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2025年5月1日木曜日

5月1日木/うちのなかが不衛生

◇ テレビ・雑誌

 朝、NHKプラスで、放送直後の今朝の「あんぱん」を観る。のぶ・今田美桜がまた朝田家に帰ってきた。外にしゃがんでいる豪・細田佳央太に「豪ちゃん、ただいま。」と声をかける。豪「のぶさん、お帰りなさい。」「あれ?」「のぶ」「お帰り」「急にどういたが?」という声がする。祖母・浅田美代子、母・江口のりこ、メイコ・原菜乃華が座っている。のぶ「蘭子は? イワオと縁談進んじゅうってほんま? 蘭子どこ?」 メイコ「イワオさんに返事するゆうて、さっき出かけた…。」「えっ?」 団子屋にはたかし・北村匠海とちひろ・中沢元紀がいた。ちひろ「先に読みや、わしはあとでいいき。」といって、「受験の友」を兄に渡す。「お前、いいやつだな。」「兄貴のほうがせっぱつまっちゅうやろ?」 笑いながら「やな弟だな。」といって、たかしはにやにやしながら雑誌を開く。横から覗いたちひろがマンガに気がつき、「兄貴やないかい?」 雑誌には「珍舞踊浪人人形」というマンガが載っている。「そう、お前に言われて送ってみたんだよ。」「へえ。」 そのふたりの前を、のぶが全速力で横切っていく。たかしは団子をかじりながら「のぶちゃん!」 ちひろ「ただごとやないねえ。」 あとから「お姉ちゃん!」といって、メイコも追いかけていく。喫茶店、イワオ・濱尾ノリタカと蘭子・河合優実がテーブルに向かい合う。「お祖父さまが腰を痛められたそうですね。なんなら、うちの使用人を何人か手伝いにいかせましょう。」 おじぎをする蘭子。「それで、あの…、蘭子さん。」「はい。このあいだのお返事ですけんど…。」「はい。」といったところで足音が聞こえ、のぶが扉を開けて飛び込んでくる。息を切らしながら「蘭子! 早まったらいかん!」「なんなん、のぶやんか。」 のぶはイワオに向き合い、「いやあ…、別にあんたに、恨みはないけんど、蘭子はまだ、お嫁にはいかんき!」「は? おまんの返事は聞いちゃあせん!」「お姉ちゃんは引っ込んじょって!」「蘭子さんもこうおっしゃいゆうやんか。」「蘭子は、うちの家を助けるために結婚しようとしゆう。そうながやろ、蘭子。」「は…」と小さい声を出す蘭子。のぶは蘭子のほうに向く。「なんでひとりで背負いこむやけ。なんでうちにも背負わせてくれんがで。みんな、蘭子に幸せになってほしいがよ。」「それじゃまるで、蘭子さんは好きでもない男と金目当てで結婚するみたいやんか。」とイワオがいうと、蘭子とのぶが同時に「いいえ」「はい」 のぶに「はいやと?」とイワオ。そこにメイコも「蘭子お姉ちゃん!」といいながら入ってくる。「蘭子お姉ちゃん言いよったやんか、イワオさんがパン食い競争でズルしててたとき…。」 蘭子「メイコ! それは言うたらいかん!」「蘭子さんは、わしのことをなんと?」「食パンの角にあたまぶつけて死んでしまえあんなやつ! って…。」 強く印象づけられたセリフがここで再登場した。イワオは呆然とした顔で蘭子の顔に向きなおすと、蘭子は目をそむける。のぶ「イワオ、ごめんなさい、うちの姉妹は3人ともくちが悪うて。」 メイコ「なかでも蘭子姉ちゃんがもういっちばんきつうて。ほんまのこと言うて、ごめんなさい!」といって、のぶとメイコはあたまを下げる。「いえ…」とイワオはちからない返事。「そういうことやき、連れて帰ります!」といって、のぶとメイコは蘭子をむりやり引っぱっていく。「ご迷惑、おかけしました! 失礼します。」といって、のぶは扉を閉める。「違う、違います!」という蘭子の声がしながら、ふたりに連れていかれる。このあたりはドタバタコメディだ。場面は朝田家に替わり、部屋でぼんやりしている蘭子のところにのぶが入ってくる。「うんと悩んだがやろうね。ごめんね。」 蘭子「なんでお姉ちゃんが謝るが?」「うちがちゃんと長女らしゅう、みんなのそばにおったら、蘭子にそんな思いさせんかった。」 少しの間のあと、蘭子「お姉ちゃん…? うち、そんなええ子やない。」「え?」「お姉ちゃんが思うちゅうような、ええ子やないがやき。」 のぶは戸惑いの顔をする。「どういて…?」 蘭子はのぶに背を向けたまま、顔だけふり返っている。「好きなひとがおって、そのひとはうちのことらなんちゃあ思っちゃあせんてわかったがやき。そしたら、誰に嫁いだっておんなじやん。お金持ちなら儲けもんやし。」 蘭子の思いを知るのぶ。「蘭子…。」 のぶは蘭子のそばに座りなおし、蘭子を抱き寄せる。蘭子ものぶに甘え、抱き合うふたり。昭和11年8月、ナレーション「8月、ベルリンオリンピックが開催され、ひとりの女性選手の活躍に、日本中のひとびとが熱狂していました。」 柳井家では叔父・竹野内豊たちがラジオにかじりついていた。叔父「たかしも呼んでけ!」 叔母・戸田菜穂「勉強しゆる場合やないわ!」 部屋で勉強しているたかしをちひろが呼びにいく。「兄貴! 前畑が泳ぐで。早よ!」 ラジオを囲み、夢中になって前畑を応援する家族、叔父も珍しく「行げ! 行げ!」と大声を出している。同じころ、朝田家でもラジオに夢中になっていた。大声をあげて応援する家族、祖父・吉田鋼太郎が「静かにせえ! 静かに! 聞こえん!」といって興奮し、豪のあたまをひっぱたく。ここは可笑しい場面。ラジオの音声に耳を傾ける家族は、前畑が勝ったとわかり、盛りあがる。祖父は「あああ!」と声を出しながらラジオを抱きしめる。季節は秋となり、女子師範学校の道場では、のぶとうさ子・志田彩良がなぎなたの稽古をしていた。「うさ子ちゃん、いつの間にそんなに腕あげたがね。」と、うさ子の上達にのぶは嬉しそう。雑巾掛けをしながら、うさ子「うちね、のぶちゃんが週末、御免与町に帰っちゅうときも、ここに残ってずっと稽古しよったがよ。」「そうなが?」「先輩だけやのうて、黒井先生にも指導してもろた。」「えっ?」「うち、思うたがよ。もっと強うなって、黒井先生に認められたい。うちは、黒井雪子先生みたいに強うなるがやき!」 うさ子の変化にのぶは戸惑いの顔をする。うさ子は立ちあがり、教育勅語を暗唱しながら歩き始める。近くにいた室長とその子分の女学生、子分はうさ子と並び、一緒に暗唱を始める。室長はのぶのそばにやってきて、「なにボケっとしちゅう。朝田さんもやりなさい。」「はい」といって、のぶは立ちあがる。室長「小川さんも休みのときも励んで、感心なが。」 のぶの表情。暗唱する教育勅語にエコーがかかる。昭和12年3月、ナレーション「年が明け、いよいよたかしの受験の日がやってきました。」 まだ薄暗い早朝、柳井家の前では、学生服のたかしが家族に見送られる。「では、行ってきます。」 叔母「受験票、持った?」 たかしは胸ポケットの受験票を確認する。「はい、持ちました。」 叔父「たかし、もっとちからを抜け!」 叔父はたかしの両肩を叩き、「よし、がんばってこい!」「はい。」 叔母「名前、書き忘れんようにね。」 ちひろ「兄貴、やりきってこい!」「うん、行ってきます!」 ヤムさん・阿部サダヲに遭遇し、ヤム「おっ、いよいよ試験か?」「試験は明日なんです。今日は汽車と船を使って、京都へ。」「おう、ご苦労なこったな。どこ受けるんだ?」「まずは、京都の高等工芸学校、あとは東京の学校。」「うん、当たって砕けてこい!」「砕けちゃだめなんです。」「また、線路で寝ることにならきゃいいけどな。」「受験生のこころ不安にさせるのやめてください。もう僕は1年前と違うんです。」 たかしが朝田家を覗くと、ヤム「あっ、のぶならいねえよ。」「わかってますよ。ちょっと見ただけです。それじゃあ。」といって歩いていこうとするたかしに「おい! 忘れもんだ。」とって、ヤムさんは紙袋を放り投げる。たかしが紙袋を開くと、合格パンが入っていた。「ヤムさん、ありがとう。」「二度目だな。三度目はないといいな!」とからかうヤムさんに、呆れるように「行ってきます!」というたかしだが、たかしは紙袋を大事そうに抱えていく。場面は替わり、京都の高等工芸学校の試験会場。とんとんと進み、その合格発表が届く柳井家。家族みんなで覗き込みながら叔父が電報を開くと、「チル」の文字が書かれていた。叔母はため息をつき、「あとは、東京の学校やね。」 ちひろ「はい。」 女中さん・瞳水ひまり「どっちが、難しいがですか?」 叔父「倍率は東京のほうが…。」 ちひろ「うんと高いです。」 ナレーション「一縷の望みは東京高等芸術学校。全国から大勢の受験生が押し寄せ、たかしが受ける学科に合格するのは、わずか20名の狭き門です。」 場面は試験会場、近くの席の男がたかしのほうにふり返り、「あんた、京都にもおったろうも?」と笑顔で話しかけてきた。高橋文哉が初登場の場面。「あんた絵が上手かったけ。顔を覚えとったとって。」 試験官の先生を見て、「なあなあ、あのひと、誰かに似とらあ? 誰やったかいなあ。」 たかしが「フクちゃん?」というと、「ああ、フクちゃんばい!」と大声を出し、まわりに見られる。また小声になり、「俺な、フクちゃん好かんとって。最初、主人公ケンちゃんやったとよ。俺、カラシマケンタロウ。あだ名がケンちゃん。やけん応援しよったのに、いつの間にかフクちゃんが主役になっとっちょ。」 たかし「横山先生が、フクちゃんに思い入れが強くなったんじゃないかな?」 ケンタロウは感心して「詳しいやんか。マンガ好きと?」「同じ高知出身だから、横山先生は応援してる。」「高知からきとったとね?」 会話をしていると、「そこ、うるさいぞ!」と試験官に注意される。ケンタロウは立ちあがり、「すみません」と謝ると、「フクちゃんに怒られたばい。」といって、またたかしのほうを向く。御免与町では、のぶがお稲荷さんに手を合わせていた。そこにちひろもやってくる。「のぶさん、戻ってきちょったがですか?」「うん、春休みやき。たかし、がんばりゆうろうか。今度こそ受かるとええがやけんど。」「昔っから兄貴は、幸運と不運の分量が極端ながですよ。当たりゃあでかい。」「外れたら?」「やき、神頼みにきました。」 場面は試験会場に戻り、試験が始まる。ナレーション「サクラ咲くか、サクラ散るか。結果は明日。ほいたらね!」といって今日は終わり。

