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2025年4月25日金曜日

4月25日金/浅野忠信と山田五郎

◇ テレビ・ラジオ・雑誌

 早朝から眠り、10時前に起きあがる。吉笑の真打昇進披露興行のチケットを買わねばと待ちかまえたが、直前になって気がついた、発売は明日だ。これを気にしていたから眠りも浅く、だったら、もう少し眠っていればよかった。せっかく発売日を忘れずにいられたと思ったのに、明日もきちんと覚えていられるか不安だ。

 NHKプラスで、今朝の「あんぱん」を観る。次女の蘭子・河合優実が急ぎ足で帰ってくる。クールな蘭子が走ってくるのがいい。「お姉ちゃん、合格したがやって!? おめでとう!」 家族が集まっているなかに、ヤムさん・阿部サダヲも混じっている。のぶ・今田美桜「ありがとう、蘭子。」 母・江口のりこ「ほんまにようがんばったねえ。お母ちゃん、泣きそうやけえ。」 笑う家族。三女のメイコ・原菜乃華はみんなにパンを配る。祖父・吉田鋼太郎「わしは、受かると信じちょったぞ。」 祖母・浅田美代子「ウソばっかり言うて。ねえ、豪ちゃん。」 のぶ「みんな、ありがとう。うち、こんなお祝いしてもろて、ええがやろが。蘭子も働きゆうのに、うちだけずっと勉強させてもろて。」 蘭子「なに言うがあ。学費も免除やし、寮に入ってくれたら3人で寝ゆう部屋もメイコとふたりで広うなる。いいことづくめやんか。お姉ちゃんが夢を叶えてくれることが、うちの夢や。」 のぶ「ありがとう。」 柳井家では重い空気が流れていた。家族5人が食卓を囲んでいる。たかし・北村匠海「叔父さん、叔母さん、母さん、すみませんでした…。」 叔父・竹野内豊「なにを謝る必要があるがな。結果はともかく、たかしはせいいっぱいようやった。」 女中さん・瞳水ひまりが玄関から入ってくる。「のぶさんらが、あんぱんを届けてくださいました。」 のぶ、ヤムさんも入ってくる。のぶ「あの…、うちの家族は、嬉しいときも、しんどいときも、あんぱん食べるがです。さしでがましいかもしれませんけんど。」といって、紙袋に入ったあんぱんを食卓に置き、「元気出して。」と、たかしに声をかける。たかし「ありがとう。」 のぶが「では、わたしらはこれで…。」といって、帰ろうとすると、母・松嶋菜々子「のぶさんは合格したんですってね。だからそんなふうに明るく言えるのよ。」 のぶは立ち止まる。母「あなた、たかしに勉強を教わりにきてたのよねえ。そのあなたは受かって、たかしは落ちたの! たかしはあなたのせいで勉強ができなかったんじゃないかしら?」 黙って聞いていたちひろ・中沢元紀がくちを開く。「のぶさんに八つ当たりするなんて最低や…」「今、なんて…?」と、母はちひろをにらむ。ちひろ「兄貴が高知高校行こうと、誰のためにがんばっちょったと思うちゅうがな。あんたのためやろ! 母親やったら、どういて理解しちゃろうとせんがな! 兄貴、もうこのひとの言いなりになるがはやめちょげや。」といって、ちひろは部屋を出ていく。ヤム「あのう、お取込み中、すみません。あんぱん10個で、しめて40銭になります。」 のぶが「おおっ、お金はいりません!」といって、ヤムさんをあわててさえぎる。「うちも商売なんで。」「お金はいりません! お邪魔しました。」 のぶはヤムさんを引っぱって帰っていく。場面が替わり、たかしの母がトランクケースをもって歩いていく。たかしが追いかけてきて、「母さん!」と大きな声を出して呼び止める。「行っちゃうの? 僕のせいだよね?」というたかし。「叔父さんに頼んだんだ。1年浪人させてくれって。叔父さん、承諾してくれた。」「そう。」「つぎこそ、高知第一高等学校に受かってみせるから。」「1年なんて、待てないわ。」という母。「もういいわ、好きにしなさい。私の言いなりになるなって、ちひろにも言われたでしょ?」 たかしは黙っている。「ふたりとも、このおなかを痛めて産んだ子なのにね。」 母は「じゃあね、たかし。」といって、また歩いていく。「駅まで送るよ!」というたかしに、「いいの、ここで。」という母。「ごきげんよう。さようなら。」 たかしが川原にたたずんでいると、釣りにやってきたヤムさんがたかしを見つけ、「よっ」と声をかける。「びっくりした…。」というくらいにたかしは周囲に意識がない。「ヤムさん、僕ってなんのために生きてるんだろう。受験で取り寄せた戸籍を見て、思った。僕って、ひとりぼっちなんだなあって。」 ヤムは釣りを始めながら「ひとりぼっちも気楽でいいじゃねえか。」 たかし「叔父さんが言ってた。なんのために生まれて、なにをして生きるのか。」「今日は釣れる気がしねえな。」というヤムさん。「どうせ一回こっきりの人生だよ。自分のために生きろ。」 朝田家では、のぶが朝田パンの店番をしながら元気がない。母「なんか元気ないねえ。」 のぶ「たかしは落ちるわけないって、勝手に思い込んじょった。なんちゃあ、いえん気持ちや。」 そこに友だちのうさ子ちゃん・志田彩良がやってくる。うさ子ちゃんはのぶを店の外に呼び、話をする。「うさ子ちゃん、まさか、お嫁に行くの?」「違う違う」といううさ子、じつはのぶに感化され、のぶには黙って、女子師範学校を受験していたのだ。のぶ「たまるかあ!」 うさ子「ほんでね、合格した。」「たまるかあ!」と手を取り合って大喜びするふたりだが、通行人の邪魔になって謝る。ナレーション「このときまだ、のぶたちは知りませんでした。女子師範学校の寮生活がどんなにきびしいものか。」 怖い雰囲気で廊下を歩く先生・瀧内公美の影。夕方、のぶとヤムさんが外で片づけをしていると、朝田家にちひろが訪ねてくる。「ちひろくん、どういたが?」「こんな時間にすみません。兄貴がまだ帰ってこんがです。」「へっ!?」と驚きの顔をするのぶ。「あれからずっと、ふさぎこんじょって、心配で。あっ、ヤムさんも、兄貴の行きそうなところ知りませんか?」「昼間、川原で会ったぞ。」 のぶとヤムさんは大声でたかしの名を呼びながら走りまわる。叔父が自転車で帰ってきて、そこに遭遇する。「裏のおばあがなっかなか帰してくれんで遅うなった。のぶちゃんも一緒にどういた?」 ちひろ「兄貴が行方不明ながやき。」「ええっ!?」と驚く叔父。家では叔母・戸田菜穂が心配して待っている。柱時計は深夜0時を指していた。のぶ、ちひろ、ヤムさんは駅にやってきた。ヤム「汽車でどっか行っちまったのかな?」 叔父もそこに駆け込んでくる。「おお、みんなそろうちょったか。」 叔父は顔に汗をかいている。「御免与町はひととおり探したがやけんど。」 ヤムさんがなにかを思い出したように急に立ちあがる。「あそこかもしれない。」 みんなで駆けつけたのは線路だった。たかしは線路を枕にして寝ていた。のぶ「おった…。たかし…、たかし…。」と、たかしの名を呼びながら駆け寄るのぶ。しゃがみこんだのぶは「たかしのドアホ!」と叫ぶ。たかしは目を開き、のぶに気がつき、起きあがる。「なに…? のぶちゃん…。」 のぶは泣きながら「こんなところでなにしよがかえ。死にたいがかえ!」 たかし「みなさん…、心配かけて…。」「ほんまや…。どれば…、どれば心配したと思いちゅるかね…!」「違うんだ、のぶちゃん。」「なにに違うのん…!」「僕は…、母さんひとりも笑顔にできんかった。」 のぶは泣き顔になり、たかしの顔を見る。「僕はなんのために生きてるんだろう。そんなことを考えてたら…。」 ヤムさんがたかしの言葉をさえぎり、「バァカ。ここで寝てたのか?」 たかし「はい。」「無事でよかった…。」と泣き声ののぶ。「うちは…、うちは死ぬば心配してたがやき…。」 夜が明けて、周囲が明るくなる。叔父「泣いても笑おうても、日はまた昇る。」 叔父はたかしに向き、言葉をかける。「たかし、絶望の隣りはにゃあ、希望じゃ。」 線路の上にいる5人のすがたを映し、今週は終わり。

 昼はラジオ。「伊集院光のちょいタネ」からオンタイムで聴く。続けて、「ビバリー昼ズ」の12時台ゲストは名取裕子。名取裕子のファンだという磯山さやかだけでなく、松村も「金八」のものまねを連発。午後は文化放送に切り替え、「大竹まこと ゴールデンラジオ!」のオープニングを聴いた。「中川家 ザ・ラジオショー」のオープニングはタイムフリーで聴いた。もし、中川家のドラマを作るとしたら、両親は誰が演じるかという話をしていた。

