦をハライチが勝ちあがったのは納得の結果だった。以下の順位、2位の金属バットはそれほどとは思わなかったが、3位の男性ブランコが勝っていても面白いと思った。ニューヨークは8位、ヨネダ2000 は10位に留まる。勝ちあがったハライチだが、敗者復活とはまた違うネタをぶつけてきて、痛快だったが、これもなぜか審査員たちの点数は低い。上沼恵美子ひとりが高得点をつけ、上沼の主張にここは共感した。漫才サミット組の3名の評価は大きくズレることはなく、足並みがそろいすぎてしまうのも良し悪しだと思った。オズワルドの高評価は予想通りだったが、錦鯉は予想を超える高得点となり、去年とそこまで変化はないように感じたが、不思議なものだ。1本目は、1位はオズワルド、2位は同点で、錦鯉とインディアンスが並んだ。インディアンスもあいかわらずだが、この高得点には首をひねる。最終的には、錦鯉が5票を集め、優勝し、最後は人情裁きに落ち着いたという感じがした。

 敗者復活戦が2時間半、決勝が3時間半。計6時間、ぶっとおしでテレビを観ているが、さらにその後も、観そびれていたテレビ番組を再生しながら、ツイッターのタイムラインを追いかけていた。ツイッターから、林家三平が「笑点」を降板するというニュースを知った。眠ったのは、たしか、深夜1時頃だったか。

2021年12月2日木曜日

12月2日木曜日/「浅草キッド」再読

◇ テレビ・ラジオ・雑誌

 朝、ブログの更新をふたつ。それから、録画していたテレビ番組をいくつか。火曜の「徹子の部屋」は、鈴木ヤスシがゲスト。昨夜の東洋館の会で、球児師匠の同級生だという話をしていた。球児師匠も高田先生もこの放送を観ていたようだ。昼はラジオ。「ビバリー昼ズ」を聴くと、オープニングではもちろん、ナイツが昨夜の東洋館の話をする。午後もそのまま、「ナイツ ザ・ラジオショー」をつけておく。

 ラジオを聴きながら、楽天マガジンで「週刊新潮」を読むと、羽田圭介の「滅私」という小説の書評を、なんと、島崎和歌子が書いている。震災をきっかけにミニマリスト生活をしているとはぜんぜん知らなかった。そのほか、談四楼師匠による、水道橋博士「藝人春秋diary」の書評も載っていた。読みそびれいていた「週刊プレイボーイ」には、松岡ゆみこの連載対談があり、志の輔師匠がゲストだった。1日発売の雑誌は量が多く、月刊誌まではなかなか読みきれない。

 夕方、ヤマトの営業所まで。歩いているうちに、あたりはみるみる暗くなった。二俣川に出て、ドトールに入り、ブレンドと、アップルパイを食べた。食べたいパンがないから、しかたなくアップルパイを食べたが、どういうわけか、近頃、ドトールはすっかり好みのパンを置かなくなってしまった。しばらく読書をしていく。

◇ 読書

 ドトールで、ビートたけし「浅草キッド」を読み終えた。1992年刊、新潮文庫。ということは、自分が17歳のときか。初めて読んだのは、記憶がはっきりしないが、たぶん十代だったんじゃないだろうか。それ以来、きちんと読みなおしたことはなかったから、およそ四半世紀ぶりの再読だ。順番でいうと、そのときには、「浅草キッド」という歌のほうは先に知っていたのではなかったか。そしてまた、浅草キッドというコンビも、ラジオやテレビですでに活躍し始めていた。浅草キッドの活躍が文庫化よりも先であることに改めて驚きがあるが、だからむしろ、われわれの世代は、水道橋博士と玉袋筋太郎の浅草キッドを通じて、「浅草キッド」という物語の重みを受け止めていたという面が強く、じかに読んだ記憶よりも、浅草キッドから語られる「浅草キッド」の印象のほうが勝っていたかもしれない。あるいは、たけし自身も、浅草時代については、さまざまなかたちでくり返し語っている。「浅草キッド」という歌についても、この歌は長らく、知るひとぞ知る名曲であり、たけしファンにとっては踏み込まれたくない聖域のような部分だったと思うが、ここ数年で急激に有名になったという感じがしている。個人的にも、たけしファンとして、カラオケで誰かに「浅草キッド」を歌われると不愉快になるくらいだったが、今や、たけし本人により「紅白」でも歌われてしまったし、ファンのエゴで大事にしすぎることにも無理がある段階にきているだろうか。