 少し眠りなおしたらもう昼になってしまった。昼はラジオ。「ビバリー昼ズ」をつけておく。楽天マガジンのチェックをすると、「ニューズウィーク日本版」には映画プロデューサー業を始めたMEGUMIのインタビューがあった。映画はずっと好きだったのだが、タレントの仕事が忙しくなり、事務所に映画に出たいとはなかなか言えなくなってしまっていたが、出産を機に、初めてお芝居の先生を付け、事務所に女優になると宣言した。コロナ禍になったときに、俳優はオファーがなければ動けないから自分もなにか発信しようと思い、それがプロデューサー業につながっていったという流れになる。「グラビアという、芸能界では本当にタフなフィールドから始まって、体を張って、バンジージャンプもして、毒舌も吐いて(笑)。でもあのときに頑張って、体力と気合を内蔵できたから今があるなと、昔の自分に感謝しています。気が付けば「日本の映画と文化を世界に」という活動をしていて、ふとわれに返るとびっくりしますね。」

 「FLASH」には「あんぱん」に便乗した本物のあんぱんの特集があり、真壁刀義、芝田山親方、横山めぐみ、安田美沙子がおすすめのあんぱんを紹介している。そのほか、松本人志のサプライズ復帰構想の記事もあった。「ダウンタウンDX」では今年最初の放送から松本が復帰する構想があり、最初はVTR出演がいいだろうということになり、そのVTRも収録済みだったというテレビ局関係者の証言。それが中居正広のスキャンダル報道があったために頓挫したようだ。しかし、読売テレビに取材をすると、そのようなVTRについては否定する解答があったという。復帰していれば番組終了もなかったのだろうが、浜田も休養したことにより、複数のスポンサーが撤退したという事情があるようだ。

 「週刊大衆」には研ナオコのインタビューがあった。映画「うぉっしゅ。」に関するインタビューが導入だが、芸能生活55年をふり返る話をしている。最近のテレビで面白い若手はいますかという質問に「千鳥。千鳥の番組は無条件で出演OKしてます。」「千鳥は受かれていないし、自分が育ってきたルーツをちゃんと、おなかの中に持っていて芯になっている。芸にも生かされていると感じます。相手をけっして軽んじないし、人間としてもステキだね。」 これまで印象に残っている出来事はという質問には「デビュー曲をレコーディングしているときと、中島みゆきちゃんに会ったとき。忘れられないです。」

◇ 面会・なか卯

 午後から外出。部屋にいても暖かく、ステテコを脱いでしまったが、外に出てみるとまだそこまでは暖かくはないか。三ツ境のバスターミナルから長坂まで。今日も旭陵高校の生徒がたくさん乗ってきて、そのあと、ズーラシアでも混むだろうなとは思っていたが、バス停には大行列ができていた。全員乗りきれないほど、バスは超満員になった。つぎのバス停では、後ろの扉を開けて乗せていた。乗降に時間がかかり、長坂には10分ぐらい遅れて到着する。車内では、タイムフリーで、今日の「大竹まこと ゴールデンラジオ!」のオープニングを聴いた。パートナーはヒコロヒー。

 老健の面会に到着する直前に母から着信があり、折り返し電話はせずに向かったが、スマホはまた充電してもらったようだ。スマホを見せてもらうと、ホーム画面のレイアウトが変わっていて、どうしてそんなにいじることがあるんだろうか。マスクを切らしてしまったようで、減っていたことに気がついてなかった。次回に買ってくるまで、一週間は空いてしまう。連休中にはほかに誰かくるだろうか。暖かくなり、介護士のベトナム人の女の子は半袖のポロシャツ姿になっていた。

 面会のあと、いつもははま寿司に寄るのだが、昨日もはま寿司だったから、今日はなか卯にする。親子丼とはいからうどんのセットを食べる。700円。ラジオを聴きながら、鶴ヶ峰まで歩く。

 鶴ヶ峰から星川に移動し、定期券が切れてからは行かなくなっていたからひさしぶりだ。保土ヶ谷図書館に寄り、本を2冊借りていく。イオン天王町のフードコートにて、マクドナルドのアイスコーヒーとアップルパイを食べる。朝から鼻水がひどかったが、また一段とひどくなってきた。気温の変化でも出る症状だからさほど気にしていなかったが、今朝はのども少し痛かった。体調を崩してはまずい。昨日は少し歩いただけでやけに疲れてしまったとも思ったが、もしかすると、もうまずい兆候だったのか。読書をするつもりだったが、音楽を聴きながら少しぼんやりする。

 21時閉店間際のコーナンに寄り、封筒とダンボール板を買ってから帰る。これを買わなければならなかったから、体調が心配でもすぐに帰るわけにはいかなかった。帰りもひどいくしゃみが続き、マスクのなかは鼻水でぐちょぐちょになった。

 夜に帰宅し、NHKプラスで「ニュース7」だけ観て、風邪薬を飲んでおく。階段がほこりっぽいのが気になっていたが、思い立ち、雑巾がけをしてみたら、たちまち雑巾が真っ黒になった。こんなところを行ったりきたりして生活していたら、からだが悪くなるのも無理はない。ずっとうちにいるだけなのになぜ体調を崩すのかというと、うちのなかが不衛生だからだ。

 読みかけの本を少し読んでから、横になって、ラジオを聴く。今日の「ゴールデンラジオ!」の続きを Spotify のポッドキャストで聴いた。ゲストはチャンス大城、3年ぶりの出演だそうだが、前回もヒコロヒーがパートナーの日だった。前回は自伝を出したタイミングだったが、今回は心霊の本を出版した。ヒコロヒーはじつは心霊が苦手だった。「大竹紳士交遊録」のコーナーは高橋源一郎の担当、生成AIの話をしていた。

2025年3月7日金曜日

3月7日金/「ytv漫才新人賞」など

◇ ラジオ・テレビ・読書

 早朝、近所の郵便ポストまで投函に行くついでにゴミも出してくる。ブログをひとつ更新してから眠り、昼前に起きあがる。昼はラジオ。「伊集院光のちょいタネ」からオンタイムで聴く。今週のテーマは「ケチじゃない!倹約家!」。「ビバリー昼ズ」は12時台ゲストにトム・ブラウンが登場。布川は「元気が出るテレビ」が好きだったそうで、「秀吉」や「ごっつ」ではなく「元気」を観ていたというから、1996年、終了間際の「元気が出るテレビ」を観ていたということだ。布川の年齢を調べてしまったが、1984年の早生まれ、1996年は13歳か。みちおは「GAHAHAキング」を観ていたという話を始め、高田先生が審査員だったことを知らなかったのか忘れていたのか、高田先生に言われて気がついたふうだった。

 午後もそのまま、「中川家 ザ・ラジオショー」をつけておく。今日は愛媛から放送、東島さんも一緒に愛媛に行っている。ラジオを聴きながら、部屋の掃除を進める。手をつけるまではなにをどうすればいいのかという感じだったが、いったん始めると、つぎの手が浮かんでいくから止まらなくなるもののようだ。

 TVer から、今日の「徹子の部屋」を観る。ゲストはデーモン閣下。現在、10万62歳。過去3回出演しているそうで、1991年には聖飢魔Ⅱで出演していて、この年は5月に出演し、8月にもまた出演してるんだ。もう1回は1992年放送、3回とも聖飢魔Ⅱで出演しているのだが、デーモンひとりで出演したことはなかったのだとすると意外だ。今回はまず、病気の話から、昨年に癌と大動脈の手術を立て続けに行った。家の片づけものがはかどるようになったそうで、大きい病気をふたつして、こんなものをもっていても何年も使わないよという感覚が強くなったという。徹子さんになにか歌ってとおねだりされると、世を忍ぶ仮の大学生のころに宴会芸でやっていた1名だけでやる「与作」を披露した。最後に徹子さん「今日は人間らしいお話をありがとうございました。」

 午後から夜までは読書。「松本人志は日本の笑いをどう変えたのか」を一気に読んだ。昨年5月刊、宝島社。執筆者は掲載順に、戸部田誠、五味一男、ラリー遠田、デーブ・スペクター、水道橋博士、影山貴彦、西条昇、プラス・マイナス岩橋。騒動後、いかにも急ごしらえに作ったような本だが、以前ならば「別冊宝島」で出すような内容だろうか。発売したばかりのとき、書店で目にしたときには、こんな仕事を受けるなんてと思ったが、水道橋博士の松本論はさすがに面白い。デーブ・スペクターの証言、分析も的確。スキマさんとラリー遠田はどうも腰が引けているようで、認識に疑問を感じるところがいくつかあった。