 楽天マガジンのチェック。「WiLL」に上祐史浩のインタビューが載っているのだが、その前に編集部による文章があり、前号の記事が国会で問題視されたということが書いてある。「特別研究 日本保守党の素顔」という記事なのだが、「オウム真理教の再来であり、社会の敵」ということが書かれていたようで、それを日本保守党の議員が問題にし、SNSでも話題になっていたようだ。その記事も読んでいないし、ぜんぜん知らなかった。今号の記事を読むと、オウムと日本保守党の類似点として、「異議を認めない」「最初は面白がってメディアが報じた」「陰謀論」「閉鎖性」「国粋主義的一面とポピュリズム的政策」「代表のカリスマ性」「目的が手段を肯定」があげられている。そのあとの上祐のインタビューでは、「ほとんど知られていない事実ですが、麻原には国粋主義的側面がありました。一九九五年に出した『日出づる国、災い近し』(オウム出版)の中で、麻原は国粋主義者の一面があると明言しています。」 ここから続く、宗教政党はなぜ右派的政策と結びつきやすいのかという上祐の分析が面白い。「現在、世界的に陰謀論などを背景として、「カルト性」を帯びた政治家が増えているように思われます。その心理的な特徴は、自分は常に正しく、他者は間違っているという極端な思考にあります。(略)「聖なる自分」と「邪なる他者」という構図が形成されると、違法な手段でさえも肯定されてしまいます。これは宗教でいえば「聖域」の構図と同じです。私はこれを「カルト的世界観」や「カルトマインド」と呼んでいます。(略)カルトは宗教的なものに限りません。「政治カルト」「経済カルト」「国家カルト(ナショナルカルト)」といった分類も可能です。(略)当時、アメリカ政府は、日本を「宗教カルト国家」と認定していたとされます。こうした政治カルトや陰謀論が国家に広がれば、国際対立が激化し、世界情勢はさらに不安定になります。今現在の日本においては、こうした傾向は比較的抑えられているように思います。日本は戦争の敗北という深い傷と、過去の過ちに対する反省があるため、極端な思想には比較的染まりにくいのです。さらに、お前が言うなという話になりますが、オウム真理教や統一教会といった宗教団体による事件を経験したことも、カルトに対する社会的免疫となっていると思います。」

 「男の隠れ家」はやなせたかし特集。全ページ、スクショを撮っておくが、しかし、「あんぱん」のドラマの画像は楽天マガジンではカットされている。ほかの週刊誌なんかでは、ドラマの画像も普通に配信されているのにな。今田美桜のインタビュー、そして、里中満智子のインタビューが載っている。日本漫画家協会の会議のときにやなせたかしがうなだれていて、妻に癌が見つかったという。癌を治療していた里中満智子は実体験をもとにアドバイスをし、そこから親交が深くなっていったようだ。暢さんが亡くなったあと、やなせの喜寿のパーティーの際に、里中満智子に花嫁役を頼み、架空結婚式を行ったこともあった。その後、やなせは舞台演出に目覚め、主催するパーティーは本格的なミュージカル仕立てになっていったという。

 午後、NHKプラスで「あんぱん」もう一度観るが、二度観てもまた感動してしまう。ほぼ毎日、この深さで観ている。今週は歩きすぎたせいか、腰が痛くてしかたがなく、夕方、ラジオを聴きながら少し眠る。しゃきっとせず、夜になってから、ラジオを聴きながら掃除をする。今日放送、友近の「シン・ラジオ」は川西賢志郎がゲスト。けっこう真剣な芸論を話していた。

 夜もまた、テレビ番組をあれこれと。今日の「徹子の部屋」はGLAYのTERUがゲスト。放送されたばかりの「タモリステーション」は新幹線の特集。木村佳乃はこの番組はレギュラーなんだろうか。新幹線同士がすれ違うのが好きだと木村佳乃が言うと、タモリが「あれはね、僕と亡くなられた小松政夫さんと一緒に「新幹線のすれ違い」とう芸があるんですよ。」といって、少し実演してみせた。

 先週と今週の「スイッチインタビュー」は、浅野忠信と山田五郎の対談。山田五郎は浅野の指名だそうで、浅野忠信は絵を描きながら山田五郎の YouTube を観ている。初対面のふたり、浅野は山田五郎の事務所を訪ねる。浅野は山田の話術にも注目していて、なにかの役で真似したいと思っているという。浅野の絵が並べられたのを観た山田は「ぱっと見上手いですよね。」「描き慣れてるひとの絵だなって。」「言葉悪いけど、どれもそれなりにいいじゃん。」「欲しいっていうひといる絵じゃん、これみんな。そこがすごいなあと思って。」 山田五郎のプロフィール紹介で「実家はカトリック」というナレーションがあったが、配信では「「実家がカトリック」という情報は誤りでした」というテロップが大きくつけられていた。山田は絵自体は子どものころから観ていたが、「自分で好きになった最初って、たぶん横尾忠則さんなんですよ。」 といって、横尾忠則が表紙をデザインしていた黄金期の「少年マガジン」の話をする。エッシャーを日本で紹介したのは「少年マガジン」がいちばん早かったそうだ。その話を受け、浅野忠信は父が横尾忠則のファンで、「忠信」という名前はじつは「忠則」からとられていることを明かした。ウィリアム・ターナーが好きだった浅野は、「どうやって行き着いてんだろう?」「なんでこういうことになったんだろう?」と思いながら描いているんだそうで、その話を聞いた山田は「論理的に絵を描いてるんですね。」といって、浅野がたくさん描いている白黒の絵は「なんかやってるひとが多い」と指摘し、ゴッホが描く穴を掘るひとを思い出したというと、浅野はまさに「DIGMAN」というマンガを描いていた。アメリカでアニメを作ろうとしていたが、同名のアニメを先に作られてしまい、お蔵入りしたという。山田は「線の絵はもっと進化すると思ってるんですよ。」「ほんとに僭越ながら、まだ線多い気がするんですよ。もうちょっと洗練できると思ってる。」「線を多くするのは迷いだよ。迷いが線を増やすよ。」 高校中退でまったく勉強してこなかった浅野は、山田五郎が学校の先生だったらよかったということを言うと、山田は先生はコンプライアンスがあるから大変だという。どの学問も細分化・専門化されすぎていて、研究者が言えないことが多いが、山田は乱暴なことも言えるから、そこが学者でも先生でもない自分の役割だと思っているということだ。

 そして、今日放送された後編では、山田が浅野に演技について訊く。ゴールデングローブ賞の受賞スピーチのことだが、バンドをやってるからMCに慣れていたというのが大きかったようだ。修行期間として、つまらない脚本ほど率先して引き受けるようにしていたという話も面白い。父親がマネージメントをしなくなってからは仕事のやりかたを変え、もう嫌われてもいいから、本当に感じる役しかやりたくないと思ったという。それまでの修行期間で充分に挑んできたから、賞をもらったときに、神様からもういい加減やめろと言われた気がしたという。山田に、本当にやりたい役とは具体的なイメージはあるのかと訊かれると、浅野は「50歳のなんでもないひとりの男ですね。」と答える。「世の中の事件にからめてない話がいいです。なんかどうしてもやっぱり社会的なテーマだったりとか、なんか、弱者を描くようなことがありがちだと思いますけど、そういうものではなく、なんでもない普通の話がいいですね。」 絵やバンドをなぜ続けられるのかという山田の疑問に、浅野は若いときに「役者なんかやることないじゃん」と思ったという。俳優の練習ってなんだろうと思ったときに、浅野は生活以外ないだろうと考えた。「じゃあ、バンドちゃんとやっとかなきゃとか、絵ぇ描かなきゃってなって、そうすると、なにかをやってるひとになるじゃないですか、僕も。役者ではなくて。そうすると、役がきたときに、あっ、あんときのこれに当てはめられるとか、絵ぇ描いてるときの自分のあれと同じだとかって当てはめられやすくなって、それからはだからもうほんとに、なんかやってなきゃって思いました。俳優のために。」

 今夜の「A-Studio+」は多部未華子がゲスト。めんどくさがりな多部未華子が面白い。近所に住む二宮和也に鶴瓶が取材し、多部未華子が言うには、ニノの家のテレビは映っている人間の色がおかしいそうで、さんまの家のテレビと同じだな。鶴瓶は松尾スズキにも取材。松尾スズキとの出会いは2010年、野田秀樹の「農業少女」を、松尾が演出、多部未華子のほか、山崎一、吹越満、江本純子が出演していた。藤ヶ谷太輔は、ヘアメイク、スタイリストに取材する。多部未華子は自分にセンスがないと思っていて、まわりにプロがいてくれるのだったらなんでもいいよと任せてしまう。

 昨夜に放送された「NHK MUSIC SPECIAL」はAdoの特集。浜辺美波との対談があり、浜辺美波が「Adoのオールナイトニッポン」に出演したのがきっかけで仲よくなったそうで、「どんちゃん」「かっちゃん」と呼び合う仲。Adoが「どんちゃん」というのが先に決まり、それに対応するように、「太鼓の達人」のキャラクターから「かっちゃん」になった。1曲目は「うっせぇわ」、2曲目は「紅白」初出演時の東本願寺で歌った「唱」をまるまる放送。「唱」の作曲者のひとり、TeddyLoid のインタビューもあった。そのあとには海外のファンたちとオンラインでトークをするコーナーがあり、ファンたちの話を聴いているうちに、ファンたちに励まされていることを実感し、Adoは涙声になってしまう。

 深夜になっても眠気が飛んでしまい、Netflix で、配信が始まったばかりの「新幹線大爆破」のリメイクを観ようとするが、観始めたらかなり眠くなってしまった。人間ドラマの部分が安っぽく、まるで惹きつけられない映画だ。