 つい数ヶ月前に「浅草迄」(2000年刊)を読んだときにも考えていたが、青春期に新宿の文化に浸り、それから、そこを抜け出し、浅草に向かってしまったという経緯に、ビートたけしの最大の特異性があると感じている。そこには、ある種の挫折があったのではと想像していたが、「浅草キッド」の第一章を読みなおしてみると、どうも考えが揺らぐ。たけしが浅草に訪れたのは昭和47年(1972年)の夏。「浅草キッド」は浅草六区の街に降り立つ場面から始まるのだが、ということは、たけし、25歳。それまでは、新宿、渋谷、池袋で遊びまくっていたこと、自称フーテンを決め込み、「風月堂」に入り浸り、新宿の「ビレッジゲート」でボーイをしていたことが冒頭2ページに書かれている。学生運動の時代は終わり、フーテン仲間たちはたむろして、芸術論などを吹っかけあっていたが、たけしはそれにはなじめず、嘘臭さを感じていた。たけし自身のことにしても、一生、フーテンやジャズ喫茶のボーイをやっていくのかと思うとみじめになり、そんなときに、突然、浅草に行って芸人になろうと思い立つ。「見るまえに跳べ」というオーデンの言葉もここに登場する。これを読むと、たけしのほうから新宿文化に見切りをつけたという感じでもあるが、しかし、これがどこまで忠実に実際の気分を表しているかは検証のしようがない。そして、浅草を訪れたたけしはまず、迷わず松竹演芸場に向かうのだ。松竹演芸場は色物専門の劇場であり、まず、ここで再確認されるのは、(この記述のとおりであるならば、)たけしにはコメディアンになる思いが明確にあったということだ。このときに、たけしはストレートコンビのコントを観て、なんの魅力もない舞台だったという感想をもつ。そのあとに目に留めたのがフランス座の看板で、看板には深見千三郎の名があった。たけしが深見千三郎の名を知ったのはこのときが初めてではなく、何年か前にロック座で観た記憶があり、深見千三郎という喜劇役者をあらかじめ認識していた。たけしはその場で、テケツのおばさんにコメディアンをやりたいと頼みこみ、ばたばたとエレベーターボーイになることに決まる。ここまでが第一章に描かれている。よく知られる師弟のドラマになるのは第二章からで、この先は記憶の誤差はあまりなかったが、斉藤清六が仲間だったことは忘れていた。

◇ 賞レース

 21時前に帰宅し、録画していたテレビを観るつもりだったが、ツイッターを覗いてみると、21時40分から、GYAO!で「M-1」ファイナリスト発表記者会見の生配信があることがわかり、テレビはやめて、パソコンの前で待ちかまえることにした。「M-1」の準決勝が今日だということも、今朝まで知らなかった。去年と同じく、今年もパブリックビューイングで観ようというつもりでいたのに、今年は情報がぜんぜん出ないと思っていたら、確認してみると、パブリックビューイングは大阪の1会場でしかやらず、それ以外の地区ではやらないのだ。配信チケットもあるようで、そっちに移行したということなのか、しかし、配信開始は明日の正午からになっていて、決勝進出者は今夜発表されるのに、そのあとに配信されて、そんなものを観ても楽しみは半減以下だと思うが、それでもチケットが売れるのかよくわからない。ファイナリスト発表記者会見も、去年は、ライブビューイングの最後に、この会見の部分は生中継で上映されたんだった(準決勝は時間差で上映されていた)。昨年同様、今年も麒麟川島が司会だ。準決勝は数時間前に終わり、発表もすでに終わっている。その発表の模様を見せつつ、それと同時に決勝進出者が順に生登場する。発表順に、インディアンス、真空ジェシカ、モグライダー、ゆにばーす、ロングコートダディ、オズワルド、錦鯉、もも、ランジャタイ。エントリー順でもなければ、出番順でもなく、これはなんの順番なのだろうか。最初にインディアンスの名前が呼ばれ、まだ勝たせるのかと、そこをまず意外に感じた。しかし、去年、ライブビューイングを観た感触では、納得のいく結果にはなっているのだろうとは思う。インディアンスにはなにか秘策があるのだろうか。オズワルド、錦鯉も2年連続で勝ち残る。このメンバーだと、オズワルド以外には大本命はいないのではないか。初めての決勝進出が5組。ももは「ネタパレ」で観たことがあり、同じスタイルのネタだとすると、そんなにウケるのかと不思議に思う。名前はよく目にするが、まったく観たことがないのが真空ジェシカで、この会見で、小ネタをいちいち用意しているすがたは面白かった。ロングコートダディは関西の実力者で、数年前の「キングオブコント」でも面白かった。モグライダーはどんな漫才になっているのか気になる。個人的にもっとも肩入れしたいのはランジャタイだが、賞レースで評価される前に、テレビの露出が妙に増えてしまっているのが心配だ。会見の場で、もっとも積極的に笑いを仕掛けていたのはランジャタイ国崎だったが、決勝の場ではどうなるか。ハライチやニューヨークはだめだったか。キュウも可能性はあると思っていた。

 タイムフリーで、聴きそびれていた「爆笑問題カーボーイ」を聴くと、森光子の没後十年番組で、太田が加藤茶と対談した話をしていた。Spotify のポッドキャストで、「大竹まこと ゴールデンラジオ!」も聴く。今日木曜(小島慶子&ヒコロヒー)、昨日水曜(壇蜜&いとうあさこ)のオープニングを順番に聴いているうちに眠ってしまった。深夜に目覚め、聴き続ける。月曜は伊集院静がゲストだった。新作小説の題材になっている漱石の話をする。伊集院静は、阿佐ヶ谷姉妹にどうやら好感をもっている。大竹まこととはゴルフをする仲だとは知らなかった。

ブログ アーカイブ

5月20日土曜日/「THE SECOND」

◇ 神保町  朝から都内に。小雨だが、予報ではすぐに止みそうなので、傘はもたずに出た。気温も読めず、パーカーを着ていく。今夜は「THE SECOND」を観なければならないから、余力を残しておきたかったが、想定していたよりも時間に余裕が作れなかった。昼は神保町。土曜はランチをや...