 夜になってから、三ツ境まで買いものに行ってくる。クリエイトとイオンフードスタイルをまわり、明日の食料を買っていく。

 夜もまた TVer から、評判になっていた「ytv漫才新人賞決定戦」を観る。放送日は3月2日。関東での放送はなく、今までは観たことがなかったのだが、TVer で観ることができるのがありがたい。司会はブラックマヨネーズと読売テレビの佐藤佳奈アナ。審査員は、フットボールアワー岩尾、ハリウッドザコシショウ、粗品、お〜い!久馬、ハイヒールリンゴという5名。参加資格は芸歴10年以内というだけでなく、活動拠点が関西でないといけないのだ。予選のルールは複雑で、初めて観ただけではすぐに理解できない。ファイナリストは7組、トップはぐろう。昨年の準優勝コンビなのだが、応援団が別スタジオにいて、漫才のあとに家族らにコメントを訊く。このレポーターをやっているのが昨年優勝の空前メテオ。評判になっていたのが粗品の審査だったのだが、トップから粗品は極端に低い85点をつける。粗品のコメントは指摘が細かく、いちいち具体的。それを迷うことなく、すらすらと話している。粗品はこんなにクレバーだったのかという驚きがある。2組目はタチマチ、粗品はまた低得点、81点をつけた。3組目はマーメイド、粗品は78点という低得点。4組目は翠星チークダンスという男女コンビ。粗品の点数ばかりが気になってしまうが、粗品は85点。5組目はマーティー、最若手コンビ。ゆったりとした口調がここまでではいちばん好ましいコンビという感じがしたが、しかし、点は伸びず、まさかの最下位だった。粗品は79点をつけ、リンゴの審査に粗品が反論する。6組目はフースーヤ、今回の出場者のなかではだんとつの知名度だが、やはり完成度も高く、独自のスタイルをもっていることが強い。しかし、寄り目で笑わせるというのはなんなんだろうか。フースーヤは高得点、一気にトップになり、最終決戦進出をあっさり決めた。粗品も86点をつけ、ここまでの最高点だが、コメントでは息つぎの指摘までする細かさ。ほかの審査員も粗品に引っぱられるように指摘が細かくなる。最後はオーパスツー、松竹初の決勝進出だそうである。どこか寄席の匂いがする、基本的な漫才の腕があるのはこのコンビではないかなと思ったが、結果は6位にとどまった。粗品は77点。最終決戦進出はフースーヤと翠星チークダンス。その前に、前年優勝の空前メテオの漫才があり、この漫才のときだけはカメラは客席の女の子の顔をやたらと映していた。最終決戦、先攻は翠星チークダンス。漫才の関係を男女の関係に置き換えるネタで、1本目と変わらない。後攻のフースーヤも1本目と変わらないのだが、結果は4対1でフースーヤが優勝、岩尾だけが翠星チークダンスに投票した。最後に審査員全員にコメントをふる。TVer だから放送時間がよくわからないが、ぜんぶで3時間ぐらい放送されていたんだろうか。

 NHKプラスからは、放送直後の「スイッチインタビュー」を観る。2014年に放送された回の再放送、楳図かずおと稲川淳二の対談。今日はまず前半だが、稲川淳二が語り、楳図かずおが聞き手になる。稲川淳二は20年以上前から全国各地をまわり、怪談や民話の聞き書きを続けているという。収集した話を、似たような話があると考古学のように破片と破片を組み合わせ、ひとつの話に作っていくということをしているのだ。直筆の怪談ノートというのが映されたが、さすがはデザイナーで、赤い文字できれいにレタリングされている。

 録画していたテレビからは、今夜放送の「タモリステーション」を観る。今回のテーマは南海トラフ巨大地震。渡辺瑠海アナとともに高知県の黒潮町を訪れ、25メートルの津波避難タワーに登る。今回もほぼ「ブラタモリ」のようだ。スタジオには木村佳乃、平田直東大名誉教授、有川太郎中央大学教授、防災アドバイザーの高荷智也が出演。

2025年1月28日火曜日

1月28日火/フジテレビ問題は続く

◇ フジテレビ・雑誌

 今日は老健に面会に行くつもりでいたが、昨夜、あんなにずるずるとテレビを観てしまったから、やるべきことがなんにも片づいていない。面会は明日にするか。録画していたテレビ番組をあれこれと。昨夜の「NHKニュース7」を観ると、冒頭からフジテレビの会見を扱っていた。フジテレビ本社前から中継をつなぎ、この時点では会見開始から3時間が経ち、まだ続いているという状況だったのだ。NHKでは会見前にフジテレビOBの大島新に取材もしていた。同志社女子大学の影山貴彦がコメント。そのあとには、長野駅の殺傷事件の続報、国会の話題など、生島ヒロシ降板のニュースも扱っていた。

 昨日の「イット!」のなかで放送された会見の冒頭を観そびれていたが、嘉納と港のあいさつのあと、新社長の清水賢治が呼び込まれてあいさつをしていた。まるで、新メンバー発表の会見みたいだ。

 楽天マガジンで雑誌のチェックをすると、「FLASH」には、中居とフジテレビ問題の記事が前後編に分かれて計6ページ。「金スマ」で共演する大竹しのぶに直撃取材しているが、大竹しのぶは無言のまま。小島慶子が取材に応え、TBSとフジテレビの風土の違いを語っていたり、フジテレビにCMを出稿している企業28社のアンケートが表になっていたりなど。ほかのページには「じゅん散歩」の高田純次のボケを分析した謎の記事などがあった。

 「週刊女性」は中居の引退の記事がグラビア2ページ、本文ではフジテレビ問題も含めて3ページ。「週刊女性」でもCMを差し替えたスポンサーにアンケートをとっていた。4月からフジテレビの新ドラマに主演する小泉今日子と中井貴一が「どうなってるの!?」とプロデューサーに詰め寄っていたという制作関係者の証言。そのほか、松本に関する小さい記事もあり、万博復帰報道にも触れられているが、関係者たちのあいだではありえないと受け止められているという関係者の証言。「ダウンタウンチャンネル」の開設に松本は注力しているようだが、浜田とふたりのなかには「やるべきこと」として「誠意あるお詫び」が考えられているという。

 「サンデー毎日」では、山田美保子の連載コラムが今回も中居とフジテレビの問題について書いている。中野翠の連載コラムはデヴィッド・リンチの訃報と矢部太郎のマンガ、そして、「サライ」のクロスワードパズルが難しいという話。田原総一朗による石破茂インタビューもある。「SPA!」ではフジテレビ問題は扱われていないようだが、「エッジな人々」にハリウッドザコシショウが登場。「ニューズウィーク日本版」はここ数週はトランプの特集が続いている。デヴィッド・リンチの追悼記事もあった。

 昼はラジオ。「ビバリー昼ズ」のオープニングでは、東貴博が出席した所ジョージの70歳記念パーティーの話をしていた。午後は「大竹まこと ゴールデンラジオ!」を聴く。武田砂鉄があずきバーを溶かしてお汁粉にしているとか、どうでもいい話を長々としたあとでフジテレビの会見を話題にする。小島慶子が、ニュースというのは自分の身のまわりにも起きているのではないかと思いながら観ることが大事だと言っていたが、はたしてそうだろうか。ニュースをきっかけに自身の考えを深めるのはけっこうなんだけども、ニュースは別にそのためにあるわけではないだろう。小島慶子の熱弁のあとには、生島ヒロシの降板のニュースも扱った。TBSラジオにも出演する武田砂鉄がこれについては語る。大竹まことは「寝耳に水の話」だと言っていた。

 SNSから、遠藤龍之介も辞意を表明とのニュースを午後に確認した。正午前には出ていたニュースだった。

◇ はま寿司

 夕方から外出。今日は昨日よりもだいぶ暖かい。三ツ境のeモールまで歩き、はま寿司に入る。上白根町以外の店舗を利用するのは初めてだ。カウンター席、いちばん端っこに座れたが、お湯が出る蛇口がなく、パーテーションの下に手を通して、隣りの席から入れなければならなかった。隣りの席に客がいたらどうするんだ。えび天うどん、牛カルビ、活〆ぶり、合鴨、大とろサーモン、まぐろ二種盛りを食べ、979円。これだけ食べて千円以下。さらに足を延ばし、瀬谷のブックオフに寄っていく。110円の文庫本を2冊、390円の単行本を1冊買う。帰りにまたeモールに寄り、OKで買いものしてから帰ってくる。

◇ テレビ・ラジオ

 夜に帰宅し、まず、1時間ぐらい眠る。目が覚めてからブログに手をつけるが、書きあげられない。23時を過ぎて、「ワルイコあつまれ」を追っかけ再生で観てしまう。それから、今夜の「さんま御殿」は「受験を勝ち抜いた有名人」という特集。浮所飛貴、森迫永依、ふくらPらが初登場のほか、サバンナがコンビで登場、菊川怜、アグネス・チャン、モモコグミカンパニーらが出演。「勉強嫌い軍団」として、錦鯉まさのり、重盛さと美、あおぽんも登場した。サバンナ八木がファイナンシャルプランナーの資格をタブレットと YouTube だけで勉強したというのには驚かされる。八木は一回勉強すると決めたら辞められない性質なんだそうで、吉本坂をきっかけに始めた配信を、吉本坂がなくなっても辞めずに続けているのだという。

 深夜1時からはラジオ。「爆笑問題カーボーイ」をオンタイムで聴くと、生島ヒロシにさっそく触れていた。フジテレビの「ぎりぎりをせめるので続くだけやります法律お笑い」のナレーションを録りに共同テレビジョンに行った太田が「お通夜みたいな顔して…」というと、田中が「お通夜なんだよ!」というひどいツッコミ。「ぎり笑」が佐藤雅彦が企画している番組だということをここで初めて知った。フジテレビの会見の横田増生の「一致か不一致か」のところを観ていた太田は横田増生のことを「話が長い仲間」だって。太田が「27時間テレビ」で遠藤龍之介の金玉を握りつぶした事件や、TARAKO の葬儀で港社長に会っていた話。港社長は「爆笑ヒットパレード」では苦い顔で「お疲れさま~」と言っていたという。太田「今、いちばんびびってるのは笑福亭鶴瓶だと俺は思う!」「今、いちばんびびってるのは笑福亭です!」 