2025年4月10日木曜日

4月10日木/基本は大きな声を出すだけ

◇ テレビ・ラジオ・雑誌・音楽

 朝、目覚めてすぐに今朝の「あんぱん」を観る。昨日のラスト、たかしに母から手紙が届いた場面から始まる。朝田家では、ヤムおじさん・阿部サダヲと家族があんぱんを焼いている。あんぱんをひとつ、仏壇に供えて手を合わせる幼い三姉妹、それを母と祖母が見ている。「朝田パン」がついに開店する。あんぱんは1個3銭になっていた。しかし、なかなか誰も足を止めてくれず、それを見ている祖父・吉田鋼太郎は少し嬉しそうだ。そこにやってきたたかしの叔母・戸田菜穂が「この町のひとは、パンをいただく習慣がございませんきねえ。」といって、家族と看護婦さんたちのぶん、10個買っていく。10個1円だというヤムおじさんを押しやり、母・江口のりこは「1個3銭ですき、30銭です。」 ヤム「3銭じゃ儲けにもならん。」 母「みんなに買うてもろうて、まず、あんぱんの味を知ってもらわんと。」 祖母・浅田美代子の友だちが通りかかり、呼び止めるが、いっぺん食べたからというので断られてしまう。祖父は笑って見ている。そこにたかしがやってきて、のぶと一緒に学校に行く。楽しそうな顔をしているたかしに、のぶ「たかし、なんかええことあったがかえ?」 たかしは母からハガキが届いたことを教え、そのハガキをのぶに見せる。視聴者も同時に、ここでそのハガキに書かれたことを知ることになる。母と別れの場面が回想される。短い文面に「これだけかえ?」と訊くのぶだが、ナレーション「短い文面でしたが、それだけでもたかしの心は明るくなりました。」 場面は替わり、柳井医院、竹野内豊と戸田菜穂の叔父夫婦と診察されるちひろ。ちひろは扁桃腺を腫らし、熱を出していた。学校では、授業が終わるとのぶはすぐに教室を飛び出していく。うちに帰ると、のぶはまたパンを売る手伝いをする。妹の蘭子と一緒にあんぱんを売り歩く。たかしはうちで静かに絵を描いていた。別れて去っていく母の後ろすがた、そこにちひろが部屋に入ってくる。「母ちゃま」というちひろのおでこをたかしが触ると、熱があり、たかしは驚いた声を出す。おとなしく寝ているちひろの手を握り、たかしが話しかける。「ちひろ、母さんに会いたいか?」 ちひろ「うん、会いたい。母ちゃまに会いたいき。」 夜、布団のなかでたかしはなにかを考えている。翌朝、「ぎっこんばったん」と遊んだ丸太に座り、たかしは自分が描いた母の絵を見ている。あんぱんを売り歩くのぶがそこにやってきて、隣りに座る。のぶはちひろが熱を出したことを心配していた。たかしはちひろが母を覚えていたことをのぶに教える。「ちひろはお母さんに会いたいって言ってる」とたかしが言うと、のぶは「ほんだら、連れてきたら?」 ハガキが届いたということは住所がわかるだろうとたかしは教えられた。のぶ「会いに行って、連れてくりゃあええのに。うちならそうする。」 たかしは叔父夫婦と食事中に「ちょっと出てきます」と言って、出ていってしまう。たかしが歩いていくと、団子屋にいたヤムおじさんにも「どこ行くんだ?」と呼び止められる。「おじさん、高知の町中って歩いて行ける?」と訊くと、「汽車に乗ってればすぐだぞ。歩きでも、線路沿いに行けば着くだろうよ。」 ヤムおじさんは壊れた自転車をもらってきて、なおしている最中だった。「その自転車貸して。」と言うたかしに「子どもには乗れねえよ。」と返す。「高知までなにしに行くんだ?」と訊くと、たかしは「秘密」と答える。歩いていくたかし、のぶの祖父とすれ違い、たかしに気がついた祖父は目で追いかける。祖父はもう三角巾はしていない。たかしの叔父は熱を出して寝ているちひろを診ていた。叔母がたかしを心配していると、叔父は「あの子のことやけえ、どっかでスケッチでもしよんのがやろ。」 しかし、女中さん・瞳水ひまりがいうには、絵の道具はぜんぶ部屋に置いてあるという。たかしを探しに行く女中さんは朝田家を訪ねる。母がのぶに訊くと、のぶは「うちのせいかも…。」とつぶやく。祖父も、たかしが思いつめたような顔をしてヤムとしゃべっていたと話す。祖母はたかしの母が再婚したといううわさを聞いていた。場面は替わり、たかしはハガキを手にしながら見知らぬ町を歩いている。お屋敷を見つけ、立ち止まる。門の前から「ごめんください!」と声を出すと、奥から現れたのは母・松嶋菜々子だった。

 昼はラジオ。「ビバリー昼ズ」を聴く。12時台には木曜には珍しいゲスト、藤田ニコルが登場。ラジオを聴きながら、楽天マガジンのチェック。

 「週刊文春」の欽ちゃんの連載では、3人の師匠について語っている。ひとり目は池信一。池信一に「どうしたら芸が上手くなりますか?」と訊いたら、「聞いて上手くなれるのは十年先。それまでできるのは、大きな声を出すことだけだよ。」と教わった。「いま思うと、これは本当に価値のある言葉でさ。なぜなら、大きな声を出すと、自然と体が動く。その動きが舞台では、とても大事なのだと教えられたから。(略)声と体がつながっているというこの感覚は、コメディアンを続けていく上での基本中の基本だったんだね。」 ふたり目は石田暎二。お婆さん役をやっているときに飛び跳ねたりしていたら「今から外を見てばあさんたちを観察してこい」「ばあさんは跳ばねェんだ」と注意された。3人目は東八郎。東八郎は舞台で「アクト講座」というショーをやっていた。踊り子さんたちに、打ち合わせなしのアドリブで踊りかたや歩きかたを教えながら、突っ込んで笑いにしていくという人気の出しもので、欽ちゃんもそれに一緒に出演していた。これはまさに欽ちゃんがのちにやっていたことそのものだ。そのほか、吉本のオンラインカジノに関する小さい記事もあり、「くるまは自宅に女性を含めた知人を誘い、飲み呆けている。ケムリは何とも思ってないようだが、周囲は『ケムリが可哀想すぎるだろ』と評判は失墜。自暴自棄になり、誰も手がつけられない状態です」という吉本関係者なる人物の証言が載っている。

 「週刊新潮」には、石橋貴明の癌公表を受け、「いま知るべき「食道がん」最新知識」という特集記事が4ページ。食道癌を経験した鈴木宗男らが貴明にエールを贈っている。そのほか、オウム最高幹部だった野田成人の告白記事が5ページ。野田はアレフの代表を継いだが、「麻原は死刑になるべきだ」と発言し、2009年に教団から除名される。その後はホームレスの支援事業を始めていた。「墓碑銘」の欄は芦屋小雁を扱う。巻末モノクログラビアには柳沢慎吾の一日署長の記事があった。

 「女性セブン」には広末涼子の逮捕に関する記事があった。このニュースをまったく追いかけていなかったが、広末が運転するクルマが大型トレーラーに追突し、搬送された病院で、看護師に暴行を働いたということだ。

 テレビ番組をあれこれと。今日の「徹子の部屋」はうつみ宮土理がゲスト。現在、82歳。9回目の出演、初出演は43年前、1982年放送のその映像が流される。愛川欽也が亡くなってからは10年が経ち、1987年、愛川欽也が52歳のときに出演した映像も流された。うつみ宮土理は徹子さんと、森光子、東山紀之らと一緒にすき焼きを食べたことがあったそうで、そのときに肉の分配をする徹子さんをものまねしながら再現してみせる。うつみ宮土理は好きな男性がふたりいるといって、「どなたですか?」と訊かれると、うつみ「春風亭一之輔さん」と答える。徹子「あら、いいですね。大好き、あたしも。」 うつみ「いっちゃん、うちの父にそっくりなんですよ。」 もうひとりは吉幾三。「このふたりが推しです。追っかけやってます。」 一之輔さんからのメッセージも読まれた。

 火曜の「さんま御殿」は3時間スペシャル。最初のブロックは二世特集。石ノ森章太郎の孫は星流という16歳の俳優なのだ。堀内孝雄の息子、堀内孝太は中学生のときに下北沢でさんまに遭遇し、北沢タウンホールの場所を教えたことがある。そのほか、Matt、大沢あかね、小園凌央らが出演。別室でモニタリングしていた親たち、松本伊代、野々村友紀子、新山千春、金子昇があとから入ってくる。2ブロック目は「体調がすぐ悪くなる有名人」。瀬戸朝香がこの番組には初登場。そのほか、WBC世界バンタム級王者の中谷潤人、マユリカも初登場。「寝ることは悪」という定義を作ったというケンドーコバヤシ、新幹線でさんまに会ったときに、さんまはパソコンで映画を観ながら、片手で小説を読み、片手でスポーツ新聞を読んでいた。最後のブロックは「ひとり暮らしでお金の使い方ミスる人」。

 火曜に放送されたNHKの「心おどる あの人の本棚」には池澤春菜が登場。写真でしか見たことがないひとだったが、こういう声なんだと初めてわかった。自宅は玄関からさっそく本が積まれていて、スリッパ入れの扉がふさがれている。父親の本もあるのかと思ったら、夫婦で暮らしていて、ぜんぶ池澤春菜の本なのだ。

 水曜の「5時に夢中!」が TVer では翌日に配信されている。ヒコロヒーを登録してあるからマイページに出てきたのだが、水曜は、ヒコロヒー、松田ゆう姫、小原ブラスというメンバー、司会は垣花正と大島由香里。この番組は、以前、東出昌大が出演したときに一度観たことがあるだけだったが、ほかにお笑い芸人が出ていないせいもあるかと思うが、ほかのバラエティ番組に出ているヒコロヒーとはまた違う素に近い面が出ていて面白い。