 ラジオを聴きながら眠ろうとしていたが、最後まで聴いた。SNSからは森永卓郎の訃報。深夜3時過ぎに眠る。

2025年1月7日火曜日

1月7日火/「立川流日暮里寄席」ほか

◇ 雑誌・ラジオ

 早朝に起きあがり、ゴミを出してくる。年末にまとめてあったゴミをようやく出せた。布団に入ったまま、楽天マガジンのチェック。「サンデー毎日」の高橋源一郎の連載コラムが落語の話題から始まっていたから読んでみたら、名人と認知症というテーマで書いていた。「女性セブン」には中居問題の続報、「FLASH」でも中居問題が扱われ、木村拓哉と草彅剛に直撃取材している。どうやら今夜放送の「世界仰天ニュース」が中居正広の見納めになりそうだ。「FLASH」には「トラブル芸能人テレビ復帰Xデー!」という記事もあり、松本のテレビ復帰は4月12日が確実視されているというのだが、よくよく読んでみると、大阪万博の開会式に出席すれば各局がいっせいに報じるだろうという話だった。それってテレビ復帰ってことになるのか。「週刊女性」は新しい地図の3人が表紙だったが、中居の記事はなかった。「週刊現代」には御厨貴による石破茂インタビューがあった。堺屋太一の著書を引用し、明治から昭和にかけては「強い日本」を、戦後は「豊かな日本」を目指してきたが、これから先は「楽しい日本」を目指すべきではないかと書いてあるところに石破は共感を示している。

 もう少し眠りなおし、昼はラジオ。「ビバリー」を聴いていると、東貴博が近藤真彦の明治座公演を観に行った話をしていた。近藤真彦は東八郎とも共演していて、葬儀にもやってきて、そのときに声をかけられたそうだ。12時台ゲストは青色1号。

◇ 日暮里

 午後から外出。横浜から東海道線、品川から京浜東北線に乗り換え、日暮里まで。電車内でSNSを見ていたら、今日放送の「世界仰天ニュース」は中居正広の出演する部分をカットして放送されるようだ。この放送が見納めかと思っていたが、もう観ることはできなくなりそうだ。日暮里に着き、まず、昼食にする。ステーションポートタワーの3階、エベレストカレーという店に入り、ランチメニューの本日のカレーセットから、バターチキンカレーを食べる。ナン、サラダ、ラッシーがつき、1000円。ナンを一枚お替わりしたら満腹になった。そのあとは駅前のドトールに入り、ひと休み。少し眠る。

 日暮里サニーホールにて、今年の初落語は「立川流日暮里寄席」。今回は志らく一門会という特別企画。開演10分前に受付をすると、受付にいたのは知らない前座さんだったが、一門のみなさんがそこらじゅうにいる。予約二千円はとても安いのだが、開演直前でもまだ空席があり、わりと前のほうに座れた。このメンバー、この料金でもなぜ埋まらないのか。宣伝をうまくやれば簡単に埋まるんじゃないだろうか。出番順は発表されていなかったが、19時に開演するとトップにこしらさんが登場し、それだけで笑いが起こる。謎の三本締めを行い、漫談で終わるのかと思いきや、「干物箱」をやった。続いて、らく兵さんは「火焔太鼓」、志ら乃さんは「星野屋」をやった。仲入り後には全員登場。一門会といっても、全員が落語をやるわけじゃないんだというのはここにきてから初めて知った。志ら玉さんが「豆や」をやって、トリは志らく師匠の「崇徳院」。

◇ テレビ・ラジオ

 夜遅くに帰宅し、録画していたテレビ番組をいくつか。「ワルイコあつまれ」は「慎吾ママの部屋」に城田優が出演、ペリーを演じる。「美味しゅう字」にはくっきーが登場、お題は「不適切」。くっきーが「逆にもう、不適切をとっぱらう人間、現れてほしいですよね。関係ないってもう、救世主みたいな。」というと、慎吾「じゃあ、お願いします!」 くっきー「いや、ほんまお願いしますね!」と互いに言い合う。慎吾「そんなんじゃないんだと、言って、気づいたら「あれっ、最近、くっきーさん会わない!」(笑)」 くっきー「シャレならんやん。(笑)」

 日曜の「ガキの使いやあらへんで!」は、年始恒例、昨年の「おもしろVTRベスト10」。藤原寛のあのちゃんでスタートする。4位の「ハイテンション・ザ・紅白対抗戦」、2位の「ほんこんの顔面テイスティング」のときにはまだ松本がいたんだった。このときの映像は堂々と出せるのだね。

 深夜はラジオ。「爆笑問題カーボーイ」を聴く。浅草のくじら屋の河野さんの話をしていたのだが、そのあとには「スマスマ」のプロデューサーだったフジテレビの黒木彰一の後輩が撮ったという京都の「磔磔」のドキュメンタリーの話を熱っぽく語っていた。

2024年12月25日水曜日

12月25日水曜日/映画と読書とクリスマス

◇ テレビ・ラジオ

 朝、SNSのトレンドに「松本人志」の名があるからなにかと思えば、中西正男による松本人志インタビューがヤフーニュースに出ていた。「M-1」が終わると松本に動きがあるというのは年末の風物詩なのか。来春に「ダウンタウンチャンネル(仮)」を開設するようで、配信で復帰というのはおおかたの予想どおりだが、ダウンタウンとしてやるというのはどこにも出ていなかった話ではないか。スピードワゴン小沢らもここに呼ぶという構想だが、それは小沢にとってはどうなんだろう。しかし、松本個人の番組よりも、ダウンタウンとしての番組ならば共演者も呼びやすいということかな。それより、NGK復帰案はなくなってしまったんだろうか。

 録画していた昨夜の「明石家サンタ」を観ると、冒頭、さんまの声の調子を話題にしていて、さんまもさすがに高齢だからこれは本当に気をつけてもらいたい。番組半ばに「向上芸人枠」として中津川さんが電話に出た。さんまが「芸能人につながりましたんで」って、中津川さんがさんまに「芸能人」と呼ばれているのがすごい。去年からか、電話ではネタを話さず、「お笑い向上委員会」で話したVTRが流され、電話ではパネルを選ぶのみ。「お肉」が当たったのに、そのあとに披露したクリスマスの小咄を噛んだためにお肉は剥奪になってしまった。電話からおカヨ坊さんの声もする。八木「奥さんも楽しいかたですね。」 さんま「そりゃお前、弦さんと結婚するくらい、明るいひとしかもたへんからね。」 最後にさんまは「イエイ」もやってくれた。「また「向上委員会」でよろしく~」と言うさんま、来年も中津川さんは出続けるのか。

 ラジオをつけ、「TBSラジオ大感謝祭」を少し聴いた。今日は「ビバリー昼ズ」は「ミュージックソン」終了後の正午からスタート。ゲストは桂宮治。ラジオを聴きながら、アマゾンで無料だった「フリースタイル」の最新号を購入し、キンドルで読む。恒例の「このマンガを読め!」だが、これは時間があるときにゆっくりとチェックしよう。

◇ 映画・読書

 午後から外出。横浜に出て、東口から日産ギャラリーを抜け、みなとみらいに進む。キノシネマみなとみらいにて、「太陽と桃の歌」を観る。16時半の回。今年最後に観る映画はなにがいいかと考え、この映画がよさそうだと思った。スペインのカルラ・シモンという監督のベルリン国際映画祭金熊賞受賞作。優しくてかわいらしい映画かと思っていたら、だんだん社会的なテーマがわかってくる。なかなかビターな映画だった。しかし、劇場内がちょっと薄ら寒かったな。


 横浜美術館前に歩いていくと、広場にメリーゴーランドができている。マークイズみなとみらいには大きなクリスマスツリーがあった。横浜駅のほうにまた戻ってくると、地下のポルタの八角のあとにはえきめんやができていて、ちょうど、今日からオープンだった。クリスマスのにぎわいだが、東口から西口に移動し、天理ビルまでやってくると空いている。中華彩園に入り、ユーリンチーと餃子の定食を食べた。900円。地下のドトールに入り、ひと休み。ここで読書をしていく。

 ドトールで、図書館で借りている、柄谷行人「政治と思想 1960-2011」を読み終えた。2012年刊、平凡社ライブラリー。60年代からの政治の流れが勉強できるかと思って読んだ。柄谷行人のインタビューが収録されていて、3部からなり、それぞれ、小嵐九八郎、明石健五、平凡社編集部が聞き手を務めている。以下、気になった箇所の引用だが、特に、190ページ以降のデモがなぜ衰退したかという話は重要と思った。

P7「現代の民主主義は一般に、国民(people)が選挙で代議士を選ぶ、代表制民主主義として考えられている。しかし、代表制は民主政とは異質である。モンテスキューがいったように、代表制は寡頭政の一種にすぎない。そのため、代表制民主主義は寡頭政に帰着する。実際、日本の代議士の有力者はほとんど世襲的である。だから、民主主義が活きて存在するためには、代表制でないような直接行動、すなわち、「動く集会」がなければならない。個々人が主権者として、自らを代表する者として登場しうるのは、匿名選挙ではなく、デモにおいてである。」

P21「たとえば六〇年安保闘争のとき、僕は学生運動に参加したわけですが、当然、学生だけがいたわけではない。七〇年となると、デモはほとんど学生に限定されていました。しかし、六〇年では、あらゆる階層と世代が参加していた。」

P24「僕は昔ある論文の中で書いたのですが、たとえば、「昭和」という言葉が意味をもつのは、昭和三〇年代までですね。最近でも、昭和三〇年代を取り上げた「ALWAYS 三丁目の夕日」という映画が流行りましたね。以前から、漫画の『こちら葛飾区亀有公園前派出所』では、「昭和三〇年代」が特権化されていた。昭和三〇年代というと、このように日本的文脈が出てきます。ところが、一九六〇年代というと、何かグローバルになるんです。」

P30「僕は運動においてアナーキズムを認めるけれども、いわゆるアナーキストは好きになれなかった。彼らはほとんど三流の文学者・芸術家にすぎない。文学をやるのなら、根本的にやらないといけない、と思いました。」

P47-48「一般にマルクス主義者は、恐慌は資本主義の崩壊、社会主義の到来をもたらすと考えますが、宇野弘蔵はちがった。彼は、『資本論』に書かれているのは、恐慌の必然性である、しかし、それは革命の必然性や社会主義の必然性ではないのだ、といったわけです。資本主義は、「労働力商品」という特殊な商品にもとづくので、恐慌や不況を避けることができない。しかし、宇野は、資本主義経済から社会主義が必然的に出てくるものではない、と考えた。社会主義は、倫理的な問題だ。つまり、各人の自由な選択の問題だ、と。」

P51「この時期は、古井由吉・後藤明生・黒井千次などの、いわゆる「内向の世代」が出てきたころで、僕は彼らを擁護し代弁することになった。彼らは、非政治的で「内向的」だということで批判されたのですが、「内向的」であることが、別に非政治的であるわけではない。われわれは一度深く「内向的」になるのでなければ、真に外に向かうことはできない、というようなことを書いたんですね。」

P61「一九六〇年代までのデリダの仕事は素晴らしいですよ。現象学の内在的な批判からはじめて、構造主義への内在的批判に及ぶ。哲学の仕事として画期的だった。しかし、七〇年代以後、彼は哲学者よりも「作家」になろうとしたのです。すでに、戦前のハイデガーがそうでした。彼は詩を哲学よりも根底的だとみなしたわけです。しかし、彼がそうしたのは、ナチに参加して、それに失望したあとからだと思います。本当の革命は、ナチ的政治ではなく、文学にしかない、と考えたのでしょう。このように、政治的な挫折・不可能性から、文学に向かうのは、別に珍しいことではありません。その場合、言葉の力に頼る、ということになるのです。マルクスは、ドイツの観念論および(自分自身をふくむ)ヘーゲル左派のイデオローグについて、「哲学者たちは世界を変えるのではなく、世界の解釈を変えてきただけだ」(「フォイエルバッハ・テーゼ」)といいました。それでいうと、フランスの現代思想は、いわば、世界の解釈を変えれば、世界は変わる、という事態をもたらしたのです。だから、テクストをどう読むかということが大事になった。ここから出てきたのは、テクスト的観念論ですね。」

P62-63「とにかく、こういう思想が流行るときは、現実の政治的な挫折がある。いくら政治的にみえても、その根本に無力感がある。実際、米ソの冷戦構造のなかでは、それを超える可能性はない。ゆえに、それを思弁的な想像力に求めることになる。だから、哲学であれ、何であれ、それは文学的なものになります。日本でも七〇年以後、吉本隆明が優位に立ったのはそのせいですね。」

P63「僕をポストモダンな思想家の代表のように思う人が多い。しかし、それを最初に批判したのは僕ですよ。これを書いた一九八四年の時点では、「ポスト・モダン」という言葉は建築とか一部の領域でしか使われていなかったので、そういう言葉を使った僕自身が、ポストモダンの思想家だと思われたのかもしれませんね。僕があえて「ポスト・モダン」という言葉を使ったのは、戦前の日本にあった「近代の超克」が念頭にあったからです。」

P68「アドルノは「否定の弁証法」で、否定の否定は止揚でなく、否定の徹底化にほかならないといっていました。つまり、何か目的やゴールがあるのではなく、現状に対する批判・否定を永続するしかない。」

P70「ポストモダニストは、歴史のいっさいの理念を物語だといって否定した。つまり、理念は仮象だというわけです。しかし、それは別に新しい考えではない。そもそもカントは、理念は仮象だといっています。ただ、それは、感覚に由来するような仮象とはちがう。それなら、理性によって訂正できる。ところが、理性から生じる、理性に固有の仮象がある。たとえば、昨日の自分と今日の自分は同じ自分だと人は思う。しかし、ヒュームがいったように、同一の「自己」など仮象にすぎない。ところが、もしそのような幻想をもてないとどうなるか。統合失調症になるでしょう。」

P73「カントにとって、道徳性は善悪の問題ではない。自由の問題です。そして、自由というのは、自発性という意味です。」

P76「たとえば、「文学者の集会」をやったのは、文学者を特権化するものではない。その逆に、文学は政治から自立した立場だ、というような通念を否定したかったのです。だから、文学者の集会を催したのです。」

P82-83「一九九〇年代に、日本で「新自由主義」化が進行した。いつでも戦争ができる体制ができあがっていた。僕は、「批評空間」をやっている間、それに抵抗しようとしましたが、無力でした。たんなる批評ではだめだと思うようになった。だから、社会運動を開始しようと思ったのです。」

P84「日本で中間勢力がほぼ消滅したのが二〇〇〇年です。そこに、小泉政権が出てきた。もう敵はいない。彼は中間勢力の残党を、「守旧派」「抵抗勢力」と呼んで一掃したわけです。」

P85「近代資本主義は、労働力商品がつくった商品を、労働者自身に買わせる、というシステムです。」

P94「『トランスクリティーク』では、僕はむしろ、マルクスはアナーキストだということを肯定的な意味で強調したのです。それまで、マルクス主義者はマルクスがいかにアナーキスト(たとえばブルードンやシュティルナー)と異なるかを強調してきた。他方、アナーキストもバクーニン以来、マルクスを集権主義的だとして批判してきた。しかし、僕は、こと社会主義あるいはアソシエーションの見方にかんして、マルクスはブルードンと根本的にちがわないということを書きました。」

P106「くりかえすと、日本の場合、近衛はボナパルト的だと思います。さらに、近衛の甥、細川も同様です。」

P107「じつはもう一つ、困ったことがあったのです。この年表を延長していくと、僕は書かなかったけれども、一九九九年が昭和一六年に照応するということがわかります。そこで、オウム真理教が、僕の年表にもとづく見通しから、一九九五年に地下鉄サリン事件を起こしたとう噂を聞いて、二度と口にしないようにしました(あとで、オウムのリーダーの一人、上祐史浩という人がそれを認めていたから、噂ではなかったのです)。」

P134「一般に、平和とは戦争がない状態を意味している。しかし、カントのいう「平和」は、「いっさいの敵意が終わること」です。それは、国家が存在しないこと、あるいはホッブズ的な自然状態が全面的に終わることを意味します。すなわち、カントのいう「平和」は諸国家の揚棄を意味するわけです。だから、カントのいう「目的の国」あるいは「世界共和国」は、国家と資本が揚棄された社会を意味しているのです。」

P142「たとえば、宮崎学は『法と掟と――頼りにできるのは、「俺」と「俺たち」だけだ!』という本の中で、「個別社会」ということをいっています。(略)たとえば政治学などでは、習俗とか村落などを、国家と個人との間に実在するさまざまな集団の象徴として、中間団体あるいは中間勢力といいます。この中間団体、中間勢力というのは、モンテスキューの考えなのですが、宮崎のいう個別社会は、それとほぼ同じ意味です。」

P145「前にもいいましたが、一九九〇年代に、日本のなかから中間勢力・中間団体が消滅しました。国労、創価学会、部落解放同盟……。教授会自治をもった大学もそうですね。このような中間勢力はどのようにしてつぶされたか。メディアのキャンペーンで一斉に非難されたのです。封建的で、不合理、非効率的だ、これでは海外との競争に勝てない、と。小泉の言葉でいえば、「守旧勢力」です。」

P147-148「代議制においては、個々人が投票します。しかし、そのとき、個々人は、具体的な個別社会を捨象した、抽象的な個人としてしか存在できない。各人は密室のように隔離されたところで投票用紙に名を書き込む。個人は他人と出会うことはありません。では、主権者である国民は、どこにいるのか。代議制において、国民は、いわば「支持率」というかたちでしか存在しません。それは、統計学的に処理される「幽霊」的存在である。たとえば、テレビの業界では視聴率が支配しています。誰がテレビをみているのかはわからない。ただ、統計学的な数値が支配する。国民が主権者であるといっても、どこにも明確な個人は存在しない。視聴率と同様に、正体不明の支持率が存在するだけです。各人は、あたえられた候補者や政党から、選びます。しかし、これは政治的な参加だろうか。各人に可能なのは、代表者を選ぶことだけです。モンテスキューは、代議制は貴族政ないし寡頭政だといいました。それに対して、民主主義の本質は、くじ引きにある、と。つまり、行政における実際上の権利において平等であることが、民主政なのです。(略)現在の日本は、国家官僚と資本によって、完全にコントロールされている。だから、専制国家だ、というのです。では、専制国家から出るためにどうすればよいか。一言でいえば、代議制以外の政治的行為を求めることですね。代議制とは、代表者を選ぶ寡頭政です。それは民衆が参加するデモクラシーではありません。デモクラシーは、議会ではなく、議会の外の政治活動、たとえば、デモのようなかたちでのみ実現されると思います。」

P190「安保闘争というと、全学連のような学生運動が中心だったように見られますが、全国で百万人以上の人がデモに参加していた。あらゆる階層、グループの人たちが参加していたのです。この当時、僕は、デモに行くのは当たり前だと思っていましたが、日本の歴史において、それほど多数の人間がデモに行った例はないのです。それに感銘を受けた丸山眞男とか久野収といった人たちは、やっと日本に市民社会が成立した、ということを書いていました。一方、私のような学生は、つまらんことを言ってやがるな、という感じでそれを見ていました。そういう考え方を、進歩主義、近代主義として馬鹿にする風潮がありました。そして、そのような傾向は以後も続き、一九六〇年代の終わりごろ、全共闘と言われる運動の時期にはその頂点に達したわけです。しかし、この時期には、すでに、六〇年にあったような厖大な市民のデモはなかったのです。学生や新左翼の活動家が主であり、さらに、運動が減退するにつれて、デモの参加者は一層限定されていきました。それと反比例して、デモが暴力的になった。ますます一般の人が行けるようなデモではなくなった。その結果、デモが一般に衰退してしまったのです。」

P191-192「デモに対する考え方がだめだったからですね。もちろん、日本の左翼はデモを重視しましたが、それはデモを革命のための手段として見ていたからで、デモ自体が重要であるとは考えなかった。だから、おとなしいデモはブルジョア的でくだらない、それを戦闘的にし、暴動のようなものにしてしまうことが望ましい、……そのような考えが昔からあるのです。たとえば、左翼活動家が民衆のデモのなかに潜んでいて、突然、火焔瓶、投石、その他武力闘争をはじめる。それを警察が弾圧し、反射的に民衆が抵抗する。その結果、見たところ、革命的な情勢が出現する。それを自画自賛する左翼がいたのです。(略)しかし、一度これをやられると、大衆的なデモは消えてしまいます。危なくて行けないからです。革命家たちは、大衆を真に革命的な闘争に導いたと考えるけれども、それは一時的な現象であって、結局、大衆運動を破壊しているだけです。」