 夕方から少し眠り、Spotify で、Ado のベストアルバムを聴きながら、夜になってからブログの更新をようやくひとつ。外は大雨。1階に降り、正月にひとつだけ残していた餅をようやく食べる。ラジオを聴きながら、台所を片づけ、明日出すゴミの用意をする。月曜の「伊集院光のちょいタネ」を聴いていると、今週のテーマは「私の好きなチェーン店」。伊集院がコメダのモーニングが好きで、小倉と玉子ペーストのどちらかを選べず、2人前食べてしまうという話をしていたのだが、この翌日に放送された「勝手にテレ東批評」では朝食に食パンを1斤食べるという話をしていたから、2人前では足りないんじゃないかと思ってしまった。

2024年8月1日木曜日

8月1日木曜日/ガンディーマジやばい

◇ テレビ

 今朝は涼しく、こんなに眠っていていいんだろうかというくらいに眠った。ブログの更新をひとつ。録画していたテレビ番組をあれこれと。今朝の「虎に翼」を観て、それから、昨夜の「水曜日のダウンタウン」を観る。先週の三つ子企画の続編として、三つ子を使ったドッキリ企画。宮下草薙の草薙に「同一人物無限出現ドッキリ」を仕掛けるが、草薙が鈍感すぎて、ぜんぜん面白くならなかった。後半は、ひさしぶりのあかつ企画「不要となったコロナ対策のアクリル板を回収しながら北上すればそのアクリルで作った船で津軽海峡渡れる説」。Ado がゲストの昨夜の「あちこちオードリー」も観る。

 SNSから、園まりの訃報。80歳だったとは驚いた。つい最近まで「徹子の部屋」に出ていたのに。今日の「徹子の部屋」は湯川れい子がゲスト。シャンソンの曲を公募した「エターナルソング・コンテスト」にて、志穂美悦子が「鬼無里まり」という名でシャンソン歌手デビューした映像も流された。

 テレビを観ながら、とんねるずの武道館ライブのチケットの抽選にようやく申し込んだ。第3候補まで申し込めるが、どうすれば当選確率があがるのかはわからない。もうひとつ、末広亭の余一会の立川流の会が今日発売だったのを忘れていた。気がついたときには完売。即完するような会じゃなかったと思うのに、うっかりしていた。これは一応、公演アラートに登録しておく。

 夕方から外出。横浜に出て、西口のすき家に入り、ダブルニンニク牛丼を食べた。680円。ビブレのブックオフに寄り、110円の文庫本を2冊買う。東口に移動し、ドトールに入る。いつもそうするように地下の席に降りていくと、どうも蒸し蒸ししている。冷房がついてないわけはないのだろうが、空気がやけにぬるいので、いつもは利用しない1階の席に移ることにした。

◇ 読書

 ドトールで、中島岳志「ガンディーに訊け」を読み終えた。2018年刊、朝日文庫。親本は2009年刊。2008年に放送されたNHK「知るを楽しむ」のテキストがこの本のもとになっていて、終章には南直哉との対談がたっぷりと収録されている。中島岳志の本を読むのはこれが何冊目になるだろうか、1975年生まれ、同い年の政治学者だが、政治に対する考えは中島岳志からずいぶん学ばせてもらっている。とても信頼できる書き手だと思っている。この本も付箋をたくさん貼りながら読んだ。以下、たくさん引用。

P12「私はもともとガンディーに対して、かなり懐疑的でした。ガンディーの構想の実現など、人類には不可能だと思ってきました。人間が欲望を乗り越えることなどできっこない、暴力のない社会なんて永遠にやってこない。そう強く思ってきました。実は、今でもそのような考えは、あまり変わっていません。人類は永遠に不完全だし、人間の能力には限界があると思っています。しかし、ガンディーとじっくり向き合ううちに、彼はそんなことなどすべてお見通しだということに気づきました。人間がどれほど多くの限界を持ち、様々なものに限定されて生きているのかについて、ガンディーほど真摯に考えた人物はいないということがわかってきました。そして、だからこそ彼は信仰の意義を説き、生き物すべての命の意味を深く問い続けたのだということに気づきました。ガンディーは、生まれながらの聖者ではありません。様々な欲望にまみれ、人の何十倍もの反省を繰り返しながら、ゆっくりゆっくりと思想を練り上げ、それを実践していきました。」

P33-34「「食べない」というのは、ある意味「塩の行進」と同じく非常にわかりやすい方法で、食べなければ衰弱して死ぬことは、誰にでもわかります。「このまま争っていたら、私たちのガンディーは本当に死んでしまうかもしれない」と思います。だから、争うのをやめる。「自分たちはこれでいいのか」と自己反省することになるのです。心の中にある宗教的なるもの・善良なるものが引き出されていくわけです。(略)しかし、例えば今の日本の政治家を見ても、自分の公約にそこまで真剣な祈りを捧げる人はいませんし、その人が食べないからといって政治が動くようなこともまずありません。ガンディーという人が、「断食」をすれば争いがやむだけの尊敬と信頼を受けていた人物だったからこそ、成し遂げることができた政治行為だったのでしょう。「断食」による政治解決という方法は、誰でも成功するものではありません。」

P35-36「彼は「機械から手作業へ」という近代と逆行する道筋を説きました。彼が批判したのは、イギリスの産業界だけでなく、機械に依存している近代社会そのものでした。機械に依存し、欲望を次々と搔き立てられる社会は、人々が物欲の奴隷になっている社会だと批判したのです。(略)ただし、彼は機械そのものを否定したのではありません。そもそも糸車も機械ですし、すべての機械を否定することは、近代社会では不可能でしょう。ガンディーは学生から「あなたは機械に対してすべて批判的なのですか?」と問われたとき、「私は機械に対してではなく、機械への狂信に反対しているのです」と答えています。つまり、すべてを機械に依存し、あらゆる欲望を機械の発展によって実現しようとする「狂信」に対して、ガンディーは批判の矛先を向けたわけです。そして、彼は静かに糸車を回す作業を重視しました。」

P40-42「「塩の行進」「断食」「チャルカー」と、ガンディーが独立への突破口を開こうとした三つの事例を挙げましたが、これらから浮かび上がってくることがあります。それは、「メタ宗教」ということです。いずれの出来事も宗教的な意味合いは大きいのですが、特定の宗教・宗派の教義というわけではありません。(略)だから、ガンディーは独立運動を推進する上で、特定の宗教イコンやモチーフは、使いませんでした。それよりもっと高次なレベルで人々を結び合わせる方法を模索したのです。そこで構想されたのが「メタ宗教」です。「メタ宗教」というのは、特定の宗教の教えを超えた普遍レベルの宗教のことで、ガンディーは個別的な対立を超えたところで普遍的な宗教的価値を共有しようと訴えました。そもそもガンディーは、ヒンドゥーとイスラームが、同じ真理を共有していると考えていました。またそれはキリスト教も仏教もスィク教もジャイナ教も同じで、究極的にはすべて同じ一つの真理を共有しているというのがガンディーの考えでした。(略)ですから、宗教は根源的な真理をしっかりと認識すれば、対立するはずがないとガンディーは考えていました。彼は、宗教対立を解決するために、宗教を排除したり空洞化したりするのではなく、その本源に迫ることによって、表層的な違いを乗り越えることができると訴えたのです。彼はそのような哲学を、「歩くこと」や「食べないこと」「チャルカーを回すこと」といった極めて具体的で日常的な行為によって表現しようとしました。彼の思想は、あくまでも机上の論理ではなく、すべてが行為となって表現されるものでした。しかも、その行為は極めて普遍的でシンプルなものです。誰でも理解できる行為です。ガンディーのすごいところは、まさにこの部分です。」

P45-46「実は、ガンディーが白い腰布一枚の着衣にこだわったことには、深いわけがありました。インドでは、どのような衣をまとっているかによって、その人の社会的属性(地域やカースト、人生の段階)を示すことがあります。(略)ガンディーはもともと弁護士でしたので、イギリス留学時代や南アフリカ時代の初期には、立派なスーツ姿でした。しかし、南アフリカでの活動の過程でインドの大衆的な服装に変化し、インドに帰国後は徐々に半裸のスタイルになっていきました。これはガンディーが、地域やカーストを超えたスタイルを追求した結果でした。さらに、半裸の姿は「無所有」の象徴でもあります。(略)彼の着衣には、明確な政治的メッセージが込められていたのです。さらに、眼鏡に坊主頭、半裸という姿は、「ガンディーとはこんな人だ」ということを人々に印象づけるにはもってこいでした。(略)ガンディーは、パフォーマンスの担い手という側面でも、やっぱり天才だったと思うことがあります。」

P49-50「ガンディーの「非暴力」は、時に「無抵抗」と誤解されることがあります。実際、少し前まで、ガンディーの主義を「無抵抗主義」と呼んでいたことがありました。が、これは正確ではありません。というのも、ガンディーは決して無抵抗だったわけではないからです。むしろ、「これは間違っている」と判断したことに対しては積極的に抵抗すると言ったほうが当たっています。ですから、「不服従」、あるいは「非協力」と表記するのがよいと思います。」

P51-52「ガンディーには常に他者を迎え入れる姿勢があります。そして、その相手に応じて言葉を発し、対話を通じて自らの信念を表現しようとしていきます。このような「受身」の姿勢の中に、ガンディーは積極的な側面を見出していたのではないかと、私は思います。とにかく前のめりになって何かをつかもうとするのではなく、静かに座ってチャルカーを回したり、ゆっくりと歩いたりしながら、何かを実現していこうとするガンディーは、「受身であることの積極性」を深く追求していたのではないでしょうか。これは、彼の哲学が否定形で表現されることが多いことと無縁ではないと思います。」

P53「さて「非暴力」という概念ですが、ガンディーは単に「暴力を使わないことがよい」と言っているわけではありません。「暴力を捨てる勇気を持つことが重要だ」と言っているのです。暴行の場面に出くわしたら、止めに入らなければなりません。見て見ぬふりをするのは非暴力の実践ではありません。彼は「非暴力を臆病の盾にしてはいけない」「卑怯者になるよりは剣をとれ」と言いました。」