P194「六〇年代後半の新左翼諸党派は、六〇年ブント幹部が作ったものであり、その延長です。こういう連中が、市民のデモを重視するはずがないのです。「全共闘」というのは、新左翼諸党派とは別に、各大学で自然発生的にできあがった評議会であって、ある意味で、一九六〇年六月の状態と似ています。また、それは学生運動ではあっても、案外、社会的な広がりがあったのです。しかし、それが衰退してくると、党派が前面に出てきた。大衆的なつながりがなくなった。さらに、党派の間の陰惨な内ゲバが増大し、デモも過激化しました。それは当然ながら衰退していった。と同時に、ふつうのデモも衰退しました。ドイツでもイタリアでも、新左翼は末期段階では似たようなことをやったのですが、過激派が消えると、市民のデモが復活した。というより、それはそれで、ずっと続いていたわけです。そこが日本との違いです。日本ではむしろ、かつての過激派がそのまま残存したのに、ふつうの市民のデモがなくなった。つまり、過激派の存在がふつうのデモを抑圧してきたのです。」

P195-196「デモがなくなってしまった時期になって、僕は遅まきながら、丸山眞男や久野収のいったことを再考しはじめたのです。特に久野収は、デモのような直接行動がなければ、代議制だけでは民主主義は存在できない、ということを強調していました。デモがないような社会は専制国家です。もちろん、日本は専制君主や独裁者が支配する社会ではありません。国民主権の体制であり、代表制民主主義の国です。(略)そこでは主権者としての個々人が投票しますが、その場合、各人は密室のように隔離されたところで投票用紙に書き込む。つまり、個々人は、具体的な社会的関係を捨象した、抽象的な個人としてしか存在していない。だから、国民が主権者であるといっても、どこにも明確な個人は見えない。それは「支持率」というかたちでしか存在しません。では、個人が主権をもった主体として存在するためには、どうすればよいか。それは割合、簡単です。直接行動、すなわち、議会選挙以外の政治的行為を求めることですね。つまり、それは、デモのようなかたちでのみ実現されると思います。議会選挙があるのだから、デモで政局を変えようとするのは、民主主義的でない、という人たちがいます。しかし、代議制だけならば、民主主義はありえない。それは、寡頭政になってしまいます。」

P197-198「日本人は、デモの権利を得るために、事実上なにもしていない。戦後の憲法でその権利を与えられた。しかし、それは敗戦の結果であり、いわば、占領軍によって与えられたようなものです。自分らの闘争によって得たのではない。だからデモを抑圧されたり制限されたり、あるいはデモをしなくても平気なのだと思います。ただ、日本でも、沖縄の人たちは違います。ふつうにデモをします。彼らは「琉球処分」以来、日本国家からひどい扱いを受けてきたし、戦後は米軍の支配下にあった。彼らはデモによって抵抗してきたのです。」

◇ テレビ・雑誌

 夜遅くに帰宅し、録画していたテレビ番組をあれこれと。今日の「徹子の部屋」(ゲスト・羽鳥慎一&玉川徹)を観てから、昨夜の「さんま御殿」の続きを観る。2番目のブロックは「クリスマスひとりぼっち有名人」という特集。筒井真理子、角田夏実、有森也実、城田優、本仮屋ユイカ、井上咲楽、大久保佳代子、又吉直樹、塚地武雅、アインシュタイン、ゆりやんレトリィバァ、宮世琉弥、小西克幸が出演。このブロックはゆりやんがずっと可笑しかった。3ブロック目は、梅沢富美男、松下由樹、城島茂、百田夏菜子、上地雄輔、長州力、アンタッチャブル、おぎやはぎ、ヒコロヒー、やす子、あのちゃん、村重杏奈が出演。雛壇両脇に陣取るアンタッチャブルとおぎやはぎがさすがに面白い。長州力の娘のサプライズ出演はいらない演出だったけれども、なぜこの特別扱いなんだろう。このブロックでも過去の名場面集があり、じつは10年前に初登場していたヒコロヒーの映像を観ることができた。番組終盤にはさんま50年の名場面集もあり、大竹しのぶからのコメントもあった。エンドクレジットには、リサーチとしてエムカクさんの名前が出てきた。

 楽天マガジンから「週刊文春WOMAN」を読むと、佐藤愛子に101歳の誕生日のインタビューをするはずが、骨折で入院していたため、娘と孫が取材を受けていた。前号をちゃんと読んでいなかったが、前号もそうだったのか。佐藤愛子は20年前に石破茂が「ごひいき」と書いていたようで、娘の響子によると「顔が面白いから、好きなんです、母は。石破さんが選挙期間中に日焼けして、尋常ならざる黒さになったことがありましたよね。もう焦げたみたいに黒くて話題になっていたけど、母も「何、この黒さ?」って喜んで見てました。」 孫の桃子「けっこう最近まで「M-1グランプリ」を見ていて、ミルクボーイを面白いって言っていました。ものすごい早口の漫才が多い中、わかりやすい笑いだって。」 響子「母は、文章は結局リズムだって言うんですよ。リズムが人を表すって。たぶん笑いもそうなんだと思うんです。文章の中にあるリズムとか、そういったものに対しては人よりもずっと感度が高いのだと思います。」「そういえば、おばあちゃんはあの人も好きだったよね、「安心してください、はいてますよ」の人。」 桃子「とにかく明るい安村さん。太り具合も調整しているのに、忙しすぎて痩せてしまうという話を聞いて、「涙ぐましい」って。」

2024年12月6日金曜日

12月6日金曜日/イッセー尾形を観る

◇ 雑誌・ラジオ・テレビ

 早朝、ゴミを出してから眠りなおし、何時に目覚めたか、まだ鼻水が止まらない。楽天マガジンで雑誌のチェックをすると、「紙の爆弾」には、ジャニーズと松本人志、ふたつの性加害問題に関する記事がある。「文春」の第一弾で報じられていた男性タレントとは中居正広のことだという。「ダ・ヴィンチ」の「BOOK OF THE YEAR」にもざっと目を通しておく。タイムフリーで、先週土曜の「SAYONARAシティボーイズ」を聴くと、風間杜夫の落語会に大竹まことがゲストで出たようだ。観たかったな。

 鼻水がひどく、もう少し眠りなおす。録画していたテレビ番組をいくつか。昨日の「徹子の部屋」は勝村政信がゲスト。去年に還暦を迎え、61歳。今日の「徹子の部屋」は米倉涼子がゲスト。30歳のときに父を亡くしているのだが、共演者の岸部一徳や西田敏行は父と同世代にあたる。5年前に脳脊髄液減少症を発症。森光子を尊敬し、森光子からもらった指輪をこの日はつけてきた。「黒革の手帖」をやっていたときに、森光子に「嫌われる役はやっておきなさい」というアドバイスを受けたという話をしていた。

◇ 有楽町

 午後から外出。鼻水が止まらず、眠気で朦朧としている。クリエイトに寄り、栄養ドリンク、エナジードリンク、ポカリスエットを買っていく。電車に乗る前に駅のコンビニに寄り、チケットを発券していく。SNSを見るとトレンドに中山美穂の名があり、まさかの訃報にびっくりした。横浜から東海道線に乗り、新橋から山手線に乗り換え、有楽町まで。遅めの昼食にしようと、ぐるっと歩きまわってしまったが、また駅前まで戻り、結局、吉野家に入る。牛カルビ丼を食べる。674円。

 有楽町電気ビルの地下、ドトールに入り、ひと休み。コーヒーを飲む前に風邪薬を飲んでおく。タイムフリーで、ラジオ番組をいくつか。今日の「ビバリー昼ズ」のオープニングを聴くと「M-1」に少し触れていた。高田先生「審査委員長の席って、空いてんのかな? 俺、いいのかな、座って。」 続けて、「中川家 ザ・ラジオショー」のオープニングを聴くと、こちらこそ「M-1」に触れるのではと思ったら触れていない。放送中の友近の「シン・ラジオ」も追っかけ再生で聴いた。中山美穂の訃報に触れるのではと思ったからだが、特に触れられることはなさそうだ。ラジオを聴きながら、ひたすら眼を閉じていたが、鼻水はまだ出る。

 有楽町朝日ホールにて、「イッセー尾形の右往沙翁劇場」を観る。イッセー尾形の生の舞台を観るのは「寄席山藤亭」以来、検索すると、2006年、18年前のことだった。金の心配がなくなったときにイッセー尾形を観ておきたいという気になったのだが、このチケットを買ったあとに山藤先生が亡くなったのは不思議な偶然だった。有楽町朝日ホールには初めて入ると思う。イッセー尾形の公演を観るのも初めてなのだが、ロビーには浅田政志による舞台写真や舞台で使った小道具などの作品がいろいろと展示されているのだ。19時開演、ひとりコントばかり、2時間弱で終演する。終演後には落語会のようにロビーに演目が貼り出されていた。それによると、コントは「ロリータ」「謝罪会見」「借り上げOL」「墓がない」「長年のカンをデータ化」「神主のお祓い」「雪子の冒険 小樽編」「オーロラ銀座」という8本。常連の客にはおなじみの演目もあったようだ。ロリータファッションの女の子になったイッセー尾形がいきなり現れるところからインパクトがあるが、生身の人間が舞台に立っていながら、これもそれこそ落語のように、ありとあらゆる役柄を演じられてしまう。しかし、今日にかぎってこの体調の悪さは痛恨の極みだ。落語会でもよくそうすることはあるのだが、眼をつぶったまま聴いているだけの時間もあった。18年前の「山藤亭」の圧倒的にいい記憶に比べると、かなり平温のままに過ぎてしまう時間だった。常連客との関係ができあがりすぎてしまっていて、入り込む隙がないという印象ももった。今度はもう少し、よその客が入り込む余地のある公演を狙ってみたいな。