P58-59「しかし、ここで困ったことが起こります。なぜならば、国家はどうしても暴力装置であるという側面を否定できないからです。ガンディーの思想は「非暴力」でありながら、インドの独立を要求していました。しかし、国家は紛うかたなき暴力装置です。主権国家体制において、国家は暴力を合法的に占有することのできる組織です。(略)ガンディーはこれをどう考えたのでしょうか? おそらく、彼はインドという国家を「暴力を超越した正義にコミットする国家」へと転換させたいと考えていたのだと思います。」

P60-61「ただし、ガンディーは近代国家の中枢である議会の存在を一貫して否定的に扱っています。(略)ガンディーの目には、議会の構成員である議員たちは「偽善者で利己主義者」というように映っていました。議員たちは、自らの利益を最優先して行動を起こすために、何一つとしてよいものを生み出さないというのです。ガンディーは、議会制民主主義に対して懐疑的だったということができるでしょう。なぜならば、それはマス(大衆)とマスメディアの熱狂によって大きく左右され、真の正義が実現される余地がほとんどないからです。」

P67-68「ガンディーは国家の機能を最小限にとどめ、おおよそは地域共同体の自治によって運営するべきであると考えていました。ある意味で、究極の地方分権論です。(略)これは、アナーキストが考える「コミューン」の発想に近い部分があると言えるでしょう。彼の反資本主義的側面を考慮すれば、その側面が一層、際立って見えるかもしれません。地域社会における相互扶助を説く点も、似ていると言えるでしょう。ただし、彼は左翼的な理性主義・合理主義を採りません。あくまでも人間の理性には決定的な限界があり、理性による設計主義では世の中はうまくいかないというのが彼の信念でした。そのため、彼は人智を超えたものに依拠することの重要性を説き、伝統や慣習、良識、神などを尊重しました。」

P71-74「ガンディーの不服従運動は、一般に「サッティヤーグラハ運動」と呼ばれているのですが、これは、「サッティヤー(真理)」と「アーグラハ(主張)」を掛け合わせた言葉で、「真理の主張」といった意味になります。ですから、非暴力や不服従のみを指しているわけではなく、もっと広い意味があります。(略)彼は、サッティヤーグラハについて興味深いことを言っています。彼は「歴史」という単語がヒンディー語と英語では、その語源的意味が異なることに注目し、サッティヤーグラハの真意について論じています。ちなみにヒンディー語で「歴史」は「イティハース」と言います。英語はもちろん「ヒストリー」です。(略)ガンディーは、ヒンディー語の「イティハース」の語源が「このようになった」という意味であることに注目しています。これは非常に重要な視点です。ガンディーにとって、「歴史」とは過去の特異な出来事の羅列などではありません。私たちが「いま」「ここで」「このように」生きている状況を暗黙のうちに導いてきたものこそが「歴史」であり、我々の言語や思考様式、良識、伝統など日常生活を支えるおおよそのものは、「歴史」が慣習を媒介として運んできた英知に他なりません。(略)要するに「サッティヤーグラハ」は、何か特殊な人間が説いたイデオロギーや主義主張なのではなく、日常生活の中に「歴史」を通じて継承されてきた良識とそれに基づく暗黙の行為の中に潜んでいるものなのです。」

P93「最近の日本の政治でとく言われる言葉で、私が常々疑っている言葉があります。それは「構造改革」とか「抜本的改革」とかいう言葉です。(略)しかし、そんな簡単に改革などできるはずがないのです。度外れた楽観的未来像や設計を描いて、それを実現したら理想的な社会が訪れるなんて、ありえないのではないでしょうか。これはガンディーの気の長い闘争を見ても、思うことです。世界は漸進的にしか変わりませんし、極端な改革や革命など秩序の崩壊を招くだけです。人間の理性を過信してはいけません。人間の不完全性を、我々は直視しなければなりません。」

P96「ここで、私はもう一つ、ガンディーの言葉を思い出します。それは「ウォーク・アローン(一人で歩め)」という言葉です。ガンディーらしい、いい言葉だと思います。彼は人々と協調しながら運動を進めましたが、一方で孤立や孤独を恐れませんでした。彼は人間の共同性と単独性の両方を重視しました。時に人間は静かに一人で神と向き合い、自問自答しながら歩まなければならないのだと思います。」

P145-146「ガンディーは、世の中にはヒンドゥー教やイスラーム教、仏教、キリスト教などいろいろな信仰があるけれども、究極的には目指すところは一緒であると考え、それをわかりやすいたとえで語りました。例えば、「山のたとえ」というのがあります。「山にはいろいろな登り口があるけれども、頂上は一つである」と言いました。我々は登り道の違いのほうにばかり目を向けがちですが、重要なのは頂上で、目指すところは一緒だと言っているわけです。いわく、「宗教は同じ場所に到達する別々の道です」。つまりガンディーが言いたかったのは、真理の唯一性とそれに至る道(=宗教)の複数性です。(略)世の中では、平和主義的に、「それぞれの違いを認め合いましょう」などと呼びかけることがあります。しかし、それを聞くたびに、私は「違いを認め合う」ところにとどまっていていいのかという気がします。これに対して、ガンディーはもう一つ先の、「差異を認めながら、同時に真理の同一性を求める」というところを目指しました。ちなみに、これを西田幾多郎に言わせると「多と一の絶対矛盾的自己同一」ということになります。この難しい言い方を、ガンディーは非常にわかりやすく言ったわけです。」

P149-150「彼の人生は、まさに実践する人生でした。理論で語るのではなく、身体を使って、足を使って行動しました。「口だけ」で「行動」が伴わない宗教家や政治家が多いので、その人生はよけい際立って見えます。ガンディーもそう考えていたのではないかと思います。彼の自伝には、こんなサブタイトルがついています。「真理へと近づくさまざまな実験」です。(略)実験ということは、試行錯誤ということです。試し続けるということです。途上にあるということです。すなわち、悟っていなかったということです。悟っていなかったから、模索していたのです。自分には欲望があって、悟っていないという自覚があったから、実験し続けたのです。」

 平沼のブックオフにも寄り、スーパーで買いものをしてから夜遅くに帰宅した。録画していたテレビ番組を少し観て、明日のゴミの準備をしてから、深夜1時頃には眠った。

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2024年7月23日火曜日

7月23日火曜日/土地を売るというので

◇ 西新宿

 早朝に目覚め、ゴミを出してくる。この時間はまだ涼しい。まだ眠いが、今日は朝から外出するから、眠りなおしてしまわないように注意しながら少し横になっていた。家を出る時間になり、予定どおり、母を連れて出発する。今日は普段のいい加減なかっこうではなく、小ぎれいなかっこうをしていないとまずいと思い、新しく買った襟付きのシャツを着ていく。乗り換えが少ないよう、東横線直通から副都心線直通と、直通づくしで新宿三丁目まで、丸ノ内線に乗り換え、西新宿にやってきた。

 アイランドタワーに集合。集まったのは叔父夫妻たちと不動産屋、うちが所有する土地に住んでいるご家族たち。父方の曾祖父母の代からもっている東京の土地が、防災のために道を広げる必要があり、東京都が買ってくれることになった。今日はその契約のための集まりだ。うちは曾祖父母の代はどうやらかなりいい家だったらしく、自分が幼いころは見る影もなく、祖父母は散らかった家に住んでいたが、よく思い出してみれば大きい家ではあり、金持ちの名残りはあった。聞くところによると、祖父の代で台なしにしたらしい。祖父は兄弟が多く、姉だか妹だかはサガミオリジナルの社長のところに嫁いだらしいが、関東大震災のときにしっかりしていた兄たちが死んでしまい、だらしがない祖父が生き残ったということだ。その祖父の子、3人兄弟の長男がうちの父で、その土地の権利を3兄弟がもっていた。うちは父が死んでいるから権利者が母になっているのだが、母が高齢になり、兄は馬鹿だから、弟の自分に役目がまわってきたということになる。

 だだっ広い会議室のようなところに通され、ロの字型に並べられたテーブルに着く。こういうことはよくわからないから、言われるがままに片っぱしから書類にハンコを捺していたのだが、ハンコを間違えていたようで恥をかいた。不動産屋が代わりにやりなおしてくれた。この大仕事が終わったあとには、叔父夫婦たちと食事をした。新宿野村ビルの50階にある「祢保希」と書いて「ねぼけ」と読む店に入った。自分では絶対に入らないような店で、母の喜寿のお祝いをしようというから、しかたなく高級な料理を食べた。

 西新宿から、きたときと同じルートで母と一緒に帰ってくる。電車内、SNSを開くと、小原乃梨子の訃報が飛び込んできた。母は若いころにテレビ局で働いていたことがあって、小原乃梨子と知り合いだという話を小さいころに聞いたことがあったが、その証拠を見たことがない。この訃報で 88歳だとわかったが、母よりもだいぶ歳上だ。スマホのこのニュースを母に見せてみても、なんだかよくわかっていないようだった。

◇ テレビ・ラジオ

 夕方には帰宅し、すぐに眠る。1時間ぐらいで目が覚め、録画していたテレビ番組をあれこれと。今日の「徹子の部屋」は Ado がゲスト。番組初のリモート出演だというのだが、CGのドラえもんが出演したことはあったが、あれはリモートみたいなもんじゃないのか。裏声を使うようにという Ado の指導で、徹子さんが「うっせぇわ」を歌ってみせた。