 有楽町から新橋まで歩き、ニュー新橋ビルのスギ薬局に寄り、一本満足バーを買って食べる。公演中はもちこたえていたが、外を歩いているとまた鼻水がひどくなった。新橋から東海道線で帰ってくる。夜遅くに帰宅し、録画の確認だけして、すぐに眠る。

2024年11月19日火曜日

11月19日火曜日/布団は買わない

◇ 音楽・テレビ・雑誌・ラジオ

 Spotify で、谷川俊太郎が訳詩を手掛けた「マザー・グース」のアルバムを聴きながら眠っていた。早朝に起きあがり、いったんゴミを出しに行き、今度はラジオを聴きながらもう少し眠りなおす。録画していたテレビ番組をいくつか。昨夜の「キョコロヒー」は、ヒコロヒーの思い出の雀荘飯を探す「雀荘クエスト」という企画。福田麻貴の実家が雀荘で、ヒコロヒーは福田麻貴と出会うより前に母と出会っていたという。日曜早朝に放送された「立川志らくの演芸図鑑」は、タイムマシーン3号、鈴々舎馬るこが出演。対談のゲストは柳家さん喬。さん喬師匠にとって落語とはなんですかと質問すると「メシのタネ」だって。

 楽天マガジンで雑誌のチェック。「SPA!」では「孤独のグルメ」のトリビュート漫画の企画をやっていて、今週は浦沢直樹が描いている。「エッジな人々」には「THEゴールデンコンビ」のコンビ、野田クリスタルと高比良くるまが登場。去年の「M-1」が盛りあがらなかったというのは出場者たちの共通認識なのか。くるま「視聴者もお笑いに詳しくなりテクニック論を語り、出場者のネタバレも横行した。その結果、決勝が全然ファンタジックな空間じゃなくなって、盛り上がらなかった。」

 「サンデー毎日」「FLASH」の松本の記事にはこれといって新しい情報はなかったが、「週刊女性」にはほかにはない情報があった。「実は、松本さんの裁判終結に関しても、文春サイドとなかなか折り合いがつかない状況に対し、これまで訴訟に関して深入りしてこなかった浜田さんが、松本さんに直接、〝まずはそっち(訴訟)を終わらせるべきじゃないか〟と提案し、結果的に和解へとつながったそう。」という証言をしているのは中堅お笑い芸人なる人物。松本が第一に考えているのはスピードワゴン小沢の進退という記事だが、これについては浜田も「小沢の復帰は最優先で考えないとアカン」と話しているという。あるいは、テレビ関係者の証言によると、「最近も後輩芸人だけでなく、中居正広さんなどの芸能人も含め、旧知の仲間らと自宅で飲み会を開催したそうなんです。そういった場面であれば、裁判の騒動や復帰の話題になりそうですが、単に〝松本さんがめちゃくちゃ面白い話をし続ける会〟になったんだとか。」

 午後はラジオ。「大竹まこと ゴールデンラジオ!」を途中からつけた。ゲストコーナーには、将基面貴巳という「従順さのどこがいけないのか」という本の著者が出演していた。大竹まことよりも、ほとんど小島慶子が聞き手になっている。

◇ 病院

 午後から外出。なにをしていたというわけでもないのに、ずいぶん遅い時間になってしまった。やけに余裕がない。鶴ヶ峰のバスターミナルからバスに乗り、上白根町まで。なか卯に入り、牛あいがけカレーを食べる。730円。上白根病院に着いたのはいつもより少し遅い時間になった。いつもどおり、エレベーターから直接病室に入っていくと、受付のお姉さんが追いかけてきて、面会者の用紙を書くように言われた。母が足を痛めたと言っているのでちょっと驚いたが、本当に痛めたのならこっちに連絡がくるだろうし、どうも疑わしい。通りがかった看護師さんに、足が乾燥していたのでニベアを購入したということを知らされたが、それのことを言ってるんだろうか。今日は珍しく、担当医の先生が病室をまわっていた。向かいのベッドの90歳のお婆さんともお話しする。このお婆さんの話を聴くのがけっこう楽しみになっている。

 鶴ヶ峰まで歩きながら、タイムフリーで、今日の「ビバリー昼ズ」を聴いた。オープニングのあとには、25歳以下の賞レースで優勝したガングリオンという男女コンビが登場。12時台ゲストは松本典子。今年から活動再開していたとは驚いたな。東貴博は松本典子の大ファンで、ファンクラブにも入っていたそうだ。松本典子は東八郎とは「バカ殿」で共演しているのだ。

 鶴ヶ峰から横浜に移動し、ビブレのブックオフに寄っていく。110円の文庫本を1冊、390円の単行本を1冊買う。横浜から星川に移動し、コーナンで布団を買わなければと思っていたのだが、そういえば、去年、電気毛布を買っていることを思い出し、布団はいったん保留にする。玄関のチャイムも買いなおそうかと思っていたが、これも保留。なにも買わない。星川の駅前のマクドナルドに入り、ひと休み。ホットコーヒーとクッキー&クリームの三角チョコパイを食べながら、読書をしていく。

◇ 読書・テレビ・ラジオ

 マクドナルドで、山藤章二「「笑い」の混沌」を読み終えた。1991年刊、講談社文庫。親本は1990年刊。これで三部作をすべて再読。ゲストは登場順に、立川談志、なぎら健壱、上岡龍太郎、黒鉄ヒロシ、吉川潮、伊東四朗、せんだみつお、清水義範、亀淵昭信、清水ミチコ、高田純次、井上ひさしという12人。文庫解説は吉川潮。清水ミチコとの対談のなかで、山藤章二が「女とお笑い」というテーマを考え、思いつく「喜劇女優」を互いにあげていて、樹木希林、一谷伸江、楠トシエ、飯田蝶子、清川虹子、松金よね子、久本雅美の名が出ている。山藤「ここ数年でやっぱり大物っていうのは山田邦子でしょうね。」「笑芸の歴史の中でやっぱり革命的な存在だと思いますけどね、山田邦子の存在っていうのは。いち早く女を捨てたっていうのかな、そういう凄味があるんですよ、彼女にね。」 清水「山藤さんがこれからショージョ、笑う女って書いて笑女はたくさん出てくるけれども、山田邦子がその先駆者だったことは忘れちゃいけないって書いていらっしゃいましたね。」 山藤章二が女を捨てたかどうかを問題にしているのはいかにも時代だが、「清水さんは絶対できないと思うんです。またやっちゃいけない人だしね。その同一線上で山田邦子対清水ミチコという比較は論じられないと思うね。だって清水さんの新しさというのは健全な主婦で、母親でね、いい妻が芸をやってるっていう感じがあるでしょう。」

 夜遅くに帰宅し、夜もまた、録画していたテレビ番組をいくつか。今日の「さんま御殿」は「オモウマい店」との合体特番になっていた。名物店主3人が登場し、雛壇の前列に座る。後列にヒロミが座るのが珍しい。シロウト相手だとがんばるさんま。

 深夜1時からは「爆笑問題カーボーイ」を聴く。太田も出演しているフジテレビNEXTで放送されたタイマーズのドキュメンタリーをきっかけに、清志郎の思い出と、書籍化もされている「COVERS」の特番の記憶を語る。それらが自身のネタ作りと選挙特番に跳ね返る。たっぷり、47分までしゃべっていた。

2024年11月17日日曜日

11月17日日曜日/「安部公房展」など

◇ 港の見える丘公園・中華街

 午前中から外出。どうも暖かい気がして、バーカーに逆戻りする。暖房が効いたところにいると、ジャンパーではけっこう暑くなる。横浜から根岸線に乗り、石川町まで。日曜のこの時間の電車は座れない。石川町の北口、まいばすけっとに寄り、サンドイッチを買って歩きながら食べる。元町を抜けていくと「よこはま運河チャレンジ」というイベントをやっていて、そういえば、以前にもちょうど開催時に通ったことがあった。今日も行き先は同じだ。

 元町・中華街駅からエスカレーターを昇り、アメリカ山公園に出る。港の見える丘公園を通り、神奈川近代文学館に。今年三度目の神奈川近代文学館は「安部公房展」。一般、800円。今回もイベントを申し込み、その前に展示を観ようというスケジュールで考えていたが、例のごとく、どういうわけかもたつき、到着が少し遅くなってしまった。正午には着きたかったのに、12時半になろうとしている。場内に入ってみると、入り口すぐの部屋はいつもはたいがい常設展になっているのだが、ここも「安部公房展」で使っている。企画展でこの部屋まで使っているのは初めて見た。時間が足りるかなと不安になり、通りがかったスタッフにイベントのあとに再入場できるか訊いてみたら、できるということなので安心した。いつも、先に観るかあとに観るかを迷っていたのだが、なんてことはない、これで時間を気にせずにのんびりとまわれる。安部公房についてはほとんど知識がないのだが、個人的に惹かれるのは、数学、演劇というキーワードだ。

 13時半を過ぎ、2階のホールに行くと、もう開場していた。川上弘美と三浦雅士の対談が今日のイベントなのだが、予約のメールが見つからず、変だなと思ったが、そういえば、今回は予約が埋まりかけていたから電話のみの受付になっていたんだった。当日清算、1200円。扇形になっている客席の右側、後方の席に座る。14時開演、現れた川上弘美の背の高さが目を引く。三浦雅士はほとんど準レギュラーのように神奈川近代文学館のイベントによく出ている。終演後には1階の展示室に戻り、音声と映像の展示を確認した。

 新山下のドン・キホーテに初めて寄ってみて、どんな飲食店があるのか確かめてみたかったのだが、ここで食べるのならば、中華街に行ったほうがいいという結論になる。日曜の中華街は客が多くてにぎやかだ。関帝廟の脇にある梅林閣に入り、中華丼セットを食べた。980円。この店では以前、店のなかに獅子舞が入ってくる場に居合わせたことがある。縁起のいい店。

◇ ラジオ・テレビ

 横浜スタジアムのそばのベローチェに入り、ひと休み。インスタ投稿とSNSの巡回。読書はせず、タイムフリーでラジオを聴いた。今朝の「石橋貴明のGATE7」を聴くと、武道館の話をするかと思ったら、どうやら武道館の前に収録されたものだ。今日の「爆笑問題の日曜サンデー」では、ニュースのコーナーのなかで、山の上ホテルを明治大学が取得したというニュースを扱っていた。太田と中沢新一の「憲法九条を世界遺産に」の取材はここで行われたんだな。

 イセザキモールのブックオフに寄ると、そういえば、少し前にリニューアルオープンの情報が出ていたが、棚が大幅に移動し、2階にあった書籍はほぼそのまま3階に移されたようだ。フロアガイドには「活字」と書かれている。そんな本屋があるかい。220円の単行本を2冊買う。横浜駅までは歩いて帰る。気になっていた兵庫県知事選のニュースをSNSから確認すると、おおよその予想どおり、20時ちょうどに斎藤元彦の当確が出たようだ。

 夜遅くに帰宅し、録画していたテレビ番組をいくつか。今朝の「サンデージャポン」には、中間淳太、ゆうちゃみ、向井怜衣、谷田ラナらが出演。今週は岸博幸がコメンテーター側に座っている。玉木雄一郎の不倫の話題から始まり、BGMに「ワインレッドの心」をつけるワルノリ。スタジオでは、ファイナンシャルプランナーの塚越菜々子が「103万円の壁」を解説する。続いて、石破内閣の人事について、岸博幸がこの人事に怒ってるというので、なにかと思えば、今井絵理子と生稲晃子を「元タレント」呼ばわりして馬鹿にしているネット世論について怒っていた。そっちなのかいと思ったが、これは岸博幸が正しい。そのうえで、人事の戦略性のなさを批判する。それから、トランプ政権の人事、紀州のドンファンなどを扱い、番組終盤には松本人志の訴え取り上げについて、さんまがラジオで語った発言を紹介していた。

 今朝の「ワイドナショー」には、田村淳、古舘伊知郎、バカリズム、豊崎由里絵が出演。淳が青い髪にしたことをラジオでしゃべっていたが、それをここで初めて確認できた。まずは総理大臣指名選挙の話題から始まり、続けて、玉木雄一郎の不倫も扱う。そして、松本の訴え取り下げについて、先週の放送には間に合わなかったようだが、今週はしっかりと扱われていた。淳は「大前提、復帰してほしい」と断りつつ、「でも僕はやっぱりもやもやしていて、松本さんの復帰はしてほしいけど、なんか手放しで「よかった」って言える状況には今なってないので、松本さんのクチから、なぜどこが事実無根だったのかとか、僕は松本さんのクチから聴きたいなと思ってるんですね。」 淳はスピードワゴン小沢とクロスバー直撃渡邊センスのことも心配していた。古舘は静かな口調できちんときびしいことを語る。「残念だなあと思うのは、やっぱり、取り下げるくらいだったら、戦いますって言わなければよかったと思うんですね、今さら遅いですけど。やっぱり、みなさんが感じてらっしゃるように、同意なのか不同意なのか、この強制性のことに関して、物的証拠がなかったっていうことは、これは藪の中なわけですよね。「もし傷つけたのなら」という仮定は、これは違うかなって正直思いました。あの、みなさん芸人さんやられてて、吉本にいらっしゃるお二方なんか、ほんとつらいというふうに思います。僕はだからこそやっぱり第三者の目でね、松本さんとも付き合いもあったし、あいかわらず天才だと思ってんですよ。でも才能とこれは別なので、ひとつ考えたら、やっぱり今回の件は残念だったなと思うし、あともうひとつ、僕がいちばん引っかかるのは、古いと言われること覚悟で言うんですけど、遊びかたがだめだなっていうふうにつねに思いますね。自分がかっこいい遊びができちゃいないですよ。多少なりとも東京以外でも、いくつかのところで、後輩芸人が女性を連れてきてくれて、飲み会があるってことは、結果、そこでそれ以降のことに至らなくても、ベッドが置いてあるスイートルームで、そういう宴会が行われてる…。すごいひとなんだからお店貸し切りにして楽しめばいいじゃないですか。(略)僕はあのかたちがだめだって気がすごくします。あれはないだろうと。」

2024年11月14日木曜日

11月14日木曜日/面談

◇ 病院

 朝、ブログの更新をひとつ。録画していた昨夜の「ひっかかりニーチェ」を観て、昼はラジオ。「ビバリー昼ズ」を聴く。ナイツだけでなく、ミチコさんもとんねるずの武道館ライブに行ってたのか。

 午後から外出。曇り空。鶴ヶ峰のバスターミナルから上白根町まで。今日は老健施設の面談があり、病院を通りすぎ、歩いていく。14時から面談だが、15分前には着いてしまった。トイレに行きたくなり、向かいに商業施設が見えたが、行って戻ってくるには微妙な距離だからがまんすることにした。5分前に入り、窓口で面談にきたことを言うと、建物内は土足禁止で、玄関でスリッパに履き替えるのだった。エレベーター前の椅子に座って待っていると、担当の女性がやってきた。まずは施設の案内からということで、3階の病床に連れていかれる。エレベーターの前にはレクリエーションスペースがあり、部屋はそれぞれ病院と似たようなものか。いらっしゃるかたがたはうちの母よりもかなり高齢に見える。3階をひとまわりして、1階に戻り、今度は資料を見せてもらいながら説明を受けた。施設内での行事の写真があり、正月から雛祭り、花見、夏祭りなどを順番に見せられ、もういいよと途中で思ったのだが、そもそも、歩けるようになるまで、どのくらい入居することになるだろうか。そんなに長くは入居しないだろうと考えているのだがな。入居してみないとわからないこともおそらく多いだろう。説明はとてもていねいなものだった。外に出ると、15時前。トータル1時間ぐらいの面談だった。

 向かいにある商業施設のベンチに座り、SNSの巡回、日記の下書きなどをしていたら、40分ぐらい経っていた。それから病院に向かうが、その前になか卯に入り、こだわり卵カレーを食べる。580円。病院の前になか卯というのがルーティーンになっていて、これを崩してしまうとどうもゲンが悪い気がしている。上白根病院にはいつもと同じ時間に着いた。母は向かいのベッドの90歳のお婆さんとしゃべっていた。自分も何度かお話しているお婆さんだが、すっかり忘れられてしまっている。一応、母にも面談に行ってきたことを説明したが、このまま移ったら、どういう理解になるだろうか。

◇ ラジオ・読書・テレビ・雑誌

 鶴ヶ峰まで、歩きながらライムフリーで、先週金曜の「中川家 ザ・ラジオショー」のオープニングを聴いた。パンクブーブーが営業で手抜きしていたというのが炎上していたようだが、その話題から落語の話に移っていった。中川家はふたりとも落語をよく観ているようで、礼二が落語家の口調を再現してみせる。そして、落語家をさんざんいじってから、大阪の八方の落語会に礼二が出演することが明かされた。礼二は落語は初めてなのかと思ったら、月亭方正の神保町の会に出たことがあるようだ。八方の会のチラシの写真はコントで落語家を演じたときのもの。剛は礼二の高座を観に行こうと企む。

 鶴ヶ峰から横浜に移動し、平沼のブックオフに寄っていく。390円の単行本を2冊買う。アプリのクーポンを使っておきたいだけだったが、思いがけず、高値がついている本が買えた。東口のドトールに入り、ひと休み。少し眠ってから読書していく。

 篠原有司男「げんこつで世界を変えろ!」を読み終えた。2016年刊、サンポスト。「ザ・インタビューズ」というシリーズの1冊。インタビュアーは大貫祥子というサンポストのひと。サンポストがどういう会社なのかは知らない。この当時、篠畑有司男は84歳。今でも元気なはずだ。日本で初めてモヒカンにしたひとだが、そのモヒカン頭を最初に見せたのは田名網敬一だったのだ。60年代、ニューヨークにいた時代にやってきたのが赤塚不二夫。このあたりの人脈はみんなつながっているんだ。芸大名物の「よかちん」という裸踊りを見せたら、のちに赤塚不二夫とタモリが新宿でそれをやっていたという。

 読書メーターに登録しようとして、日付を見て、今日は兄の誕生日だと気がついた。母に会う前に気がつけばよかったな。どうも疲れがひどいのか、鼻水が出るようになる。夜遅くに帰宅し、録画していたテレビ番組をあれこれと。今日の「NHKニュース7」と「徹子の部屋」(ゲスト・MISAMO)。それから、昨夜の「あちこちオードリー」は、塚地武雅、とろサーモン、ナ酒渚がゲスト。ナ酒渚なんて、なんでこんな変な名前にしたんだろう。

 Spotify のポッドキャストで、今日の「大竹まこと ゴールデンラジオ!」のオープニングを聴くと、パートナーのヒコロヒーがタクシーが道を間違えたとかで遅刻していた。もうひとり、光浦靖子も出演。カナダに戻るかもわからなかったが、出られることになったという。

 楽天マガジンで雑誌のチェックをすると、「週刊新潮」に「松本人志はどのテレビ番組で復帰するか」という見出しの記事があった。これを読むまで気にしてもいなかったが、万博のホームページにはまだアンバサダーとしてダウンタウンが載っているんだな。テレビ復帰の場として有力視されているのは「探偵!ナイトスクープ」ではないかと在阪準キー局関係者なる人物が証言している。「兵庫県尼崎市出身の彼は関西で絶大な支持があります。地元では、東京とは比べものにならないほど人々の目が温かいのです。」とは、今の兵庫県知事選のニュースを見ていてもそういうものかなと思える。「ナイトスクープのCM枠はいわゆる〝スポット〟で、毎回、決まったスポンサーが付いているわけではありません。」 そして、朝日放送は「M-1」の制作もしている。しかし、記事の後半では、当面のあいだは地上波の復帰は難しく、「動画配信サービスなどでの復帰が現実的」だとしている。今後の影響について、最後に吉川潮がコメントしているのだが、吉川潮にそんなことを訊いてもわかりゃしないだろう。そのほか、「週刊新潮」にはなぜか落語界の小さいニュースがよく扱われ、柳家東三楼の選挙戦の記事が載っていた。

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