 今日の「さんま御殿」は「おひとり様満喫女子」というテーマ。渡辺直美が5年ぶりに出演のほか、ヒコロヒー、紅しょうが、あのちゃん、柏木由紀、皆藤愛子、重盛さと美、鈴木砂羽らが出演。「お風呂キャンセル界隈」っていう言葉は知らなかったな。風呂に入ってないことが言いやすくなったんだって。

 タイムフリーで、聴きそびれていた先週火曜の「ナイツ ザ・ラジオショー」をようやく聴く。14時台ゲストに談春師匠が登場。ケイさんがいる火曜だったのがよかった。立川流は前座時代に三太良太に言われて木馬亭に出ていた時代があったという、これは初めて知る話だった。

 深夜1時からは「爆笑問題カーボーイ」を聴く。恒例の梅雨明け宣言の話から始まり、そのあとは「サンジャポ」に出演した安野貴博の話になった。太田は安野貴博の小説も事前に読んだうえで臨んでいたんだ。太田は同じ日の「日曜サンデー」のゲストだった泉房穂の本も読んでいて、単に読むだけでなく、内容も詳細に説明できるほどに読み込んでいる。あの仕事量をこなしながら、なぜそんなに本が読めるのか、本当に不思議だ。安野貴博の妻は太田の「笑って人類!」を読んでいて、ピンチョンみたいだと言われたという。あのひとは元文藝春秋の編集者なのだね。

2024年2月5日月曜日

2月5日月曜日/雪・叔父と会う

◇ 中央林間・瀬谷

 朝から外出。今夜は大雪の予報になっていて、夕方から降るのだと思っていたが、外に出てみるとすでにぱらぱらと小粒の雹のようなものが降っている。小田急線、中央林間にて、叔父と待ち合わせる。3人いる叔父のうちのひとり、父のすぐ下の弟。ひさしぶりに会うわけだが、一対一で会うようなことはまったくの初めてだ。父が死に、母が高齢になり、自分にいろいろとやることがまわってきたという事情がある。まずはスターバックスに入り、それから大戸屋に入り、そのあとはまたスタバに戻ってきて、今までろくにしゃべったことのない叔父と4時間以上もしゃべっていた。中央林間の駅前を覗いてみると、雪が少し積もってきたようだ。

 叔父と別れ、帰りに瀬谷に寄る。雪が積もりかけるなかを、瀬谷図書館までわざわざ行ってきた。今日までが期限の本があったから行かざるをえなかったのだが、こんな天候だから館内はがらがらだ。6冊返却し、また2冊借りていく。ここからさらに歩き、ブックオフにも寄ろうとしたが、到着してみると、なんと、雪のために閉店時刻が早まり、17時にはもう閉店していた。せっかくやってきたのになんということだ。ここでブックオフの写真を撮ろうとしたら、スマホのバッテリーが急に落ちてしまい、あああと変な声が出た。まだ残量にはだいぶ余裕があったはずなのに、このひどい寒さのためだろうか。

 雪が降り続けるなか、スマホが使えなくなり、ラジオも音楽も聴けずに、長い距離をとぼとぼと歩いて帰ってきた。家の前にはもうかなり雪が積もっていた。よそがまだどこも始めないうちに、雪かきをさっそくする。

◇ テレビ・ラジオ

 録画していたテレビ番組を観ようとするが、今日の「徹子の部屋」(ゲスト・大空眞弓&安奈淳)を観ただけで、疲れてしまった。買ってきたおにぎりをふたつ食べたら、胃が苦しくなった。横になり、タイムフリーで、今日の「ビバリ―昼ズ」を聴く。先週、高田先生がニッポン放送で会議をしていたら、サンボマスターの山口隆が入ってきて、大瀧詠一の通夜のときの話をしていったそうだ。山口隆は「甲本ヒロトのオールナイトニッポンPremium」のためにきていたんだろうな。金曜には会議に鶴瓶がやってきたって。鶴瓶はその日の「中川家 ザ・ラジオショー」のゲストだった。12時台ゲストにはつまみ枝豆が登場。東国原はTAPと業務提携をしているようだ。それよりも、伊豆のイノシシ村を高田先生が演出していたという話には驚いた。子どものころに行ったことがあるような気がするんだけどな。最後に、枝豆が鬼越トマホークとのライブの告知をすると、高田先生「行こうかな」と反応。以前、鬼越が「ビバリ―」に出たときには、鬼越のことをそれほど気に入らなかったような感じがしたのだが、その後に認識したんだろうかな。

 先週月曜に放送された「甲本ヒロトのオールナイトニッポンPremium」をようやく聴いた。サンボマスターの山口隆とふたり、えんえんと音楽談義をする番組だった。音楽が好きで好きでしかたがないふたりの話はとても勉強になる。世代のわりには甲本ヒロトの音楽をあんまり聴いてこなかったのだけど、ヒロトはじつはイメージよりもすごく博識で論理もある。クラフトワークやペリー&キングスレイについてしゃべっているのも意外性があった。もうひとつ、これも先週月曜に放送された「Adoのオールナイトニッポン」も興味をもって聴いた。こちらは新しい学校のリーダーズの SUZUKA がゲストだった。

2023年4月14日金曜日

4月14日金曜日/瀬谷の図書館


◇ ニュース・ラジオ

 朝、ツイッターを覗いてみると、たけしの新作映画がカンヌに正式出品との報。昨夜の時点で報じられていた。一時はお蔵入りとまで言われていたのに、これは嬉しいな。たけしの公式サイトでもコメントを出していた。同時に、週刊誌に対して凄んでもみせている。

 昼はラジオ。「ビバリー昼ズ」のオープニングを聴いていると、高田先生が Ado が「オールナイトニッポン」を始めたと言ってるので、あのちゃんと間違えてるのかと思って聴いていたが、誰も訂正しないので変だと思い、確認してみたら、Ado も始めたんだな。知らなかった。ポッドキャストはないのか。そのあとには漫才協会の「漫才新人大賞」の告知もあった。これがあることをすっかり忘れていたが、司会はロケット団になり、ついにナイツが消えた。審査員は、高田先生、渡辺正行、倉本美津留。

◇ 三ツ境・瀬谷

 正午前から外出。少し肌寒い気がするので、ジャンパーを着ていく。今日も風が強い。まず、昼食。三ツ境のキッチンPoco に入り、クラシックカレーを食べた。550円。いつぶりにきたかわからないが、少し値上げしたようだ。12時台はさすがに混雑し、満席になった。




 歩きながら、タイムフリーで、火曜の「爆笑問題カーボーイ」を聴くと、こちらでもいきなり「Adoのオールナイトニッポン」の話をしていた。高田先生もたぶんこれを聴いたんだろうな。そのあとには、木村拓哉の新ドラマ「風間公親」と、先日の「ネプリーグ」収録時の木村拓哉との会話についてたっぷりと語っていた。

 瀬谷のブックオフまで歩き、なかなかいいものを見つけ、110円の文庫本を4冊、新書を2冊、220円の雑誌を2冊買う。さらに瀬谷駅まで歩くと、今日はジャンパーではやっぱり暑い。





 さらに瀬谷駅の向こうまで歩き、瀬谷図書館を初めて訪れる。瀬谷を訪れることも、以前、瀬谷でバイトしていたことがあったからその時期には頻繁に訪れていたのだが、最近は、ブックオフのついでに瀬谷まで歩いてみるくらいで、ブックオフからも遠いのだから、別に歩かなくてもいいのだが、ここの図書館を利用するとなると、歩く理由ができる。まず、雑誌のコーナーを眺めてみると、「ミュージック・マガジン」を置いているのが嬉しい。市立図書館では、よそでは置いているのを見たことがないと思うんだけど、バックナンバーが借りられるので、昨年12月号の坂本龍一特集をさっそく借りることにする。そのあと、棚を端から順にじっくりと見ていたら、椅子に座っていた爺さんの妙な行動が目に入る。なにをしたんだと思い、注意して見ていると、床につばを吐いているのだ。最初はよだれを垂らしてしまっただけかと思ったが、マスクを外してもういっぺんつばを床に吐いたので、わざとやっているのだとわかった。信じられないことをするジジイだ。カーペットの床につばを吐き、靴で踏み、こすって染みこませている。それを見た瞬間にあたまにきてしまい、この場でそれを目撃しているのは自分しかいなかったから、一瞬、躊躇したが、これは黙っていてはいけないと思い、近づいて注意してやった。「お前なにやってんだこのやろう」と、自分でも思いがけないような強い言葉が出たが、ジジイは「気をつけます」とか言っていたけど、つばを吐いたあとに気をつけたからどうなるというんだ。ふざけたジジイだよ。せっかく、なんの本を借りようかと棚を眺めていたのに、なんだかもう気がそれてしまった。そのジジイはどうしたかというと、まだ帰らずにうろうろしている。自分の服についた汚れかなにかを、つばをつけてこすってるのも目にしたのだが、その手で本を触ってるんだから汚えジジイだ。ひととおり棚を見て、借りる本をカウンターにもっていき、手続きをする際に、一応、図書館員のおばさんにもジジイのことを報告した。すると、そのおばさんと隣りにいた男性の図書館員が一緒に、上の階にすかさずあがっていったが、どのジジイか教えなくてよかったのかなとも思ったが、それも大きなお世話かなと思い、自分は図書館を出たのだが、もしかすると、この図書館では知られる常習犯だったのかもしれない。

◇ 雑誌・ラジオ・テレビ

 瀬谷駅前に戻り、マクドナルドに入り、ひと休み。アイスコーヒーといちご大福パイを食べた。ブックオフで買った本と図書館で借りた本を広げ、まずは、ブックオフで買ってきた「ミュージック・マガジン」から読んだ。図書館で借りただけでなく、ブックオフでも「ミュージック・マガジン」を買ったのだ。今年の1月号、昨年のベストアルバム特集で、これも図書館で借りられたから、先に知っていれば買わなくてもよかったのだけど、発売時にも少し立ち読みしたが、Spotify でアルバムを確認しながら読みたかった。図書館で借りた坂本龍一特集は、この時期に発売されたトリビュートアルバムにしぼった特集で、本人への取材もなく、まるで物足りない。わざわざ借りて読むほどのものでもなかった。

 マクドナルドでは少し仮眠もし、たっぷりと長居してしまった。帰りも歩きながらラジオを聴く。タイムフリーで、今日放送の友近の「シン・ラジオ」を聴くと、冒頭で、東洋館に出演した話をしていた。

 夜に帰宅し、録画していたテレビ番組をあれこれと。今日の「徹子の部屋」には、待望のヒコロヒーが登場。コントもしっかり披露し、「村の生贄」という石破茂にも好評だったネタだが、こういう番組では、なんだかやっぱり、硬く感じられてはらはらした。日曜に放送された「ボクらの時代」もようやく観た。霜降り明星せいや、ヒコロヒー、オズワルド伊藤という顔合わせ。タイムフリーで、今日の「トーキョー・エフエムロヒー」を聴くと、音楽プロデューサーの瀬尾一三というひとがゲストに登場していた。中島みゆきのプロデューサーだったというひとだが、このあたりのことは疎くて知らなかった。ラジオを聴きながら眠り、深夜に起きあがり、朝までにブログの更新をひとつ。

2022年2月7日月曜日

2月7日月曜日/読書・主体について



◇ 新宿・蒲田

 寒くて眠ってられず、早朝に目覚め、ラジオを聴きながらもう少し眠りなおす。テレビを観ながら、コーヒーをまたひっくり返してしまった。散らかっていて、まともにカップを置く場所がないというのがそもそもだめだ。朝から都内に。まずは有楽町に用があり、それから、代々木に行くことになる。昼食は、新宿西口を適当に探し、熱烈酒場ドンちゃんという店に入り、ランチメニューの鶏唐揚げ定食を食べた。750円。ブックオフに寄り、110円の文庫本の棚から1冊、岩本素白の本を、100円引きクーポンを使い、10円で買った。今日はあっちこっちに移動する日で、そのあとは蒲田に行くことになる。ブックオフにも、先月末に寄ったばかりだが、220円の単行本の棚に「ジャズ詩大全」がごっそりとあり、これはすべて買うしかない。そのほか、110円の文庫本を2冊と、雑誌の棚から「すばる」の最新号も220円で買っていく。このあとは川崎にも寄ろうかと思っていたが、いきなり荷物が多くなってしまった。川崎はやめ、蒲田から京浜東北線に乗り、横浜まで戻ってくる。


◇ ラジオ・読書・雑誌

 横浜西口のベローチェに入り、ひと休み。ブレンドと、ブリオッシュクリームパンを食べた。スマホの充電をしながら、タイムフリーで、今日の「ビバリー昼ズ」を聴いた。松本明子は今週もお休みで、高田先生と磯山さやかのコンビ。オープニングで、西村賢太を偲ぶ高田先生に涙が出そうになる。この番組に出演したときの音声も流れ、聴いた記憶があるが、2011年、震災の直前の出演だったか。松村邦洋と同い年だと言われると、死の早さを実感する。高田先生が「賢太」と下の名前で、まるで高田家の息子のように呼んでいることを磯山さやかが指摘していた。

 今日の「ナイツ ザ・ラジオショー」は、土屋さんがコロナになり、塙さんはニッポン放送の別スタジオからリモート出演。平野ノラと、代役にニッチェも出演。聴きそびれていた先週木曜の放送も聴くと、カミナリがゲストだったが、最後に、漫才協会入りを放送中に決断していた。錦鯉と同じパターンだ。塙さんが、(事務員の)空さんから連絡がいくと言っていた。楽天マガジンで雑誌のチェックもすると、「週刊ポスト」では、横山剣、武正晴、岡田晴恵の新連載が始まっていた。剣さんの連載の構成は下井草秀だ。たけしの連載は水島新司追悼。

 ベローチェで、石原慎太郎「天才」を読み終えた。2018年、幻冬舎文庫。親本は2016年刊。当時、ベストセラーになっていた記憶はあるが、読むまでよくわかっていなかったが、これ、小説なのだ。カバー裏表紙の紹介文を読んでも、小説とは書いていない。田中角栄を描いた本だとはわかるが、読み始めると、田中角栄がいきなり「俺」として語り出し、いったいなにが始まったのかと思う。そのくらいに、石原慎太郎が小説家であることを忘れていたということだが、あとがきによると、この文庫の解説も書いている森元孝という学者に、田中角栄のことを一人称で書いたらどうかと薦められたのが執筆のきっかけになったそうだ。一人称小説が石原のどうやら得意なスタイルなようで、森元孝はそれを高く評価し、解説にも詳しく書かれている。石原が政治から引退した直後に、森元孝は「石原慎太郎の社会現象学」という評論を著し、「政治家であったがために不当に埋没させられてきた私の文学の救済となる労作」に、石原は感謝のための会食を開き、その席でそのようなことを言われ、石原は強い啓示を受けた気になったという。森元孝の解説では、「今も忘れないが、石原さんの顔が、瞬間、子どものようにパッと明るく輝いた。」と書いている。

 買ったばかりの「すばる」2月号にも目を通す。「すばるクリティーク賞」を受賞した、鴇田義晴の「90年代サブカルチャーと倫理 ―村崎百郎論」を読みたかった。大澤信亮、杉田俊介、浜崎洋介、上田岳弘による選考座談会も読む。最終候補作に残った、壱村健太というひとのたけし論も評価が高く、杉田俊介はいちばんに推し、大澤、上田もいちばん面白く読んだというが、評論としては弱いということか。上田岳弘が「今回は「主体」について考えようとしている批評が多いなと思った」と語っていることにはどきりとさせられた。「僕が作家として課題だと思っているもの、いま小説に書かれるべきものと言ってもいいんだけど、それは日本という国も人々も「主体」が持てないでいることと、もう一つは、反出生主義のことなんです。Twitter をはじめとするSNSが普及して、何かの意見があればその反対意見を同じ熱度で思っている人が存在することが明らかになってきた。そうした時に何かを強く思うこと、主張することが、ばかばかしいというか無意味な感じがして、思考の足場を失ってしまうのが主体の不在という状況に繋がっているように思っています。であれば、そもそも何も思わない方がいいのではないか、むしろ何も思いたくないと潜在的に感じてしまう欲望が生まれているような感じもあります。そういった無力感がベースとしてあり、もともと生まれない、生まないことを是とする、反出生主義的な空気が現代をうっすらと覆っているように感じます。」

◇ テレビ

 ベローチェに3時間も長居し、星川のコーナンにも寄りたかったが、荷物が増えたため、今日はやめておく。夜遅くに帰宅し、録画していたテレビ番組をいくつか。一昨日土曜に放送された「ミュージックフェア」は、宇崎竜童&阿木燿子の特集。木梨憲武、横山剣の共演に期待したが、中井貴一、佐藤浩市ら、憲武チームが番組の空気を支配し、剣さんはちょっと影が薄かった。同じく土曜に放送されていた「本家が聴かせてもらいます」も観る。ヒコロヒー、トンツカタン森本が司会を務める、「歌ってみた」動画を本家アーティストが視聴するという番組。レギュラー放送は初回だけ観て、そもそも、登場する本家アーティストを知らなかったのでついていけなかったのだが、なぜか、Ado という豪華ゲストを迎え、夕方の半端な時間に 20分番組として復活した。

 Spotify のプレイリストで、Night Tempo のシティポップの番組を聴きながら、深夜0時頃に眠る。どうも、ひどく疲弊している。

2022年1月30日日曜日

1月30日日曜日/活躍する代役

◇ テレビ・ラジオ・音楽

 早朝から4時間ぐらい眠り、午前中に梱包し、近所の郵便ポストまで投函に行ってくる。録画していた今朝の「ワイドナショー」を観ると、ニセモノの松本人志とニセモノの東野幸治がいきなり登場する。なんと、JPと原口あきまさによるものまねのオープニングで、たっぷり3分。松本が濃厚接触者になり、自宅待機になったようで、ツイッターを見ていなかったから知らなかった。今週はコメンテーターも多めで、ヒロミ、バカリズム、西川貴教、EXIT兼近、眞鍋かをりが並ぶ。午後はラジオ。「爆笑問題の日曜サンデー」をつけておく。14時台は、TIMがゲスト。TIMからすると、爆笑問題とは接点がないという感覚でいるのが不思議に感じたが、「ボキャブラ天国」には2ヶ月しか出ていなかったというから意外だ。デビューは遅かったが、じつは、年齢は爆笑問題と変わらない。ツイッターからニュースを見ると、松本明子もコロナ感染となったようで、明日の「ビバリー」はいったいどうなるのか。

 月曜深夜に放送された「でか美ちゃんのオールナイトニッポン0」が気になり、タイムフリーで、ぜんぶは聴かなかったが、オープニングだけ聴いてみた。ファーストサマーウイカがコロナになり、この週は、でか美ちゃん(旧名・ぱいぱいでか美)とベッド・インがもともとゲストだったことまでは把握していたが、ベッド・インも濃厚接触者になったために、でか美ちゃんひとりで代役ということになったようだ。聴いてみると、急な代役とは思えないほど、ひとりしゃべりが上手い。「ワイドナショー」のJPしかり、この代役ラッシュで、チャンスをものにするタレントも少なくないのかもしれない。高田先生まで「ぱいぱいでか美」というワードを気に入ってしまっていたが、改名にはまだなじめず、しかし、いい効果を生んでいるということだろうか。

 ラジオを聴きながら、少し昼寝して、しばらく間が空いてしまったが、ブログの更新をひとつ。1ヶ月半遅れの更新でずっとふんばっていたが、ついに1ヶ月半をオーバーしてしまった。今日のような外出する用がなにもない日に、少しは縮めておきたいものだが。

 録画していたテレビ番組をいろいろと。今朝の「ボクらの時代」は、元フジテレビアナウンサーの3人、山村美智、河野景子、近藤サトが出演。「笑点」の演芸コーナーはサンドウィッチマン。「週刊さんまとマツコ」は、2大バラドル(?)、島崎和歌子と磯山さやかの特集。盛りあがりすぎて、まさかの2週またぎになった。「鎌倉殿の13人」も観ているが、どうも集中できないでいる。たくさんいる登場人物がまるで把握できず、こうなるともう、大河ドラマは苦手だと思うしかない。先週に引き続き、大泉洋が眠っていると、西田敏行の後白河法皇が夢枕に立つというコメディシーンがあり、これはくり返しのギャグになっていくのだろうか。「ガキの使い」は、空気階段・鈴木もぐらがおなじみの「七変化」シリーズを。全身アディダスというかっこうの松本、冒頭でいきなり、「今日の僕のかっこう、爆笑の太田にまたなんか言われそうですけどね。」と言い出すのには驚いた。30年前の事件が、まさか、こうやってネタにされる日がくるとは。かたまりが誰に憧れているのかも再確認し、松本は太田の名を何度も口にした。「ラフ&ミュージック」で太田と共演し、そのことで楽になったのは、松本のほうなのかもしれない。

 アマゾンプライムで、「さよなら2021年」という番組を観た。前年にも配信された番組(「さよなら2020年」)だが、毎年恒例になるのだろうか。タイトルからわかるとおり、年末の番組だが、観よう観ようと思っているうちに1月末になってしまった。出演者はコメディエンヌばかりで、順に登壇し、スピーチをする。わからない出演者ばかりで、観ながら検索をしてみるが、日本語では情報が得られない女優ばかりだ。テレビで人気のタレントたちなのだろうか。ホストはイヴォンヌ・オージ。登壇順に、チェルシー・ペレッティ、ドゥルセ・スローン、メーガン・ストルター、アパルナ・ナンチェーラ、Xマヨ、ジェーン・フォンダ、イヴォンヌ・オージ。ジェーン・フォンダだけはわかるが、80代のジェーン・フォンダがここに混じるのはすごい。チェルシー・ペレッティというひとはウィキペディアに項目があり、ジョーダン・ピールの妻だとわかった。ほかには、アレッシア・カーラという歌手や、シーラ・Eも登場し、とても豪華だ。前年に出演していたレイチェル・ブロズナハンも、客席にすがたがあり、少しだけ登場する。レイチェル・ブロズナハンはこの番組のエグゼクティブ・プロデューサーでもあり、同じく、エグゼクティブ・プロデューサーであり、ヘッド・ライターにもクレジットされていた、ベス・カルブの名前も覚えておきたくなる。いや、大河ドラマの登場人物を覚えるよりも難易度高そうだが。

 チェルシー・ペレッティが出演していると知った「ブルックリン・ナイン-ナイン」という刑事ドラマが Netflix にあり、これもさっそく観てみると、2013年にスタートした人気シリーズのようだが、さすがにちょっと古臭い感じはする。ロウセンスなギャグに笑ってしまうが、これはそんなにがんばって続きを観るほどのものでもないか。

 Spotify で、Ado のファーストアルバム「狂言」を、数日前から少し聴いていたが、ようやくすべて通して聴いた。サザンが「勝手にシンドバット」で現れた当時、キワモノ的な存在に思われたというのは話としては知っているが、自分もやはり、「うっせぇわ」に対してキワモノ的な印象をもっていたと気がつき、同じようなことを思ってしまうもんだなと反省したくなった。このアルバム、きちんと聴いてみれば、ノベルティソング的にとても面白く、歌芸としての力量にも惹かれる。それは、ものまね番組で歌われているのを観ていて気がついたことでもあった。深夜2時半頃に眠る。

2021年8月20日金曜日

8月20日金曜日/訃報が続く

◇ 訃報

 昨夜は千葉真一の訃報があったが、早朝に目覚め、ツイッターを見ると、今朝はみなもと太郎の訃報があった。昨夜は記事をきちんと読まなかったが、千葉真一はコロナだったというのでそれにも驚いた。録画していたテレビ番組を少し観て、そのあとは、森本毅郎のラジオをつけておく。腰が痛く、起きあがるのが億劫だが、今日はまた、朝から県央地区に行くことになり、朝から暑いのに、憂鬱でならなかった。先月も写真を撮ったが、愛甲石田の駅前にまた千葉真一と義家のポスターを見つけ、日焼けして色褪せていたが、せっかくなのでまた写真を撮っておいた。12月の自民党の講演会は、千葉真一見たさに野次馬に行こうかと思っていたくらいだが、千葉真一が亡くなってしまったら、行ってもしょうがない。


 とりあえず、海老名に戻り、箱根そばに入り、鮪たたき丼セットを食べた。650円。海老名という街にも飽きてしまい、すぐに相鉄線に乗ってしまうが、どうも、カラオケに行っておきたくなり、どうしようか迷っていた。月曜に行きそこねてしまったが、なにか鬱憤がたまっているようで、大声を出したくてたまらない。とはいえ、余計な金を使いたくもなく、それよりも、読書の時間を作りたいとも思っていた。読書よりも快楽をとるのか。なんだか、風俗にでも行こうとしているくらいに悩んでしまっていたが、やっぱりカラオケだという結論になり、三ツ境のバンガローハウスのホームページを調べてみるが、緊急事態宣言中で休業中だった。しかし、そういえば、大和にカラオケ館があったはずだと思い、少し電車賃を使うことになるが、大和で降りてしまう。ところが、カラオケ館に行ってみるとなぜか混雑していて、40分待ちだと言われ、とてもじゃないけど40分待ちはいやだ。結局、あきらめることになり、鬱憤を晴らす機会をまた逃してしまった。もうしばらくは、この鬱憤を抱えて生きていくしかない。


◇ 図書館

 無駄に大和で降りてしまったが、無駄にするのではつまらないので、ひさしぶりに、シリウスに寄ってみることにした。以前から、文芸誌をまとめてチェックしたいと思っていて、しかし、立ち読みするにはなかなかめんどうなので、図書館に行く必要があると思っていた。ここは1階にスターバックスが入っていて、海老名と同じく、ツタヤ図書館ではないだろうかと思ったが、検索しても判明しない。雑誌のコーナーに行ってみると、ひととおり、文芸誌の最新号がそろっている。「群像」「新潮」「文學界」と目を通していくが、小説を読むわけでもなく、雑誌で読みそこねたら読めなくなるような、評論やエッセイをチェックしたかったのだが、あんまり読むものはなかった。本当は、「文藝春秋」の芥川賞の選評をいちばん読みたかったのだが、誰かにもっていかれたままで、2時間ぐらいいたが、結局、読めなかった。一応、マナーとして、席には雑誌を一冊ずつしかもっていかなかったが、とりかえに行こうと立ちあがるときに、椅子が後ろにうまく滑らず、ばたんとものすごく大きい音を立ててしまい、恥ずかしかった。音を立てた瞬間よりも、帰ろうとしたときに、勉強中の若者数人にじろりと見られたが、さっきのでかい音を立てたのはどんなやつだというので見たのだろう。白い目で見られるというのはこのことだ。

 ツイッターから新規感染者数を確認すると、東京は 5405人、神奈川は 2878人。NHKの情報を信用しているが、2907人という発表もあるようだ。いずれにせよ、三千人超えは目前か。

◇ ラジオ・テレビ

 夜に帰宅し、タイムフリーで、今日の「ビバリー昼ズ」を聴くと、まず、千葉真一の訃報を話題にしていた。それから、みなもと太郎の訃報にも触れていた。高田先生が、みなもと太郎が大好きだったとは知らなかった。番組ホームページに連載を始めたブログも2回目が更新され、高田先生からは「時代はなぜかブログ」という言葉が出た。12時台ゲストは、フレンズのえみそん。昨日からやけに訃報が続き、ツイッターを見ていたら、今度は笑福亭仁鶴の訃報を少し遅れて知った。仁鶴の高座は生で観たことはあっただろうかと、記憶をたどるがはっきりしない。「東西落語研鑽会」で観ているような気もするが、あのあたりの時代は、検索してもまるで情報がない。

 録画していた「ミュージックステーション」の3時間半スペシャルを、ざっと早まわしで観て、気志團、EXIT、マツケンサンバなどを確認する。ORANGE RANGE が発熱のために出演中止になり、代わりに、UVERworld が1曲多く歌うということになり、t.a.t.u.のときのミッシェルガンエレファントをどうしても思い出した。 Toshi が歌う曲を生投票で決める企画は恒例なのか、Ado の「踊」を「歌じゃない」と分析していたのは面白かった。声色を変幻自在に操り、ミュージカルを観ているようだという Toshi の分析に、松平健も関心をもったようで、「踊」に投票していた。

 タイムフリーで、ラジオ番組をもういくつか確認しておきたかった。昨夜の「ナインティナインのオールナイトニッポン」のオープニングは、およそ30分、雨上がりの解散の話をしていて、なによりもこれは聴いておきたかった。「おぎやはぎのメガネびいき」も聴いたが、こちらは雨上がりの話題をなかなかしようとせず、47分経ってからようやく触れていた。聴いたまま、どうやら、深夜0時過ぎには眠っていた。

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